交際0日婚、冷徹ホテル王はかりそめ妻を溺愛で堕とす

たぶん、その彼と道ですれ違ってもきっとわからないだろう。だけど背がスラッと高くて香水とはまた違う爽やかないい匂いがして、一瞬で憧れを抱いてしまうくらいインパクトの強い男性だった。

昔の記憶に引き寄せられるかのように私は引き出しに入っている小物入れの蓋を開け、キラキラと光る真鍮素材のネクタイピンを取り出した。ハイブランドのロゴがさりげなく施されたシンプルで上品なネクタイピンだ。もちろん私のものではない。

いつか返せる日が来るかな?

彼が去った後、足元にキラッとしたものが落ちていると思って拾ってみると、それはネクタイピンだった。ひと目で彼が落としていったのだとわかったけれど、もうすでに姿は見えなくなっていた。
またそのうちすぐ会えるかもしれないと思ってずっと大切にしまっていたけれど、それっきり彼が店に姿を現すことはなかった。

そうだ! このネクタイピン、ネックレスにしてみよう。

肌身離さず身に着けていたら、もしかしたら近いうちに会えるかもしれない。

確か使わずにとっておいたシルバーのチェーンがあったはず……。

ごぞごぞと探してそれを見つけると、ネクタイピンに通して首につけてみた。普通のネックレスに比べたらなんだか違和感があるけれど、胸元に隠して入れておけば誰に見られるわけでもない。いつかきっと会えるおまじないみたいなものだ。

いかにも少女趣味のようなことをしている気恥ずかしさを頭の片隅に押しのけて、鏡の前で見てみると思わず頬が緩んだ。
憧れの〝あしなが王子さま〟の手掛かりは唯一このネクタイピンだ。おまじないの効果があってもし会うことができたらちゃんと返して、それから浅見屋と私を支えてくれたお礼を言ってそれから……。まだはっきり顔もわからないのに会ったときのことを想像するとあれこれ浮かんできて、私は鏡の前の自分の姿を見ながら苦笑いした。

よし、彼のとの再会を祈りつつ、また明日から仕事頑張ろう!

私はパンパンと両手で頬を軽く叩き、明日へ向けて気合いを入れた。