「乗れよ」
約束の日。
私は詳しくないのでわからないが、絶対に高いであろう黒光りした大きな車に乗って、渡真利君は現れた。私はすごすごと助手席に乗り込む。
「よろしくお願いします……」
「おう」
シートベルトを引っ張りながら、チラリと隣を見る。渡真利君は相変わらずかっこいい。この前はカチッとした印象だったけれど、今日は結構ラフだ。といってもTシャツにジーパン、とか、上下ジャージ、なんていう簡素な感じではなくて、チャコールグレーのゆったりとしたオープンカラーシャツに、すっきりとした黒のテーパードパンツ。ラフなのにラフすぎない、絶妙なおしゃれ。彼の魅力を、最大限に引き立てている。前回の反省を活かして以前よりはまともな格好をしてきたつもりだったが、彼には到底敵いそうにない。
「……なに?」
「……いや! なんでもないよ」
運転中でもわかってしまうくらい彼を凝視していたことに気づき、慌てて正面をみる。恥ずかしいし、かといってずっとなにも話さないのも気まずいので、私は無理矢理話を振る。
「そういえば、今日ってどこ行くの?」
「モデルハウス」
「モデルハウス……?」
「神楽この前、俺が来るまでの間インテリアデザイン考えてただろ」
「え、見てたの?」
「悪い、見えちゃって。それで、俺が尊敬してる宮本さんっていうデザイナーがインテリアを担当したモデルハウスがあるから、行って見てみるのも参考になるかなと思ってさ」
「宮本さん……! 知ってる! あたたかみのあるインテリアが本当に素敵なんだよね……! この前描いてたやつはもうチーフに渡して、今見てもらってるんだけどね、うまくいけば私が担当になるかもしれないんだ」
「そうなのか」
「うん! そのクライアントは飽きが来ないナチュラルであたたかみのある雰囲気をご希望だから、宮本さんのデザインはすっごく参考になりそう! 楽しみ!」
「それはよかった」
さっきまでの緊張が嘘のように、ワクワクしている自分に気づく。
こうして私たちはモデルハウスを訪れ、私はインテリアとその配置場所、動線なんかをじっくり観察した。宮本さんのセンスには恐れ入る。私は宮本先生と、ここに連れてきてくれた渡真利君に心から感謝した。渡真利君はハウスメーカーの営業担当者さんに施工の工夫なんかをじっくり聞いていて、「勉強になった」と言っていた。彼もまた楽しそうだった。
今日は午後集合だったので、じっくり見学して戻ってくる頃にはすっかり夕方になっていた。「これからメシ行こう」と彼が言い、当初からそのつもりだったのでなにも考えず二つ返事で承諾したが、またしても入るさえも躊躇うようなおしゃれなレストランへ案内された。
店内は落ち着いた雰囲気で、席はほぼ満席なのに混み合っている感じがしない。心地よい音楽と、控えめな照明、窓から見えるキラキラとした街並み。まさに癒し空間といった感じなのだが、外食なんて滅多にしないし、したとしても家族でファミレスとか会社の上司と居酒屋とかそんなのばかりだから、かえって落ち着かない。コンシェルジュが椅子を引いてくれて、これは私のために引いてくれたんだよな、と自分で自分を納得させながら恐る恐る腰掛けた。
席に着くまででどっと疲れたが、料理は本当に美味しかった。私にはメニューに書いてある料理名が想像すらできなかったので、彼にお任せした。コース料理を楽しみ、私たちは店を後にした。
「あー、美味しかったね」
渡真利君は運転して帰るので飲めなかったが、私は彼おすすめのワインを少々嗜み、少し酔ってしまった。自分のテンションが高いことが、自分でわかる。
「酒弱いのか?」
「ワイン飲むとちょっとね」
「少し酔い冷ますか」
「あ、じゃああれ乗ろうよ」
私は酔った勢いで、夜の街によく映えた観覧車を指差す。
「……まあ、いいけど」
「やったぁ」
私は駆け足で観覧車の方へ向かう。
「はーい、閉めまーす」
ガチャ、とロックがかけられ、観覧車が登り始める。
渡真利君と観覧車に乗るのは、人生で二回目だ。一回目は言わずもがな高校生のとき。図書館で勉強した帰り、今のように私が乗りたいと言って、二人で乗った。
「……渡真利君、高いところ苦手なの?」
「……なんで?」
「なんか、強張ってるように見える」
「いや、全然」
「そう?」
あの頃もそうだった。子どものようにはしゃぐ私をよそに彼はなんだか緊張気味だった。そのときも高いところが苦手なのかと思い「大丈夫?」と声をかけた。
