交際0日婚、冷徹ホテル王はかりそめ妻を溺愛で堕とす

「いやぁ、小春ちゃんのほうから誘ってくれるなんて嬉しいよ、ほんと今日一日だるくてさ、でも連絡もらったら急に元気になってすぐ仕事も片付いたし、小春ちゃんのおかげかな」

相変わらずよくしゃべる人ね……。

デートかなにかと勘違いしてるみたいだけど、全然そんなつもりないんだから。しかも気安く〝小春ちゃん〟なんて呼ぶのやめて欲しいな。

怒鳴りつけたい衝動を抑えて電話をかけた相手は木谷さんだった。立ち退きするつもりは微塵もないし、そのために注文をやめるというのはあまりにも打算的すぎると、直接私から言ってやろうと思って、仕事終わりに駅前のイタリアンレストランへ呼び出した。

向かいに座る木谷さんは、品質のよさそうな紺色のブランドスーツに薄い黄色のネクタイをしている。とろんと下がった目尻は一見優しそうな印象で、栗色のくせ毛をカバーするためパーマをかけて身なりも清潔感が漂っている。

私はタイプじゃないけれど、一般的にはハイスペックなイケメンなのだろう。「ここのイタリアン、最近できたんだってね、行ってみたいと思ってたんだよ。このマルゲリータのピザ生地もいい焼き加減じゃない?」と終始ニコニコ顔だ。

先月オープンしたこのイタリアンのお店は実は私も行きたいと思っていた。だからと言ってこの機会に来たわけではないけれど、むしろ初来店が木谷さんとだなんて心外だ。店が独自で持っているレンガ造りの焼き窯がトレードマークみたいで、窯で焼くピザは本当に美味しいと評判のようだ。だけど立ち退きの話と浅見屋への注文を辞める話をいつ切り出そうかタイミングを見計らっているとピザどころじゃない。