「藤沢!昼飯、一緒に行かないか……?」

「…………」

──最近どうも、先輩に懐かれている気がする。

冷たく「むずかしいっすね」と返すと、江島さんはガーン!と効果音が聞こえそうなほど肩を落とし、そのままとぼとぼとオフィスを出ていった。

……ていうか、あの人いつも弁当じゃなかったっけ?

首を傾げながら財布に手を伸ばし、俺も外に出ようと立ち上がったそのとき。

「藤沢さん!よければお昼ご一緒しませんか?」

……デジャヴ。

なぜか身をくねらせながら見上げてくる新卒社員の姿に、思わず心の中でため息を吐く。

とはいえ表情にはいつも通りの笑顔を貼り付けて、俺はやんわりと答える。

「ごめんね。俺、ランチはひとりでとりたいんだ」

こういうとき、女の子にはやさしく穏やかに断らないとあとが面倒だ。
ひとたび敵に認定されれば、彼女たちは徒党を組んで自分を傷つけた相手を排除しにかかる。
もちろん全員がそうだとは思わないけど、過去の経験から用心するに越したことはない。

どこかの先輩に投げた雑な返事とは雲泥の差で、完璧な微笑みとトーンで対応すると、女子社員はぽっと頬を染めて「そ、そうですよね!すみません、気が利かず……!」と小さく会釈して立ち去っていった。

ふと目をやると、さきほどの子とその同期がこっちを見ながら「キャーッ!」と小声で盛り上がっている。

いや俺はどこぞのアイドルだ。

内心でツッコミを入れつつ営業スマイルをひとつ投げた俺は、ようやく足を返す。

(あ”——————……クソ面倒…………ッ!!)


———ところで少し、話をしよう。
どこにでもいるような“ある男”についての話。

その男はどこにでもあるような中流階級の、どこにでもいそうな両親から3300gと少しだけ大きめに誕生した。
平凡な容姿だが心優しい両親の元すくすく育てられた男は、成長するにつれ、自分が周りより少しだけ秀でていることに気づいた。

勉強すればー学年主席。
運動させればーサッカー部エース。
人付き合いでもー気づけばいつも輪の中心にいた。

何をやってもだいたい上手くいってしまう。
生まれながらにしてあらゆるものを持っていた。

だからどこか男は冷めていた。

いくら周りが「すごい」と持て囃しても、男にとってはそれが当たり前だったから。
尊敬されても、好意を寄せられても、心のどこかで「だからなんだろう」と思ってしまう。

──そしてそれは、社会人というステージに立った今も何ひとつ変わらなかった。

そんな、どこにでもいるようなそんな俺の話。



(あ——まじめんどい……つーかこっちも営業だぞ。昼飯くらいひとりにさせろっつーの)

イライラを抱えたまま、真夏のオフィス街を歩く。
溢れる人の波と背中に貼りつくシャツの感触に、苛立ちは増すばかり。

目当てのカフェに向かってみたものの、入り口にはスーツ姿のサラリーマンたちがすでに数人列を作っていた。
都内の昼のオフィス街なんてどこ行っても人ばかりだ。

それでも今日は、ここのパスタの気分だったんだけど。

列の長さと腕時計の針を交互に見て、内心でひとつため息をつく。

リベンジだな……と隣の店に入ろうとした瞬間、カフェの窓際に見知った顔を見つけてしまう。

(……江島さん。と、三浦さん)

いつものおどおどした顔はどうした。
にこにこ顔で向かいに座る三浦さんに何か話しかけている江島さん。
その光景を見た瞬間、さきほどまでとは違う種類の苛立ちが胸の奥から湧き上がった。

——結局、三浦さんと飯行ってんのかよ!!

頭の中に、「藤沢、飯行こ……?」とおどおどしながら誘ってきた江島の顔が蘇る。

…………いやいや、何にイラついてんだ。
江島さんの誘い断ったの俺じゃん。
そのあと誰と昼飯食おうがあの人の自由だろ。

なぜか自分にそう言い聞かせながら、気を取り直して隣の店に足を向けた——そのとき、最後に目にしたのは。



「ずいぶん仲が良いんですね」

———にこり。

ギリギリでオフィスに戻ってきた江島さんにそう言えば、訝しげな顔をして「……なんだよ急に」と眉をひそめた。

「あそこのパスタ、ボクも気に入ってるんです」

「パスタ……?あ、もしかしてお前もあの店来てたの?」

俺の誘い、断っといて……?
そんな台詞が聞こえてきそうな顔をする先輩を見て、ちょっとだけ溜飲が下がるのを感じながらつい意地の悪いことを言いたくなった。

なんせこっちは、空腹で炎天下のオフィス街をさまよってたんだ。
先輩がのほほんと同期とランチしてたその間に。

問いかけは無視して、俺はさっき見た光景をそのままぶつけてやった。

「口元拭かれてましたよね、三浦さんに」

「——————ッ!!」

俺の言葉に、気弱な先輩はみるみる顔を真っ赤に染めた。

「み、見てたのか……!」

八の字に眉を下げてうろたえるその顔を見て、俺は完全に溜飲が下がるのを感じる。

そう。
最後に見たのは、どんくさくソースを口につけたこの人の口元を三浦さんが指でぬぐってやっているところだった。

一体同期になにやらせてんだ。
ていうかあなたはいくつだ。

途端にあわあわ手を振りながら「あ、あれはたまたま……!三浦の親切で……!!」と求めてもない弁解を必死に繰り出す先輩を無視し、俺は目の前のキーボードに手を伸ばした。 

まあ、とりあえずだ。

—————今月も、三浦さんには絶対負けない。