「あれ、不知火さん……?」


保健室について一番に発した言葉。


ドアを開けたら不知火さんがいて、不知火さんの後ろではカーテンが外の風を受けて綺麗に靡いている。


けど、私は不知火さんを見て固まってしまった。


だって不知火さんの肌はすごく綺麗だったんだもん。


「あの、どうして……?不知火さんの肌すごく綺麗ですけど……」


保健室に入って一番に見えるところに座っていた不知火さんはにっこり笑って私をこっちに来るようにと手招きした。


私はその手招きされたベッドに座る。


この保健室は怪我をした人を治療する場所とベッドが同じ部屋に置かれていて不知火さんが怪我をした人を見る時に安西先生が座る椅子に、私はベッドに座った。


「あの、これはどういう事ですか?」


この保健室には綺麗な顔をした不知火さんただ一人がいた。


安西先生もいないのはどうしてだろう?


「今日来てもらったのはメイクをしてもらうためじゃなくて、深海さんの事を教えてもらおうと思って」


「私の事を……?」


「そう。深海さん今きっと困ってる事があるんだよね」


困ってる事……。


不知火さんにそう言われて私は心の中で復唱する。


私は今、困ってるのかな……?正直今の自分の気持ちがわからない。


気持ちが沈む事があってもそれが困っている事と捉えていいものなのか私には判断ができない。


「ない、ですよ。困ってる事なんて」


私は自分ができる精一杯の笑顔を作り不知火さんに見せる。


その時一瞬、ほんの一瞬だけ不知火さんの表情が曇った気がした。


私が何か言ったらきっと困らせてしまうから。言わない方がいい事だってあるんだよね。きっと。


そう思うとなんだか本当にそんな気がして来てきた。


「本当に何もありませんから。では失礼しますね……」


メイクをするわけじゃないならもう教室に戻ろうと思ってベッドから立ち上がる。


少しずつ床を歩いてドアノブに手をかけようとした。


「あのさ、物がなくなったり水かけられたりして、本当に大丈夫なの?それは深海さんにとっては困ってる事じゃないの?」


そう言われて私は手を止める。


どうして、その事を不知火さんが知ってるの……?誰も知らないはずなのにどうして……?


正直すごく驚いた。だって不知火さんはクラスも違えば学年だって違うのに、どうしてそんなに知ってるのって。


「どうして、その事を不知火さんが知っているんですか?」


びっくりして私は反射的に不知火さんの方を向く。


不知火さんはくるっと椅子を回して私の方に体を向け、口角を上げた。


その表情はあの時と同じ、私がブレスレットを届けに行って花が咲いたように笑っていたあの時と同じ微笑み。


「どうしてかよりも、今は深海さんの気持ちを教えて?」


優しく落ち着いた声が私の耳をスーッと入ってくる。


話してもいいの?私はこの人に話してもいいのかな?



でも……。


「私は何もありませんよ。さっき不知火さんが言っていた事だってきっと私の事じゃありませんよ」


今度は私が不知火さんに微笑む。


私がそう言うと不知火さんは急に立ち上がって私の方に歩いてきた。


「深海さん。今、深海さんは辛くないの?苦しくないの?俺から見たらどうしても助けてって言っているようにしか見えないよ」


私よりも全然身長の高い不知火さんが少し屈んで私と目線を合わせるようにしてくれる。


もう、言えるなら言いたい……。なのに、なんでかな、言葉が口から出てこないよ。


私は不知火さんと目線が合わないように下を向く。


すると私の頭になんだか温かいものが乗ったような感覚がした。


それから今までに聞いた中で一番優しくて温かい言葉が頭上から落ちてくる。


「杏奈は、今までよく頑張ったよ。だからさ、今はちょっと休憩しない?大丈夫だから。何も怖い事なんてないから。ね?」


その言葉を聞いた瞬間、私の視界は一気に潤んでいく。


何かのバーを下されたような気がして、それから歯止めが効かなくなっていきどんどん私の顔は涙で濡れていった。


あぁ、そっか。私は"頑張ったよ"って言って欲しかったんだ……。


「不知火さんっ、私、私……っ」


「大丈夫だよ。だから一旦落ち着いて、深呼吸しよ?」


私の頭の上の温かいものが左右に動いたところで私はこれは不知火さんの手なんだとわかった。


不知火さんは私の頭を撫でてくれていたのだと。