その時、彼は返事をする代わりに、彼が私の肩をぐっと引き寄せ、そして、キス、した。私は一瞬なにが起きたかわからなくて呆然としていたが、彼が真っ赤になって「ごめん」と言ってはじめて、キスされたんだとわかった。ドキドキしてしまってなにも話せないまま観覧車は下に到着してし、なぜキスしたのか、どういうつもりだったのか、渡真利君は私を好きなのか、結局なにも聞けないままだった。
「前に観覧車乗ったとき、渡真利君、私にキスしたでしょ」
触れていい話題かずっとためらっていたが、酔った勢いで訊いた。予想外だったのか、彼は「は!?」と言って頬を赤らめる。可愛い。
「あれ、なんでしたの?」
「……それは……」
彼が私の目を遠慮がちに見つめた。今にも泣き出しそうで、でも真剣な眼差し。かわいい。守ってあげたくなる顔。あのとき、あのキスする直前も、彼はこんな顔をしていたような気がする。
彼に釘付けになっていたそのとき、私のスマホの着信音が狭い空間に鳴り響いた。視線を外すのが躊躇われたが、数コールなったところで鞄からスマホを取り出す。チーフからだった。
「……ごめん、ちょっと出てもいいかな」
「うん」
電話に出ると、チーフの高くて大きい声が耳に傾れ込んでくる。
「お疲れ。休みの日なのにごめんね、今ちょっと時間ある?」
「あ、はい、大丈夫です」
「この前もらったデザイン案、先方のイメージによく合ってたからさ。ぜひ神楽さんに任せたいなと思ってたんだけど」
「え! 本当ですか?」
「うん! 施工会社の都合で打ち合わせが早まることになってさ。神楽さんにも心構え作ってもらいたいし、デザイン案ももう少し手を加えてほしいからちょっとでも早く伝えておこうと思って」
「ありがとうございます……!」
狭い空間。スピーカーにせずとも聞こえるチーフの声が、渡真利君にも聞こえているらしい。「よかったな」と言いたげな顔をしているので、私もにっこりと微笑み返す。
「最初の打ち合わせは来週の火曜日。設計の担当がすっごいバリキャリシゴデキイケメンなんだって」
「そうなんですか」
「そうそう。確かね、トマリって言ったかな、名前」
「えっ」
驚きのあまり、ドスの効いた声が漏れてしまう。再び彼の表情を見ると、またしても意地悪そうな表情をしていた。
「一緒に仕事できる日がくるかもな」
お互い冗談のつもりで言っていたことが、早くも現実になりそうだ。
約束の日。
私は詳しくないのでわからないが、絶対に高いであろう黒光りした大きな車に乗って、渡真利君は現れた。私はすごすごと助手席に乗り込む。
「よろしくお願いします……」
「おう」
シートベルトを引っ張りながら、チラリと隣を見る。渡真利君は相変わらずかっこいい。この前はカチッとした印象だったけれど、今日は結構ラフだ。といってもTシャツにジーパン、とか、上下ジャージ、なんていう簡素な感じではなくて、チャコールグレーのゆったりとしたオープンカラーシャツに、すっきりとした黒のテーパードパンツ。ラフなのにラフすぎない、絶妙なおしゃれ。彼の魅力を、最大限に引き立てている。前回の反省を活かして以前よりはまともな格好をしてきたつもりだったが、彼には到底敵いそうにない。
「……なに?」
「……いや! なんでもないよ」
運転中でもわかってしまうくらい彼を凝視していたことに気づき、慌てて正面をみる。恥ずかしいし、かといってずっとなにも話さないのも気まずいので、私は無理矢理話を振る。
「そういえば、今日ってどこ行くの?」
「モデルハウス」
「モデルハウス……?」
「神楽この前、俺が来るまでの間インテリアデザイン考えてただろ」
「え、見てたの?」
「悪い、見えちゃって。それで、俺が尊敬してる宮本さんっていうデザイナーがインテリアを担当したモデルハウスがあるから、行って見てみるのも参考になるかなと思ってさ」
「宮本さん……! 知ってる! あたたかみのあるインテリアが本当に素敵なんだよね……! この前描いてたやつはもうチーフに渡して、今見てもらってるんだけどね、うまくいけば私が担当になるかもしれないんだ」
「そうなのか」
「うん! そのクライアントは飽きが来ないナチュラルであたたかみのある雰囲気をご希望だから、宮本さんのデザインはすっごく参考になりそう! 楽しみ!」
「それはよかった」
さっきまでの緊張が嘘のように、ワクワクしている自分に気づく。
こうして私たちはモデルハウスを訪れ、私はインテリアとその配置場所、動線なんかをじっくり観察した。宮本さんのセンスには恐れ入る。私は宮本先生と、ここに連れてきてくれた渡真利君に心から感謝した。渡真利君はハウスメーカーの営業担当者さんに施工の工夫なんかをじっくり聞いていて、「勉強になった」と言っていた。彼もまた楽しそうだった。
