怖くて目を閉じながら走っていると突然依桜さんが止まったので私も足を止めた。
ここは……?
肩で息をしながら目を開けると景色がさっきとは違っていて、あの河川敷まで戻って来ていた。
「大丈夫だった?杏奈」
依桜さんも息を切らしながら私の心配をしてくれて頷く。
すごく怖かったけど、すぐに依桜さんが対応してくれたから助かった。
「ありがとうございました。助けていただいて」
「うんん。全然元はと言えば俺が悪いんだし」
「そんな事ないですっ私が勝手に家にいっちゃったから……」
本当にごめんと言って依桜さんは私に謝ってくれた。
悪いのは依桜さんじゃなくて私。勝手に家に行ったから。
「ねぇ、ちょっと下に行かない?」
「下、ですか?」
「うん」
そう言って指差したのは河川敷のそばにある芝生だった。芝生の下が川になっていて川と道の間が芝生になっているらしい。
依桜さんが下に行って座ったので隣に私も腰を下ろした。
二人で体育座りしながらただたた川を眺める。
夕陽が川に反射してゆらゆらと揺れているのがすごく綺麗だった。
「さっきは本当にごめんね」
少しして、また依桜さんは私に謝ってくれた。
「いえ、私が悪いんです。私が勝手に家に行ったり
したから……。それで、さっきの女の人は誰なんですか?」
私はずっと気になっていた事を聞いてみた。
依桜さんの家の中にいたんだから多分家族なんだろうとは思うけど誰なんだろうかなって。
「あの人は、俺の母さんなんだ」
お母さん……。
「俺の体にキズがあるのはあの人に殴られてたから」
あの体についていたアザは全部あの人に殴られてたって事?
「じゃあもしかして顔にあったアザもお母さんに?」
「うん」
もう隠しきれないと思ったのか諦めたように笑いながらそう言った依桜さん。
じゃあ今まで女の人の彼氏達に殴られてたって言ってたのは嘘だったって事?依桜さんは全く女の人とは付き合ったりしていなかったって事?
今まで言っていたキズに関する事は全てあのお母さんから受けていたものだったという事だろうか。
そんなの、辛すぎるよ……。
「ごめんね。今まで女の彼氏に殴られたとか嘘ついてて。知られたくなかったんだ。だから姫華にも協力してもらってたんだ」
「そうだったんですか……」
姫華さんも事情知ってたんだ。そりゃ二人は幼馴染みたいだし知ってて当然だよね。
それより依桜さんは私にこんなにも話してもいいのかな?ずっと隠してきてたんだよね?わざわざ、自分の印象が悪くなってしまうのにも関わらず。
なぜかと思ったけど、なんとなくわかった気がしていた。
私が家に行ってしまったからもう隠せないと思ったのか、それとも私の事を信用してくれてのことなのか。
後者だったらいいなと思うけど。
「依桜さんは、逃げようとは思わなかったんですか?」
「えっ?」
私の言葉に驚いたのか目を見開いた依桜さん。
「逃げようとしないのか、か……。考えた事はあったんだ。何回も。だけどできなかった」
そう言ってニコッと笑顔を作った依桜さんのその顔は今までに見た事のないような静かな笑みだった。
「どうして、ですか?」
「母さんが好きだから、かな。別にマザコンとかそういう事じゃなくてね。ずっと俺の事を育ててくれたから。なんだか離れられなくて。おかしいよね殴られてるのに逃げないとか」
自虐的に話す依桜さんに胸が痛んだ。し、共感してしまった自分もいた。
「おかしくないと思います」
「えっ?」
私は依桜さんの方を向いて目を見た。
その瞳はすごくすごく綺麗で引き込まれそうだったけど、なんとか我慢して気持ちの整理をつけて話しだす。
「私には一緒に暮らしている叔母がいるんです。けど、その叔母は認知症になっていて毎日のように母の名前を叫んでて、母はもういないのに。それに最近は私が作ったご飯を投げてきたり」
「そう、なの……⁉︎」
「はい……。で、私が言いたい事は私だって叔母の事が本当に嫌いだったら老人ホームに預けたりしてるけど、そうしないで一緒に暮らしてるのはやっぱり叔母の事が好きだからで、依桜さんもそうなんじゃないかなって。だから全然おかしい事じゃないと思いますっ」
