神楽は転校していた。突然のことで、先生以外誰も転校することは知らなかったらしい。彼女のお父さんが亡くなって生活が立ち行かなくなったらしいと、風の噂で聞いた。

 その日俺は、仮病を使って早退した。帰りの電車の中でも、歩いていても、なにをしていても心が俺の中にないような感覚だった。家に帰ってじっとしていてもかえっておかしくなるような気がして、俺は目的もなくフラフラと街を歩いた。彼女と歩いた帰り道、彼女が好きだと言っていた文房具店、一緒に他愛もない話で何時間も盛り上がったファストフード店。楽しかった記憶が、鮮明に浮かび上がる。

 そして、例の、キスをした観覧車の前に辿り着いたとき、俺は膝から崩れ落ちた。目からはとめどなく涙が溢れ、嗚咽が止まらない。声をあげて泣いた。数多の視線が突き刺さるが、そんなことどうでもよかった。

 彼女を完全に失ったんだと自覚した。喪失感と同時に、自分への怒りが湧いてくる。彼女が本当につらいときに、そばにいてあげなかった。折れそうな彼女を、支えてあげられなかった。島田たちの言う通り、俺は情けない男だ。卑屈で気弱で、劣等感に満ち溢れている。でも一番恥ずべきなのは、自分のダメなところや弱いところ、恥ずかしい過去を隠すのに必死で、そういうダメなところを変えようともしなかったこと。彼女に釣り合う男になりたいと思いながらも行動は起こさず、自分からも彼女からも逃げたこと。本当に情けない。


 ひとしきり泣いたあとで、俺は立ち上がった。そのまま帰宅し、もう仕事を終えて帰ってきているだろう父の部屋に直行した。

 部屋のドアを勢いよく開ける。父は一瞬驚いた顔でこちらを見たが、俺だとわかるとすぐにいつもの怪訝そうな表情に戻った。

「……なんだ」
「お願いがあります」
「……はあ。なにかと思えば……今疲れてるんだ、後にしてくれ」
「俺を大学に行かせてください」

 父がジロッとこちらを見る。俺は怯まず続ける。

「高校に入って、とある人に出会って、俺、建築士になりたいって思ったんです」

 父はなにも言わず、ぐるりと俺に背を向けた。

「はじめて目標ができたんです。絶対叶えたいんです。お願いします」

 俺は頭を下げた。父には見えていないだろうが、それはそれは深く。

 祈るような気持ちだった。

 俺は、神楽に見合う男になりたい。彼女の夢も、生活も、彼女の心も、ぜんぶ支えられる男になりたい。そのために、建築士になる。立派な男になって、誇れる男になって、いつか彼女を迎えに行きたい。そのためには、俺は大嫌いな親父にだって頭を下げるし、もう努力を怠ったりは決してしない。

「……国立しか金は出さんぞ」

 父は背を向けたまま、静かに言った。

「それから、建築士になるなら一級だ。それ以外は認めん」
「……ありがとうございます」

 神楽、俺、君に釣り合う男になるから。立派な男になって、また君の前に現れるから。負けないから。だから、神楽もそれまで負けないで。

 そう心の中で彼女に語りかけた。