紺碧のアステリズム




「只今戻り… お母様? どうしたの?」



帰宅が遅くなったことを悟られないように、こっそり裏口から、小さな声で家に入ろうとしたところ、同じように大荷物を抱えて出てきた母と出くわす。



「あ、あら桜、おかえりなさい。 …もしかして、また会っていたの?」

「えっ… あ! それより、お母様はどうしたんでふか? これからどこかへ?」



母は小さな溜め息をつく。



「えぇ。 少しの間実家に戻らせていただくわ。 桜、宗介(そうすけ)のこと、頼むわね。」

「えっ!? これから山向こうへ向かうのですか!?」



一体なぜ。何があったのか。長年耐えて来た嫁いびりに、ついに耐え兼ねたのか。それともまた父が、今度は許せないような浮気をしたのか。



「離縁するのなら私もっ……」

「もう! 縁起でもない!」



ペチンとお尻を叩かれる。



「兄さん…慈郎(じろう)伯父様が戻るというのに、お祖母様がその準備で肩と腰を痛めたそうなの。 お祖父様の具合も悪いようだから、少し手伝いに戻るだけよ。 なにせ異国からのご来客……」



と言いかけて、母は慌てて口を閉じた。しかし私は聞き逃さなかった。



「慈郎伯父様が戻られるの!? しかも異国のお客様を連れて!?」



母はやってしまったと、長く大きなため息をつく。

母は私が異国に興味があることを誰より知っていた。なぜならそのきっかけをつくったのは母だからである。



「私もついていきます! 人手は多い方がいいもの!」

「駄目よ桜。 お父様が許さないわ。 お義母様だって……。」

「いいえ行くわ! お母様を助けるために行くの!」



ここで待ってて!と財布が入っているだろう母の巾着を無理矢理取ってしまう。母のことだ。こうなることを見越してこっそり出て行こうと思っていたのだろう。しかし、そんなことはさせない。もちろんこれから置いていくことも。

数百年閉ざされた国が、ようやく門戸を開いた。とはいえ、それもまだまだ一部のみで、私の住むような田舎では、異国を感じる機会は早々ない。ましてや異国の人と会えるなんて、夢のまた夢である。そんな夢のような機会を、逃すわけにはいかない。

異国はこの国よりはるかに進んだ技術と知識を持ち、男性と共に女性が並び立って働いたり、女性でも家長を務めることができるといった、この国とは全く異なる文化を持つと、役人として異国を相手に働く伯父の書物から学んだ。それは幼い頃に、家長への夢を絶たれた私にとってかなり衝撃的なことで、それからというもの、異国のことが気になって気になって仕方がなくなった。
異国を知ることは、女として不自由を感じるこの世界で、一つの希望になったのだ。



「あぁ、一体誰に似たのかしら…。」



母の今日何度目かのため息が響く。



「あの子ったらまだ…異国の方と会うことの意味を、理解していないのね…。」



母がぼそぼそとなにかを言っているような気がしたが、それが私の耳に入ることはなかった。