私の気持ちがちゃんと伝わったかはわからないけど、今私が言えるのはこれだけだから。
少しでも伝わってほしくて、おかしい事じゃない。大丈夫ですって思ってほしくて私は笑顔を作った。
これは私の本当の笑顔。
「そっか……ありがとう。本当に、ありがとね……」
私が言い終わると依桜さんは涙ぐみながら笑顔でそう言ってくれた。
私は自分の伝えたかった事が伝わったかなと思い安心する。
「俺、ずっとこの事誰にも言えなくてさ。姫華には口裏合わせてほしいって言ってただけだったから。初めて言ったのが杏奈で本当に良かった。ありがとう」
「いえっ何か少しでも依桜さんの心を軽くできたならすごく嬉しいです!」
嬉しくて私もいつの間にかニコッと笑っていた。
「そういえばそのブレスレット……」
「あぁこれ?」
そう言って右手首に付いているブレスレットを見せてくれた。
「はい。それ、依桜さんのお母さんも付けてませんでしたか?」
「えっ?」
さっき、ほんの少しだけ見えた手首にはキラッと光るものが見えたからもしかしたらって思って。
「もしかして、違いましたか……?」
ブレスレットを見て固まってしまった依桜さんを見て違ったのかとヒヤヒヤする。
「うんん。合ってるよ。これは母さんも付けてる。でもよくわかったね」
「前にブレスレットを届けに行った時に女物のブレスレットだと思って。だからもしかしたらお母さんから貰ったりしたのかなって」
手首に視線を落とし宝石を触りながら依桜さんは言った。
「このブレスレットは小さい時に母さんから貰ったものなんだ。まだ殴られるとかそんな事がなかった普通の家庭だった時に貰ったんだ」
嬉しそうにしながらブレスレットを見る依桜さんを見て私までなんだか温かい気持ちになる。
「すごく大切にしてきたんですね」
「うん」
じゃあどうしてブレスレットをくれたりする優しいお母さんが自分の子供にあんな事をするようになってしまったのか。
それを疑問に思ったけどさすがにこれは聞こうとは思わなかった。
ここは……?
肩で息をしながら目を開けると景色がさっきとは違っていて、あの河川敷まで戻って来ていた。
「大丈夫だった?杏奈」
依桜さんも息を切らしながら私の心配をしてくれて頷く。
すごく怖かったけど、すぐに依桜さんが対応してくれたから助かった。
「ありがとうございました。助けていただいて」
「うんん。全然元はと言えば俺が悪いんだし」
「そんな事ないですっ私が勝手に家にいっちゃったから……」
本当にごめんと言って依桜さんは私に謝ってくれた。
悪いのは依桜さんじゃなくて私。勝手に家に行ったから。
「ねぇ、ちょっと下に行かない?」
「下、ですか?」
「うん」
そう言って指差したのは河川敷のそばにある芝生だった。芝生の下が川になっていて川と道の間が芝生になっているらしい。
依桜さんが下に行って座ったので隣に私も腰を下ろした。
二人で体育座りしながらただたた川を眺める。
夕陽が川に反射してゆらゆらと揺れているのがすごく綺麗だった。
「さっきは本当にごめんね」
少しして、また依桜さんは私に謝ってくれた。
「いえ、私が悪いんです。私が勝手に家に行ったり
したから……。それで、さっきの女の人は誰なんですか?」
私はずっと気になっていた事を聞いてみた。
依桜さんの家の中にいたんだから多分家族なんだろうとは思うけど誰なんだろうかなって。
「あの人は、俺の母さんなんだ」
お母さん……。
「俺の体にキズがあるのはあの人に殴られてたから」
あの体についていたアザは全部あの人に殴られてたって事?
「じゃあもしかして顔にあったアザもお母さんに?」
「うん」
もう隠しきれないと思ったのか諦めたように笑いながらそう言った依桜さん。
じゃあ今まで女の人の彼氏達に殴られてたって言ってたのは嘘だったって事?依桜さんは全く女の人とは付き合ったりしていなかったって事?
