あなたの家族になりたい

 庭では、秋も終わりの穏やかな風が吹いていて、ススキがわさわさと揺れていた。

 顔をその人に戻したけど、やっぱり泣きそうな顔のままうつむいている。

 これ、俺がなんか言わなきゃダメか?

 面倒くせえな。


「あのさ」


 思ったより、イラついた声が出てしまった。

 少なくとも、初対面の女に出す声じゃない。

 でも、止まらなかった。


「なんでこの見合いやらされてるか、知ってる?」

「……っ、も、基叔父さんが……私と母を引き離すためって……」


 消え入りそうな声が返ってくる。つーか半分消えてて聞き取りづらい。


「なんだ、知ってたんだ。で? それに付き合わされた俺に、何か言うことは?」

「えっ……?」


 やっと、その女は顔を上げて俺を見た。

 目は涙でいっぱいで、唇はかすかに震えている。


「あのさ」


 また口が勝手に動いた。

 止められず、そのまま続けた。


「あんたはさ、何がしたくてここに来たんだ?」

「叔父さんが……」

「違う。美園さんが何をしたいか、じゃない。もちろん、あんたの母親のことだってどうでもいい。あんたは、何がしたくてそこに座ってるんだ?」


 その人の口が開きかけて閉じる。視線が右に行き、左に行く。

 俺にしては辛抱強く待つ。

 藤乃だったらもう少しマシにやれるのだろうか。

 ……いや、きっと無理だろう。

 あいつはあいつで、興味ある相手にしか、興味ないから。

 たぶん「話す気になったら教えて」とか言ってどっか行くんだろうなあ。俺もそうしようかな。


「自分でどうしたいか、わかんない?」


 小さく、ためらうような頷きが返ってきた。


「わかった。じゃあ、俺に言うことを思いついたら教えて。スマホある?」

「は、はい……」

「これ、読み込んで」


 自分のスマホの連絡先のコードを表示する。

 向こうから友達申請が飛んできたので、その場で承認した。


「俺、庭見てるから、なんかあったら連絡しろ」


 よいしょ……と立ち上がりかけ、呟きそうになってやめる。

 妹に「お父さんそっくりだよ」と言われたのを思い出してしまった。

 そいつは何も言わない。

 だから俺も振り返らず、そのまま部屋を出た。



 美園さんの言うとおり、庭はなかなか綺麗に作り込まれていた。

 枯山水や小さな池まである。

 せっかくだから花壇の写真を撮って藤乃に送っておく。

 すぐに返事がきた。


『いいなー、どこ?』

「美園さんとこの料亭」

『仕事?』

「見合い」

『マジで? それ、俺とメッセージしてていいの?』


 ほんとだよ。

 つーか俺はなんで見合い中に友達とだべってんだ。

 おかしいだろ。

 まあ、おかしさで言えば、向こうの母娘のほうがどう見てもおかしいし、別にいいか。

 なんであのばばあが真ん中に座ってんだ……。


「ほんとだよ。なんか意味わかんねー」


 そう返して、見合いをしていた部屋の方を見る。

 ……置いてきたあの女は、縁側で正座したままスマホを覗き込んでいた。

 俺に言うべきことを、思いついたんだろうか。

 つーか、俺は何でこんなに偉そうなんだ。

 いい歳してぼんやりして、親に言われるがままにめそめそしてる姿にあまりにイラついてしまった。