あなたの家族になりたい

 クリスマス当日になると、花農家としての仕事はひと段落する。

 出荷は今朝済ませたし、あとは畑の手入れをしながら正月の支度を進めていく。

 夕飯を終えて皿を洗っていたら、澪が台所に顔を出した。


「あの、瑞希さんにクリスマスプレゼント……クリスマスっぽいケーキ、ご用意しました」

「あ、マジで?」


 手を拭いて澪の方を向いたら、冷蔵庫からブッシュドノエルが出てきた。


「わ、ほんとだ! 写真撮らせて」


 急いで写真を撮る。

 ついでに澪も入れて撮って、藤乃に送っておく。


「久しぶりに見た……。あ、俺も用意したわ。ちょっと待ってろ」


 数日前に届いた箱を取ってくる。

 受け取りをしたのがこいつだから、まあバレバレなんだけど。


「はい、これ。言ってたやつ」

「……ありがとうございます」


 澪は箱を開けもせず、胸に抱えたままうつむいてしまった。

 えー、なんかダメだったかな。


「どした?」

「……すみません、嬉しくて」

「そんなに?」

「クリスマスプレゼント、初めてなので」


 やたらと華奢な肩が震えている。


「……親とかからは?」

「……もらったことないです」

「一度も? 子供のときとか」

「……ないです……」

「……マジか」


 もうちょっと高いやつとか、有名ブランドとかにしとけばよかった。

 あんまり高級品だと、こいつビビッちゃいそうだしってことで、そこそこのにしちゃったんだけど。


「大事にします……」

「いや、普通に使えよ。そのために買ったんだよ」

「でも……」

「あんたが使わないと、俺もこのケーキ食いづらいだろうが」

「……わかりました」

「泣くなよ、めんどくせぇな。ほら、このサンタのマジパンやるから。えっと……」


 急いでお湯を沸かす。

 マグカップにココアとサンタを適当に砕いて入れて、お湯を注ぐ。


「……ありがとうございます……」


 ぐしゃぐしゃの顔のまま、澪はココアをすする。


「このブッシュドノエル、俺一人で食っていいの?」

「はい……お義父さんとお義母さんには別で用意してますので」

「マジか……嬉しい……」


 デザート用の小さいやつじゃなくて、食事用のでかいフォークを出してくる。

 ダイニングのテーブルに置いて食べようとしたら、澪が向かいに座った。


「……ここに、いてもいいですか?」

「好きにしろよ」


 澪は黙って座って、両手でココアのカップを包むようにしている。

 ハンドクリームの箱は、お腹とテーブルの間にそっと置かれていた。


「いただきます。……お、美味いな、これ」

「……よかったです」


 チョコレートクリームで覆われたロールケーキ。

 上に乗っているイチゴと、切り株みたいになっている部分を口に運ぶ。甘くて、チョコがちょっと苦くて、めちゃくちゃ美味い。

 四分の一くらい食べたところで澪が立ち上がった。

 しばらくするとマグカップを持って戻ってくる。


「……コーヒーです。よかったら、どうぞ」

「ありがと。あんた……澪、気が利くよな」

「そうでしょうか……?」

「うん。車の鍵とか、ハンカチとか、長靴とか、必要だと思ったら、言う前に出してくれるじゃん」


 澪は目を丸くした。


「……由紀さんたちは……優しいですね。……褒められたこと、ないです。えっと、嬉しいです。ありがとうございます。……私も、ここの家の子になりたかったな」

「なるんじゃねえの?」

「えっ?」
「俺の嫁ってことは、由紀の子になるんだろ? あれ、違う?」
「……そっか……そうなんですね……。……嬉しいです……」

 ……なんか、あれだな。

 そんなつもりじゃなかったけど、プロポーズみたいなこと言っちまったな……。

 目を逸らしてコーヒーをすする。

 ブラックのはずなのに、やけに甘く感じた。