今まで言っていたキズに関する事は全てあのお母さんから受けていたものだったという事だろうか。
そんなの、辛すぎるよ……。
「ごめんね。今まで女の彼氏に殴られたとか嘘ついてて。知られたくなかったんだ。だから姫華にも協力してもらってたんだ」
「そうだったんですか……」
姫華さんも事情知ってたんだ。そりゃ二人は幼馴染みたいだし知ってて当然だよね。
それより依桜さんは私にこんなにも話してもいいのかな?ずっと隠してきてたんだよね?わざわざ、自分の印象が悪くなってしまうのにも関わらず。
なぜかと思ったけど、なんとなくわかった気がしていた。
私が家に行ってしまったからもう隠せないと思ったのか、それとも私の事を信用してくれてのことなのか。
後者だったらいいなと思うけど。
「依桜さんは、逃げようとは思わなかったんですか?」
「えっ?」
私の言葉に驚いたのか目を見開いた依桜さん。
「逃げようとしないのか、か……。考えた事はあったんだ。何回も。だけどできなかった」
そう言ってニコッと笑顔を作った依桜さんのその顔は今までに見た事のないような静かな笑みだった。
「どうして、ですか?」
「母さんが好きだから、かな。別にマザコンとかそういう事じゃなくてね。ずっと俺の事を育ててくれたから。なんだか離れられなくて。おかしいよね殴られてるのに逃げないとか」
自虐的に話す依桜さんに胸が痛んだ。し、共感してしまった自分もいた。
「おかしくないと思います」
「えっ?」
私は依桜さんの方を向いて目を見た。
その瞳はすごくすごく綺麗で引き込まれそうだったけど、なんとか我慢して気持ちの整理をつけて話しだす。
「私には一緒に暮らしている叔母がいるんです。けど、その叔母は認知症になっていて毎日のように母の名前を叫んでて、母はもういないのに。それに最近は私が作ったご飯を投げてきたり」
「そう、なの……⁉︎」
「はい……。で、私が言いたい事は私だって叔母の事が本当に嫌いだったら老人ホームに預けたりしてるけど、そうしないで一緒に暮らしてるのはやっぱり叔母の事が好きだからで、依桜さんもそうなんじゃないかなって。だから全然おかしい事じゃないと思いますっ」
私の気持ちがちゃんと伝わったかはわからないけど、今私が言えるのはこれだけだから。
少しでも伝わってほしくて、おかしい事じゃない。大丈夫ですって思ってほしくて私は笑顔を作った。
これは私の本当の笑顔。
「そっか……ありがとう。本当に、ありがとね……」
私が言い終わると依桜さんは涙ぐみながら笑顔でそう言ってくれた。
私は自分の伝えたかった事が伝わったかなと思い安心する。
「俺、ずっとこの事誰にも言えなくてさ。姫華には口裏合わせてほしいって言ってただけだったから。初めて言ったのが杏奈で本当に良かった。ありがとう」
「いえっ何か少しでも依桜さんの心を軽くできたならすごく嬉しいです!」
嬉しくて私もいつの間にかニコッと笑っていた。
「そういえばそのブレスレット……」
「あぁこれ?」
そう言って右手首に付いているブレスレットを見せてくれた。
「はい。それ、依桜さんのお母さんも付けてませんでしたか?」
「えっ?」
さっき、ほんの少しだけ見えた手首にはキラッと光るものが見えたからもしかしたらって思って。
「もしかして、違いましたか……?」
ブレスレットを見て固まってしまった依桜さんを見て違ったのかとヒヤヒヤする。
「うんん。合ってるよ。これは母さんも付けてる。でもよくわかったね」
「前にブレスレットを届けに行った時に女物のブレスレットだと思って。だからもしかしたらお母さんから貰ったりしたのかなって」
手首に視線を落とし宝石を触りながら依桜さんは言った。
「このブレスレットは小さい時に母さんから貰ったものなんだ。まだ殴られるとかそんな事がなかった普通の家庭だった時に貰ったんだ」
嬉しそうにしながらブレスレットを見る依桜さんを見て私までなんだか温かい気持ちになる。
「すごく大切にしてきたんですね」
「うん」
じゃあどうしてブレスレットをくれたりする優しいお母さんが自分の子供にあんな事をするようになってしまったのか。
それを疑問に思ったけどさすがにこれは聞こうとは思わなかった。



