スマホの着信音で目が覚める。腰が痛い。今週三度目の床の上での覚醒。デザイン案を熟考しているうちに寝てしまったようだ。
ふわふわとした意識の中で闇雲に音のする方へ手を伸ばし、スマホを手に取る。画面には「お母さん」の文字。それだけで用件はわかってしまって、自然とため息が溢れる。いっそのこと見なかったことにしようかと迷ったが、問題を先伸ばしにするだけなのでやめた。応答ボタンをタップし耳にあてる。
「もしもし」
「あー、さては今起きたな。また寝ないで仕事してたんでしょ」
「うん、いま担当してる先のデザイン案、明日にはチーフに見せたいから」
「日曜日だっていうのに大変ね」
「まあね」
「あんまり無視しないのよ、もう若くないんだからね」
「あー……」
きたきたきた、と、心の中でつぶやく。お母さんから年齢に関する話題がでたら地獄のスタートだ。
「前にも話したけど、そろそろ結婚とか考えたら? あー、そうそう。この前ね、お母さん東京時代の知り合いの息子さんがあなたに会いたいってーー」
「お断りします」
「まだ喋ってる途中でしょ。そんな頭ごなしに否定しないの。あなたもう今年二十八なのよ。そろそろ結婚だって……」
「もーう! ずっと言ってるでしょ! 今は結婚なんて考えてないんだって! 私には東京でやりたいことがあるんだってば!」
苛立ち、思わず声を荒げてしまう。電話越しに、お母さんが傷つくのがわかった。
「……ごめん」
「ううん……お母さんこそ、無理強いしてごめんなさい。でもね、福。お母さんは、福のことが心配なのよ。お父さんが亡くなって、あなたには青春らしい青春を送らせてあげられなかったから……」
高校二年生になったばかりの四月、父が亡くなった。交通事故だった。父は大工をしていて、いつも誇りを持って働いていた。多くの人にとって一生に一度の大きな買い物、その人やその家族がこれから何年何十年もの間住み続ける家を丈夫で居心地の良いものにすることに誰よりもこだわり、信念を持って仕事をする父を、私は尊敬していた。いつかインテリアデザイナーになって父と一緒に仕事をすること、いつか神楽家の家を、父と一緒に建てることが夢だった。父にその夢を語ると、父は「楽しみにしてる」と、嬉しそうに私の頭をなでた。
そんな父を亡くし、私のなにもかもが変わってしまった。生活を父の収入に頼っていた私たちは貯金を切り崩して生活するしかなく、しかしそれもそう長く続かないことは、当時の私もよくわかっていた。東京に住み続けるのは難しかったので母の実家がある静岡へ引っ越した。祖母が一人で住む実家に転がり込んだので家賃はかからなかったが、妹はまだ小さかったし、もともと体が弱く専業主婦だった母は正社員で働くことはできず、私も公立の学校に通いながらバイトをして生活を支えた。そんな生活は楽ではなかったけれど、それでも、父に語った夢だけは、諦めたくなかった。夢を叶えるために高校ではバイトもしながら必死に勉強したし、奨学金を借りて短大にも行った。勉強とバイトで精一杯だった学生時代だった。インテリアコーディネーターの資格を取って、上京して今の会社に就職してからも死に物狂いで働いて、やっと今インテリアデザイナーとしての一歩を踏み出せるかどうかのところまできた。確かに、今まで誰かに好意を向けられることはあっても、恋愛をしている余裕なんて私にはなかったし、ほかの同学年の友人よりは忙しい日々を過ごしてきたかもしれないけど、家族と夢を守るために全力だった十二年間に後悔はない。それでも母は、そのことを申し訳なく思っているらしい。
「福には、いまの仕事と同じくらい、恋愛も楽しんでほしいのよ。……それに」
「……それに?」
「お父さんも、いつか福のウエディングドレス姿を見るんだって、楽しみにしてたしね」
そんなこと言われたら、そんな悲しそうな言い方されたら、断れないじゃない。
「……わかったわかった。会うよ、その人に」
