「それにしても...いろいろと悪かったな、三谷瀬」


微笑を浮かべつつ、苦く眉根を寄せれば、澄んだ色素の薄い双眸がちらりとこちらを捉えた。すでに表情は平素通りに戻っていて、頭を撫でていた手は撤去された。離れていく間際、名残惜しく思ってしまい、つい視線で追っかけてしまったのは果たして三谷瀬に気づかれたかどうか。



「本当に、悪かった。背中押してくれたのに無駄にしたこととか、さっきだってつまらない俺の泣き言...黙って受け止めてくれた」


もしお前があんな風に、言葉をかけてくれていなかったら。きっと俺ははかりしれない不の感情に一人抱えきれず、押し潰されていただろうから。




「っ、それに、あのときの三谷瀬の忠告...聞き流してたのも全部...っ、」


初めてまともと呼べる対面をしたあの日、三谷瀬は確かに言ったはずなのに。宇宙外生物もとい転校生の洗脳事態より、更に絶望的なこれからが待ってる、って。そう忠告してくれたのに。




「.....あ、あと、いいつけ...近づくなって約束、破って、わ、わるかった...」


二度と近づくな、そう言われてたのに。
写真をとって、脅しのようなことをするくらい、そのくらい俺と接触するのが嫌だったのだろう。

それなのに.....



ずきん、と締め付けられるような痛みは先程の安堵感とは全く別のものだった。


(ってか、なんでこんなに痛むんだ...)


きっと俺は、三谷瀬に嫌われている。
そんな事実くらい、初対面のあの出来事で、痛いくらい思い知らされたはずなのに。



「......なんで」



いまさら、近づくなって冷たく突き放された事実が脳裏を掠める度に、どうしようもないくらい胸が痛むのだろうか






それっきり口を噤んでしまい、重く圧し掛かるような沈黙が場に流れる。どくんどくん、と心臓が嫌な音を刻む。


そんなとき、はあ...とため息が静寂な空気に不意に溶け込んだ。誰の、なんて、そんなのわかりきっている。びくり、張り詰めたように全身が強張る。




三谷瀬はブレザーの胸ポケットからスマホを抜いて、軽く何かを操作してからスピーカーを耳にあてた。




「......あ、ナナ?」








ナナ、って...平凡生徒の、


「もう?さすが、本当に話しが早くて助かるよ」そう電話越しに口元を吊り上げてみせる三谷瀬を後目に、俺はといえば、奈落の底へと突き落とされたような絶望感に陥っていた。
三谷瀬はまるで、俺の存在が元よりないように話していたが、真っ暗になった頭の中では何を言っているのか、もうわからなかった。


......本当に、嫌われた。


いや元々嫌われていた自覚はあったが、でも、でもここまでとは思っていなかった。もしかしたら三谷瀬との距離が詰まるかもしれない、そんな淡い期待をどこかで持っていたのかもしれない。ばかは俺だ、んなこと、天地がひっくり返ってもありえないのに。期待するだけ、拒まれたときの絶望は膨れ上がるばかりなのに。



(そんなこと...嫌ってくらい思い知らされたはずだろうが、っ)




わかってる、三谷瀬とあいつは親しい間柄とよべるような関係で、逆に俺は、顔も見たくなくなるくらい嫌われているんだ。優先するのにわざわざ順位をつけるまでもなく明白だってことくらい、わかってた。



(...けど、なら、)



なんで声をかけたんだ、頭を撫でたんだ、...あんな優しい言葉を、かけてくれたんだよ....っ、


(っ女々しすぎる、)



勝手に期待して絶望して、そしてトドメに八つ当たり。





「.......ばかみてー...」



きゅっ、と踵を返す。もう、だめだ...足元がぐらつく中、1秒でも早く、この場から逃げ出そうとしたそのとき、






「目溶けるってば」




デジャヴだった。




腕を掴まれて、歩行しようと前に出した右足が無意味に地面へと着地した。


「.......はなせ」


言って後悔。ちがう、こんなこと言いたいわけじゃない。心なしか、腕にかかる力が強くなったような気がする。



「あんたがあほみたいな顔して笑うまで、離さない」


「い、いから、離せ...」


「今のあんた訳わかんなさ過ぎるよ。勝手に泣いて、勝手に怒って。俺にどうして欲しいか...」


「っ、離せって、いってんだろうがぁっ!!!」



-パアァァン....腕を振り払った音が、痛いくらい室内に反響した。


「なんなんだよ、お、まえこそっ!なにがしたいんだよ..…!!」


見えない、卑怯だけど、三谷瀬の表情が恐くて見れない。



「訳わかんないのは、こっちだよ...まじでふざけんな、っ!」


なんでこんな言葉しかでないんだ。これじゃあ完全に八つ当たりではないか。三谷瀬の言う通り、勝手に拗ねて勝手にキレて...これ以上本当に、俺はなにがしたいんだ。


違うんだ、言いたい言葉は、もっと別にあるのに





俺ら以外、ひと一人いないこの場所で、聞こえてくるのは乱れた息を整える俺の声だけだった。もう心情は、絶望なんて一言じゃ言い表せないくらいで。泣きたくなった。






「.......わかった」





あ、終わった。






たった一言、だが怒りの滲んだ声色で、無残にもそう言い渡された。
ーーー自業自得、この一言に尽きた。



身を翻すのがわかった。足音が遠ざかるのがわかった。物理的にも、きっと心理的てきにも距離が広がる。
これで本当にもう、顔を合わすことも声が交じることも...笑顔を向けてくれることも、もう本当にないのか。



ーーーーーいいのか

このまま、これで終わって。


なくなって、初めて気づいたその大切さは
なくなって、ばかみたいに知った絶望感は
自分自身が一番わかっているはずだ。



(もう.......うしないたく、ねぇっ!)











「...ご、めん」



走って、追いついて、勢い任せに三谷瀬の背中に縋り付いた。俺より背丈が低いはずなのに、微動だに倒れることはなかった。


ぎゅう、っと三谷瀬の服にしがみついて顔を埋める。
...やっぱり、恐くて顔は見れなかった。



「っ、あ、やまるから...いかな、いで...」


もう失いたくねえんだ。



「ごめん...ごめん、いやだ、行くな、」


自分でももう、何を口走っているのかわからなかった。ただ頭の中で渦巻く言葉をそのまま口に出していた。
どん引きされたかもしれない...背丈もあってガタイのいいやつに抱きつかれて、キモいとか思われているかもしれない。



「嫌だ、行くなよ....」


「....」


「み、やせ...」


「なに言ってんの」



さあぁぁ、全身が急激に冷えていく。冷たい声で、パシっとからだを振り払われた。



(ま、た間に合わなかった....)



堰が切れた音がした。もう限界だ、そう思ったとき




「そういうとこ、やっぱアンチ会長だね」


泣き虫

ポンポン、そう優しく頭を撫でられた。