交際0日婚、冷徹ホテル王はかりそめ妻を溺愛で堕とす

無事に大学進学が決まり、「すっかり大人になったね」なんて言われた矢先の出来事だった。

まるで私が大人になったことで両親が離れて行ってしまったような感覚に見舞われて、両親を失うくらいなら大人になんてなりたくなかったなんて毎日馬鹿なことを考えていた。葬儀では気丈に振舞おうと必死に唇を噛んで我慢したけれど、全部終わった後に私は耐え切れず葬儀場の裏手にあったクスノキの下で声を出してわんわん泣いた。そして両親が亡くなったことで大学も中退しないと……と先々暗いことをあれこれ考えていたら父方の祖父母が私を引き取って「大学はちゃんと卒業しなさい」と、色々と面倒を見てくれた。

そのおかげで、私はなんとか無事に大学を卒業することができた。学生時代はお世話になってる恩返しに実家の和菓子屋をずっと手伝ってはいたけれど、もっと世の中を知りたい、勉強したいと思い卒業後はメーカーの会社員として就職したものの、祖母が腰を痛めたことをきっかけに再び店を手伝うため会社を一年で退職した。それから私は祖父母と同居しながら浅見屋を支えている。

「小春、新商品の試食を仕事あがったら食べてみてくれ、厨房の冷蔵庫に入れてあるから」

「うん、ありがとう。おじい……店主の作るものは全部美味しいから間違いないよ」

「ああ、自信作だ」

店主である祖父は、根っからの職人気質で店の中では「おじいちゃん」ではなく「店主」と呼ぶように厳しく言われていた。祖父母は七十近い年齢だけれど、いまだ現役で仕事をしている。

時計を見るとそろそろ閉店時間の二十時近い。先ほど来店した常連のお客さんを見送って、ふと窓の外に目をやると東の空は帳が降りかけていた。そして私と同じくらいの歳の女性が可愛くお洒落をして、恋人と思われる男性に腕を絡ませて店の前を通って行った。互いに顔を見合わせにこやかに笑ってなにやら楽し気だ。

デートかな?