今日は午後集合だったので、じっくり見学して戻ってくる頃にはすっかり夕方になっていた。「これからメシ行こう」と彼が言い、当初からそのつもりだったのでなにも考えず二つ返事で承諾したが、またしても入るさえも躊躇うようなおしゃれなレストランへ案内された。
店内は落ち着いた雰囲気で、席はほぼ満席なのに混み合っている感じがしない。心地よい音楽と、控えめな照明、窓から見えるキラキラとした街並み。まさに癒し空間といった感じなのだが、外食なんて滅多にしないし、したとしても家族でファミレスとか会社の上司と居酒屋とかそんなのばかりだから、かえって落ち着かない。コンシェルジュが椅子を引いてくれて、これは私のために引いてくれたんだよな、と自分で自分を納得させながら恐る恐る腰掛けた。
席に着くまででどっと疲れたが、料理は本当に美味しかった。私にはメニューに書いてある料理名が想像すらできなかったので、彼にお任せした。コース料理を楽しみ、私たちは店を後にした。
「あー、美味しかったね」
渡真利君は運転して帰るので飲めなかったが、私は彼おすすめのワインを少々嗜み、少し酔ってしまった。自分のテンションが高いことが、自分でわかる。
「酒弱いのか?」
「ワイン飲むとちょっとね」
「少し酔い冷ますか」
「あ、じゃああれ乗ろうよ」
私は酔った勢いで、夜の街によく映えた観覧車を指差す。
「……まあ、いいけど」
「やったぁ」
私は駆け足で観覧車の方へ向かう。
「はーい、閉めまーす」
ガチャ、とロックがかけられ、観覧車が登り始める。
渡真利君と観覧車に乗るのは、人生で二回目だ。一回目は言わずもがな高校生のとき。図書館で勉強した帰り、今のように私が乗りたいと言って、二人で乗った。
「……渡真利君、高いところ苦手なの?」
「……なんで?」
「なんか、強張ってるように見える」
「いや、全然」
「そう?」
あの頃もそうだった。子どものようにはしゃぐ私をよそに彼はなんだか緊張気味だった。そのときも高いところが苦手なのかと思い「大丈夫?」と声をかけた。
その時、彼は返事をする代わりに、彼が私の肩をぐっと引き寄せ、そして、キス、した。私は一瞬なにが起きたかわからなくて呆然としていたが、彼が真っ赤になって「ごめん」と言ってはじめて、キスされたんだとわかった。ドキドキしてしまってなにも話せないまま観覧車は下に到着してし、なぜキスしたのか、どういうつもりだったのか、渡真利君は私を好きなのか、結局なにも聞けないままだった。
「前に観覧車乗ったとき、渡真利君、私にキスしたでしょ」
触れていい話題かずっとためらっていたが、酔った勢いで訊いた。予想外だったのか、彼は「は!?」と言って頬を赤らめる。可愛い。
「あれ、なんでしたの?」
「……それは……」
彼が私の目を遠慮がちに見つめた。今にも泣き出しそうで、でも真剣な眼差し。かわいい。守ってあげたくなる顔。あのとき、あのキスする直前も、彼はこんな顔をしていたような気がする。
彼に釘付けになっていたそのとき、私のスマホの着信音が狭い空間に鳴り響いた。視線を外すのが躊躇われたが、数コールなったところで鞄からスマホを取り出す。チーフからだった。
「……ごめん、ちょっと出てもいいかな」
「うん」
電話に出ると、チーフの高くて大きい声が耳に傾れ込んでくる。
「お疲れ。休みの日なのにごめんね、今ちょっと時間ある?」
「あ、はい、大丈夫です」
「この前もらったデザイン案、先方のイメージによく合ってたからさ。ぜひ神楽さんに任せたいなと思ってたんだけど」
「え! 本当ですか?」
「うん! 施工会社の都合で打ち合わせが早まることになってさ。神楽さんにも心構え作ってもらいたいし、デザイン案ももう少し手を加えてほしいからちょっとでも早く伝えておこうと思って」
「ありがとうございます……!」
狭い空間。スピーカーにせずとも聞こえるチーフの声が、渡真利君にも聞こえているらしい。「よかったな」と言いたげな顔をしているので、私もにっこりと微笑み返す。
「最初の打ち合わせは来週の火曜日。設計の担当がすっごいバリキャリシゴデキイケメンなんだって」
「そうなんですか」
「そうそう。確かね、トマリって言ったかな、名前」
「えっ」
驚きのあまり、ドスの効いた声が漏れてしまう。再び彼の表情を見ると、またしても意地悪そうな表情をしていた。
「一緒に仕事できる日がくるかもな」
お互い冗談のつもりで言っていたことが、早くも現実になりそうだ。

