交際0日婚、冷徹ホテル王はかりそめ妻を溺愛で堕とす

誰もいない厨房で祖父がペコペコと頭を何度も下げてお礼を言っている。そして電話を切ると、暖簾をあげたまま手が止まっている私と目が合った。

「小春。この店、まだ続けられるぞ、立ち退きの話がなくなったんだ」

嬉しそうにそして安堵して胸をなでおろし、目尻をしわしわにしながら祖父が笑った。こんなふうに笑う祖父を久しぶりに見た。

「よかったね! あんなにしつこかった木谷さんが、立ち退きの話を取り下げるって、なにがあったんだろう」

散々祖父が断っても断ってもしつこかった。挙句、私に結婚しようなんて言ってきたくらいだ。

「お前の旦那に感謝しなくちゃな」

え? 高城さんに?

今朝の高城さんはいつもより早めに出社していった。そして心なしか機嫌がよさそうに見えたけれど……。
祖父に予約のことを伝え、急いで休憩室に置いてあるバッグの中からスマホを取りだすと、高城さんからメッセージが届いているのに気づく。

【店主から話を聞いたか? 立ち退きの話は白紙になった。もう安心していい】

それだけの言葉が胸にじんわりと広がっていく。頭の片隅にずっとこびりついて離れなかった立ち退きの不安要素がふわりと解けた気がした。

これでもう大丈夫なんだ。

心の奥のぎゅっと固まっていた何かが静かに溶け出していく。

彼の声が聞きたい。