二月の頭、昼過ぎに美園さんがうちに顔を出した。
「や、久しぶり」
「基叔父さん……ご、ご無沙汰してます……」
澪が緊張した顔で頭を下げている。
キョロキョロしているのは母親を探しているのだろうか。
「姉さんならいないよ。今日は一葉に用があって来たからね」
「あ……はい、うかがっております。こちらへどうぞ」
一葉はうちの親父だ。
美園さんと親父、あと藤乃の父親は幼馴染みで、高校が一緒だったらしい。
まあ、俺と藤乃の関係と似たようなもんだ。
美園さんを客間に通して、茶を出し終えた澪は落ち着いた顔をしていた。
「……母親に会いたかった?」
「どうでしょう……」
澪はぼんやりした顔で客間の扉を見ている。
こいつの母親に俺は一度しか会っていないけど、あまり良い印象はない。
なんつーか、いかにも高圧的なおばさんって感じだった。
さすがに澪にそれは言わねえけど。
でも、こいつは暮れも正月も帰りたいと言わなかったし、こいつの事情を正確に把握しているであろう両親は、少なくとも俺が知っている範囲では、一度も澪に実家に顔を出せとは言わなかった。
だからまあ、俺の感じた印象はそう間違いでもないんだろう。
「まあ、どうでもいいんだけどさ」
澪はゆっくりと俺を見上げる。
薄暗い廊下では、真っ黒な目になんにも映らない。
肘を掴んで明るいリビングに連れて行く。
窓辺に立って、もう一度澪の目を覗き込んだら、今度はちゃんと俺が映っていた。
「少なくとも、俺はあの小うるさいおばさんには会いたくねぇな。めんどくせぇし」
「……小うるさいおばさん……」
「お前が会いに行くってんなら止めねぇし、送り迎えくらいはしてやるけどな。代わりに帰りにアイス奢れ。サーティワンの三段な」
澪の目が細くなる。
口がへの字になって、うつむいてしまう。
肩が震えたから、泣かれたら面倒だなと思ったが、泣かなかった。
すぐに顔を上げて、首を横に振る。
「会いに行かないので、送り迎えはいらないです。でも、三段のアイスは今度買い物に行ったときに買ってきますから、食べたい味を教えてください」
「パチパチするやつと、あずきと……んー、お前のおすすめも入れとけ」
「……サーティーワン、食べたことないです」
「マジかよ……、あとで買ってくるわ」
夕方に藤乃のところに顔を出す用事があるから、そのときに買ってこよう。
たしか持ち帰り用のセットもあったはず。
「納品の帰りに買って帰るけど、冷凍庫空いてる?」
スマホで確認したら、一番多いやつが十二種類入りだった。
画面を澪に向ける。
「これ、二箱買ってくるから」
「そ、そんなに……。はい、わかりました。空けておきます」
「アイスで好きな味ある?」
「えっと、アイス自体、あんまり食べたことなくて、わかんないです」
「じゃあ、メジャーなやつ一通りと、新作買ってこよう。……もしかして、デザートビュッフェとかも行ったことない?」
「ないです」
マジかよ。連れて行かなきゃ……。
今までそういうのに行きたいときは花音を付き合わせてたけど、……もしかして、これからはこいつを連れて行けばいいんじゃねぇか?
男一人じゃ入りづらいカフェやケーキ屋も、こいつを連れて行ったり、「嫁への土産」とでも言えば店内でジロジロ見られなくなるんじゃないか……?
