初めて私一人でインテリアのデザインを担当することが決まって、忙しくも充実した毎日を過ごしている。渡真利君が設計の担当ということで仕事で会う機会がぐんと増えたし、デザイン案で行き詰まったときやわからないことがあったときは仕事以外の時間でも電話して頼ってしまっている。
「……ちょっと根詰めすぎじゃないか?」
打ち合わせが終わって、事務所に戻るためパソコンを片付けていると、渡真利君が話しかけてきた。
「え、なんで?」
「クマ、できてるぞ」
「……だって、初めてひとりで担当任されたから、嬉しくて」
「無理すんなよ。それで神楽が倒れたら元も子もないぞ」
「うっ……わかってます。気をつけます」
言うことがまともすぎて、ぐうの音も出ない。けれど、ようやく掴んだチャンスだ。評価されれば仕事の幅が広がる。クライアントにも喜んでもらいたい。お父さんにも、「夢を叶えたよ」って、堂々と報告したい。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
「……時間的に直帰じゃないのか?」
「いや、もう一回事務所に戻っていろいろ検討したい」
「……本当にわかってるのか?」
「え?」
「ほんとに、マジで、無理するなよ」
「わかってるって!」
私は荷物をまとめ、渡真利君に軽く挨拶して社を出た。
「すっかり遅くなっちゃった」
事務所を出た頃には、時刻は二十二時を回っていた。連日こんな感じだ。渡真利君が聞いたら怒るだろう。けれど、どうしても没頭してしまって、気がついたらこの時間になってしまっているのだ。私のせいではない。
「ふあぁ……」
大きな欠伸が溢れる。
「……でっかい欠伸だな」
するはずのない声が聞こえ、飛び上がる。事務所の目の前に、渡真利君が立っていた。
「渡真利君!? なんで!?」
「絶対遅くまで作業するだろうと思ったら、案の定だよ」
「う……バレてた」
「無理すんなって何回言わせたら気が済むんだよ」
言い方はトゲトゲしているけど、裏を返せば心配してくれてるってことで、しかも事務所まで来てくれて。ツンツンした態度が可愛く思える。
「ごめんてばー」
「はいはい、行くぞ。送ってく」
「心配してくれてありがとー」
「……神楽に倒れられたら仕事が滞るからな」
「またまたそんなこと言って」と茶化すか迷ったが、これ以上言うと怒りそうなので、やめた。大人しく「そうだよね」と受け入れる返事をして、私たちは歩みを進める。
夜の街は煌々としていて、飲み歩くサラリーマンや派手な学生たちで賑わっている。ふと数メートル先の居酒屋を見ると、今一緒に仕事をしている別の担当者が同僚と思われる人たちと出てくるところだった。
「あ、あれ高橋さんじゃない?」
「だな」
「私たちが二人でいるところ、見られちゃまずいかな」
「なんで?」
「付き合ってるって思われるかも」
「あー、別にいいだろ。どう思われても」
その一言に、思わず過剰に反応してしまう。
「え、いいの?」
「ああ」
「……渡真利君変わったね」
「……なんで?」
「だって高校のときさ、お友達に私と一緒にいるところ見られて嫌がってたじゃん」
「は?」
「覚えてないの? 友達に見られて、そのあとから素っ気なくなっちゃったじゃん」
観覧車でのキスのあと、その帰り道のことだった。お互いキスのことには触れず、恥ずかしさから最低限の会話しかしないまま帰路についた。言葉を交わさずに二人で並んで歩いていると、渡真利君の中学時代の友達と思われる男の子数人が声をかけてきて渡真利君の肩を組み、私に会話が聞こえないよう彼を囲った。
年頃の男の子たちだ。どうせ冷やかすようなことでも言ったのだろう。彼らが去ったあと、渡真利君は「ごめん」と言って走り出し、一人で帰ってしまった。残された私はびっくりしたし悲しかったが、きっと友達に見られて恥ずかしかったのだろうと思うことで納得した。
明日学校に行ったら、話をしよう。素直に恥ずかしかったって言って謝ってくれたら可愛いな。頭わしゃわしゃしたい。そんで、そんな渡真利君が好きって伝えよう。キスも、嬉しかったって。そう言おう。
そう決めていたけど、そんな明日は来なかった。
彼は私を避けるようになった。話しかけても、会おうと誘っても、なにかしら理由をつけてかわされた。あまりにも冷たいから、私と付き合ってるって思われたのが嫌だったんだと思った。今思えばそのとき、私は失恋したんだと思う。それからは彼に申し訳なくて、私も彼を追うのはやめた。幸い二年に上がるクラス替えでクラスが別々になったことで自然に接点も減り、そのあとすぐに父が亡くなって転校したから、彼とちゃんと話すことは叶わないままだった。
「私すっごくショックだったー」
「違う……! あれは……!」
「はは、いいのいいの。昔のことだしね」
「神楽、あれは本当にーー」
そのとき、彼の声が遠のき、体が宙に浮くような感覚を覚えた。視界がぐわんと歪む。
あ、倒れる。
そう思ったときには、もう遅かった。立っていられず、体重を大きく彼に預ける。
「神楽!」
私を呼ぶ声が、うっすらと聞こえる。
ごめん、ごめんね渡真利君。私ちょっと、無理しすぎちゃったみたい。あんなに忠告してくれたのに、心配してくれたのに、ごめん。