「あらそう?」と、母の嬉しそうな声が聞こえる。私は母に、はめられたのかもしれない。
ふわふわとした意識の中で闇雲に音のする方へ手を伸ばし、スマホを手に取る。画面には「お母さん」の文字。それだけで用件はわかってしまって、自然とため息が溢れる。いっそのこと見なかったことにしようかと迷ったが、問題を先伸ばしにするだけなのでやめた。応答ボタンをタップし耳にあてる。
「もしもし」
「あー、さては今起きたな。また寝ないで仕事してたんでしょ」
「うん、いま担当してる先のデザイン案、明日にはチーフに見せたいから」
「日曜日だっていうのに大変ね」
「まあね」
「あんまり無視しないのよ、もう若くないんだからね」
「あー……」
きたきたきた、と、心の中でつぶやく。お母さんから年齢に関する話題がでたら地獄のスタートだ。
「前にも話したけど、そろそろ結婚とか考えたら? あー、そうそう。この前ね、お母さん東京時代の知り合いの息子さんがあなたに会いたいってーー」
「お断りします」
「まだ喋ってる途中でしょ。そんな頭ごなしに否定しないの。あなたもう今年二十八なのよ。そろそろ結婚だって……」
「もーう! ずっと言ってるでしょ! 今は結婚なんて考えてないんだって! 私には東京でやりたいことがあるんだってば!」
苛立ち、思わず声を荒げてしまう。電話越しに、お母さんが傷つくのがわかった。
「……ごめん」
「ううん……お母さんこそ、無理強いしてごめんなさい。でもね、福。お母さんは、福のことが心配なのよ。お父さんが亡くなって、あなたには青春らしい青春を送らせてあげられなかったから……」
高校二年生になったばかりの四月、父が亡くなった。交通事故だった。父は大工をしていて、いつも誇りを持って働いていた。多くの人にとって一生に一度の大きな買い物、その人やその家族がこれから何年何十年もの間住み続ける家を丈夫で居心地の良いものにすることに誰よりもこだわり、信念を持って仕事をする父を、私は尊敬していた。いつかインテリアデザイナーになって父と一緒に仕事をすること、いつか神楽家の家を、父と一緒に建てることが夢だった。父にその夢を語ると、父は「楽しみにしてる」と、嬉しそうに私の頭をなでた。
そんな父を亡くし、私のなにもかもが変わってしまった。生活を父の収入に頼っていた私たちは貯金を切り崩して生活するしかなく、しかしそれもそう長く続かないことは、当時の私もよくわかっていた。東京に住み続けるのは難しかったので母の実家がある静岡へ引っ越した。祖母が一人で住む実家に転がり込んだので家賃はかからなかったが、妹はまだ小さかったし、もともと体が弱く専業主婦だった母は正社員で働くことはできず、私も公立の学校に通いながらバイトをして生活を支えた。そんな生活は楽ではなかったけれど、それでも、父に語った夢だけは、諦めたくなかった。夢を叶えるために高校ではバイトもしながら必死に勉強したし、奨学金を借りて短大にも行った。勉強とバイトで精一杯だった学生時代だった。インテリアコーディネーターの資格を取って、上京して今の会社に就職してからも死に物狂いで働いて、やっと今インテリアデザイナーとしての一歩を踏み出せるかどうかのところまできた。確かに、今まで誰かに好意を向けられることはあっても、恋愛をしている余裕なんて私にはなかったし、ほかの同学年の友人よりは忙しい日々を過ごしてきたかもしれないけど、家族と夢を守るために全力だった十二年間に後悔はない。それでも母は、そのことを申し訳なく思っているらしい。
「福には、いまの仕事と同じくらい、恋愛も楽しんでほしいのよ。……それに」
「……それに?」
「お父さんも、いつか福のウエディングドレス姿を見るんだって、楽しみにしてたしね」
そんなこと言われたら、そんな悲しそうな言い方されたら、断れないじゃない。
「……わかったわかった。会うよ、その人に」
「あらそう?」と、母の嬉しそうな声が聞こえる。私は母に、はめられたのかもしれない。