「お前がうちに来てくれて、本当に嬉しい」
「えっ、いきなり、なんですか……?」
「とにかく、冷凍庫空けとけよ。俺は畑に行く」
「はい、いってらっしゃいませ」
澪は玄関までついてきて見送ってくれた。
何の気なしに手を振ったら、目を丸くしてから小さく手を振り返す。
初めて澪を、ちょっとだけかわいいと思ってしまった。
本当に、ほんのちょっとだけど。
「や、久しぶり」
「基叔父さん……ご、ご無沙汰してます……」
澪が緊張した顔で頭を下げている。
キョロキョロしているのは母親を探しているのだろうか。
「姉さんならいないよ。今日は一葉に用があって来たからね」
「あ……はい、うかがっております。こちらへどうぞ」
一葉はうちの親父だ。
美園さんと親父、あと藤乃の父親は幼馴染みで、高校が一緒だったらしい。
まあ、俺と藤乃の関係と似たようなもんだ。
美園さんを客間に通して、茶を出し終えた澪は落ち着いた顔をしていた。
「……母親に会いたかった?」
「どうでしょう……」
澪はぼんやりした顔で客間の扉を見ている。
こいつの母親に俺は一度しか会っていないけど、あまり良い印象はない。
なんつーか、いかにも高圧的なおばさんって感じだった。
さすがに澪にそれは言わねえけど。
でも、こいつは暮れも正月も帰りたいと言わなかったし、こいつの事情を正確に把握しているであろう両親は、少なくとも俺が知っている範囲では、一度も澪に実家に顔を出せとは言わなかった。
だからまあ、俺の感じた印象はそう間違いでもないんだろう。
「まあ、どうでもいいんだけどさ」
澪はゆっくりと俺を見上げる。
薄暗い廊下では、真っ黒な目になんにも映らない。
肘を掴んで明るいリビングに連れて行く。
窓辺に立って、もう一度澪の目を覗き込んだら、今度はちゃんと俺が映っていた。
「少なくとも、俺はあの小うるさいおばさんには会いたくねぇな。めんどくせぇし」
「……小うるさいおばさん……」
「お前が会いに行くってんなら止めねぇし、送り迎えくらいはしてやるけどな。代わりに帰りにアイス奢れ。サーティワンの三段な」
澪の目が細くなる。
口がへの字になって、うつむいてしまう。
肩が震えたから、泣かれたら面倒だなと思ったが、泣かなかった。
すぐに顔を上げて、首を横に振る。
「会いに行かないので、送り迎えはいらないです。でも、三段のアイスは今度買い物に行ったときに買ってきますから、食べたい味を教えてください」
「パチパチするやつと、あずきと……んー、お前のおすすめも入れとけ」
「……サーティーワン、食べたことないです」
「マジかよ……、あとで買ってくるわ」
夕方に藤乃のところに顔を出す用事があるから、そのときに買ってこよう。
たしか持ち帰り用のセットもあったはず。
「納品の帰りに買って帰るけど、冷凍庫空いてる?」
スマホで確認したら、一番多いやつが十二種類入りだった。
画面を澪に向ける。
「これ、二箱買ってくるから」
「そ、そんなに……。はい、わかりました。空けておきます」
「アイスで好きな味ある?」
「えっと、アイス自体、あんまり食べたことなくて、わかんないです」
「じゃあ、メジャーなやつ一通りと、新作買ってこよう。……もしかして、デザートビュッフェとかも行ったことない?」
「ないです」
マジかよ。連れて行かなきゃ……。
今までそういうのに行きたいときは花音を付き合わせてたけど、……もしかして、これからはこいつを連れて行けばいいんじゃねぇか?
男一人じゃ入りづらいカフェやケーキ屋も、こいつを連れて行ったり、「嫁への土産」とでも言えば店内でジロジロ見られなくなるんじゃないか……?
「お前がうちに来てくれて、本当に嬉しい」
「えっ、いきなり、なんですか……?」
「とにかく、冷凍庫空けとけよ。俺は畑に行く」
「はい、いってらっしゃいませ」
澪は玄関までついてきて見送ってくれた。
何の気なしに手を振ったら、目を丸くしてから小さく手を振り返す。
初めて澪を、ちょっとだけかわいいと思ってしまった。
本当に、ほんのちょっとだけど。