意識が薄れていくのを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。
「……ちょっと根詰めすぎじゃないか?」
打ち合わせが終わって、事務所に戻るためパソコンを片付けていると、渡真利君が話しかけてきた。
「え、なんで?」
「クマ、できてるぞ」
「……だって、初めてひとりで担当任されたから、嬉しくて」
「無理すんなよ。それで神楽が倒れたら元も子もないぞ」
「うっ……わかってます。気をつけます」
言うことがまともすぎて、ぐうの音も出ない。けれど、ようやく掴んだチャンスだ。評価されれば仕事の幅が広がる。クライアントにも喜んでもらいたい。お父さんにも、「夢を叶えたよ」って、堂々と報告したい。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
「……時間的に直帰じゃないのか?」
「いや、もう一回事務所に戻っていろいろ検討したい」
「……本当にわかってるのか?」
「え?」
「ほんとに、マジで、無理するなよ」
「わかってるって!」
私は荷物をまとめ、渡真利君に軽く挨拶して社を出た。
「すっかり遅くなっちゃった」
事務所を出た頃には、時刻は二十二時を回っていた。連日こんな感じだ。渡真利君が聞いたら怒るだろう。けれど、どうしても没頭してしまって、気がついたらこの時間になってしまっているのだ。私のせいではない。
「ふあぁ……」
大きな欠伸が溢れる。
「……でっかい欠伸だな」
するはずのない声が聞こえ、飛び上がる。事務所の目の前に、渡真利君が立っていた。
「渡真利君!? なんで!?」
「絶対遅くまで作業するだろうと思ったら、案の定だよ」
「う……バレてた」
「無理すんなって何回言わせたら気が済むんだよ」
言い方はトゲトゲしているけど、裏を返せば心配してくれてるってことで、しかも事務所まで来てくれて。ツンツンした態度が可愛く思える。
「ごめんてばー」
「はいはい、行くぞ。送ってく」
「心配してくれてありがとー」
「……神楽に倒れられたら仕事が滞るからな」
「またまたそんなこと言って」と茶化すか迷ったが、これ以上言うと怒りそうなので、やめた。大人しく「そうだよね」と受け入れる返事をして、私たちは歩みを進める。
夜の街は煌々としていて、飲み歩くサラリーマンや派手な学生たちで賑わっている。ふと数メートル先の居酒屋を見ると、今一緒に仕事をしている別の担当者が同僚と思われる人たちと出てくるところだった。
「あ、あれ高橋さんじゃない?」
「だな」
「私たちが二人でいるところ、見られちゃまずいかな」
「なんで?」
「付き合ってるって思われるかも」
「あー、別にいいだろ。どう思われても」
その一言に、思わず過剰に反応してしまう。
「え、いいの?」
「ああ」
「……渡真利君変わったね」
「……なんで?」
「だって高校のときさ、お友達に私と一緒にいるところ見られて嫌がってたじゃん」
「は?」
「覚えてないの? 友達に見られて、そのあとから素っ気なくなっちゃったじゃん」
観覧車でのキスのあと、その帰り道のことだった。お互いキスのことには触れず、恥ずかしさから最低限の会話しかしないまま帰路についた。言葉を交わさずに二人で並んで歩いていると、渡真利君の中学時代の友達と思われる男の子数人が声をかけてきて渡真利君の肩を組み、私に会話が聞こえないよう彼を囲った。
年頃の男の子たちだ。どうせ冷やかすようなことでも言ったのだろう。彼らが去ったあと、渡真利君は「ごめん」と言って走り出し、一人で帰ってしまった。残された私はびっくりしたし悲しかったが、きっと友達に見られて恥ずかしかったのだろうと思うことで納得した。
明日学校に行ったら、話をしよう。素直に恥ずかしかったって言って謝ってくれたら可愛いな。頭わしゃわしゃしたい。そんで、そんな渡真利君が好きって伝えよう。キスも、嬉しかったって。そう言おう。
そう決めていたけど、そんな明日は来なかった。
彼は私を避けるようになった。話しかけても、会おうと誘っても、なにかしら理由をつけてかわされた。あまりにも冷たいから、私と付き合ってるって思われたのが嫌だったんだと思った。今思えばそのとき、私は失恋したんだと思う。それからは彼に申し訳なくて、私も彼を追うのはやめた。幸い二年に上がるクラス替えでクラスが別々になったことで自然に接点も減り、そのあとすぐに父が亡くなって転校したから、彼とちゃんと話すことは叶わないままだった。
「私すっごくショックだったー」
「違う……! あれは……!」
「はは、いいのいいの。昔のことだしね」
「神楽、あれは本当にーー」
そのとき、彼の声が遠のき、体が宙に浮くような感覚を覚えた。視界がぐわんと歪む。
あ、倒れる。
そう思ったときには、もう遅かった。立っていられず、体重を大きく彼に預ける。
「神楽!」
私を呼ぶ声が、うっすらと聞こえる。
ごめん、ごめんね渡真利君。私ちょっと、無理しすぎちゃったみたい。あんなに忠告してくれたのに、心配してくれたのに、ごめん。
意識が薄れていくのを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。

