「ノエルがなんだか、あまりうるさく言わなくなったね」

 お城を出たみゆは、のんびり歩きながらガラちゃんに話しかけた。

 「うん、そうだね。きっと、みゆがすごい女の子だって、やっとわかってきたのよ」

 さっきから、ずっとふて寝していたガラちゃん。

 しかし、みゆが『散歩』と言った途端、パチリと目を覚ましていた。

 「私だけで散歩に行くのも認めてくれたし。この調子なら、ガラちゃんと並んで外をお散歩するのも、もうすぐだね」
 「そういえば、アデラールは来なかったね」

 せっかく機嫌が直りかけたガラちゃんだったが、アデラールを思い出してまた怒り出した。

 「いつ来るのよ!?ガラちゃんは楽しみにしてたのに!」
 「え?アベルが来るの?」
 「アベルじゃなくてアデラールよ!みゆが好きな男の子よ!」

 ガラちゃんの言葉に、みゆは真っ赤になった。

 「あ、うん。別に好きとか、そういうわけじゃ……。そ、そうだ!ガラちゃんの脱出方法をアデラールに聞かないとね!それが先だよ!」
 「ううん?なんだかもう、どうでもよくなってきたよガラちゃんは」
 「マズい!ガラちゃんのテンションが、ダダ下がりしてる。えーと、何か気分が盛り上がる話題は……。あ、そうだ!ねぇガラちゃん!ガラちゃんって、どんな姿してるの?」

 ふてくされ気味のガラちゃんを励まそうと、みゆは話題を変えてみた。

 「自分の姿なんて見たことないもん。わからないもん」
 「う、うん。それじゃあ、手足はどんな形?」
 「うん?手足?」

 みゆに言われて、ガラちゃんはティアラの宝石の中で、しげしげと自分の手を見つめた。

 「手は平べったいよ」
 「へえ、じゃあ足は?」

 「足も同じ。だけどガラちゃんは4本足で歩けるし、何かにつかまれば、2本足で立てるよ」

 ガラちゃんは少しだけ自慢げに答えた。

 「へえ、なんだかすごいね。ガラちゃんはどんな生き物なのかなあ?」

 みゆはいろいろと、空想してみた。

 「平べったい手足ってことは、ウミガメとかアザラシ?いや、前の女王は珍しいって言ってたから、ひょっとしたら……」
 「ひょっとしたら?」

 ガラちゃんは考え込むみゆの話に、少しだけわくわくしてきた。

 「プレシオサウルスとか、メガロドン?すごいよ、ガラちゃん!もしそうなら、ガラちゃんは絶滅した古代生物の生き残りなんだね!」
 「ねぇ、その二つはなに?」
 「プレシオサウルスは海にいた首長竜で、メガロドンはものすごく大きな大昔のサメだよ」

 みゆは夢中になって説明するが、ガラちゃんはあまりピンとこない。

 「ガラちゃんの首は、そんなに長くないもん。歯もサメみたいに、ギザギザじゃないもん」
 「そうか、でも私はガラちゃんがどんな姿でもいいよ。ガラちゃんはガラちゃんだもの」

 みゆは本気でそう思う。

 「ガラちゃんが珍しくなくても、強くて格好良い生き物でなくても、きらいにならない?」
 「当たり前よ!だって私は、ガラちゃんが大好きなんだから」

 みゆは胸を張って答えた。

 ガラちゃんはみゆの答えに、胸の中がじんわりと温かくなる。

 それからみゆとガラちゃんは、楽しくおしゃべりしながら、人通りの無い街路樹の下を通りかかった。

 その時だった。

 突然、見覚えのある人影が街路樹の陰から飛び出してきたのだ。

 「やっと見つけたぜ!あの時の恨みを晴らしてやる!」

 「あ、誰かと思ったらあの時の半魚人よ!」

 ガラちゃんの言うと通り、逆恨みした半魚人がみゆに仕返しをしに来たのだ。

 「やだ!また?そうだ!半魚人は火に弱いから……。火を吹け!巨人の杖!」

 みゆは杖の火炎で半魚人に応戦しようとした。

 だが半魚人は「おっと、危ねぇ!」と叫ぶと、右腕の銀の腕輪で火炎を吸収してしまった。

 「え!うそ!?」
 「いいだろう、この腕輪?敵国のやつらがくれたんだぜ」
 「敵国?」
 「そんなことより、火が効かないよ!みゆ!」

 みゆと半魚人のやり取りにやきもきするガラちゃん。

 だが、みゆは次の作戦を考えていた。

 「大丈夫!火がダメならこれだよ!水を吹き出せ、巨人の杖!」

 みゆが命じると、杖の先から水が発射される。

 たちまち半魚人は頭からずぶぬれになってしまう。

 「ああ、気持ちいい!こんなの俺には全然効かないぜ!」
 「そうだよ、かえって元気になっちゃったよ!」
 「大丈夫よ、ガラちゃん。次はこれよ!吹雪を起こせ、巨人の杖!」

 みゆはずぶぬれの半魚人めがけて、猛烈な冷気を浴びせた。

 「ギャアアア!?」

 半魚人は逃げようとしたが、たちまちカチンカチンに凍りついてしまった。

 「あらら、半魚人のアイスキャンディができちゃったね」

 ガラちゃんは感心していたが、みゆは緊張が解けてヘナヘナと道に座り込んでしまう。

 「杖の使い方が断然、違うねみゆ!すごく上達してる!」
 「そ、そうかな」
 「あと少し慣れてくれば、腰も抜かさなくなるね!」

 ガラちゃんはみゆの勝利に大喜びした。

 「でも私一人じゃ、怖くて何もできなかったよ。やっぱりガラちゃんがいてくれると安心だよ。これからもよろしくね、ガラちゃん」
 「うん!任せて!」

 みゆの言葉に、自信満々に胸を張るガラちゃん。

 しかし次の瞬間、半魚人の腕輪からまぶしい光が、みゆめがけて放たれた。

 「みゆ、危ない!」

 ガラちゃんはとっさに叫ぶと、ティアラの力で腕輪の光をはね返そうとした。

 ティアラのキラキラした虹色の光と、腕輪の銀色の光が、正面からぶつかる。

 「きゃああ!」

 みゆは冷たい爆風に吹き飛ばされ、その拍子に頭のティアラも飛ばされてしまう。

 「いたた……。ガラちゃん、ねぇガラちゃん大丈夫!?」

 仰向けに倒れたみゆだったが、あわてて起き上がると、ティアラを探した。

 ガラティアラは、みゆの近くの石畳の上に落ちていた。

 みゆは急いでかけ寄ると、ティアラを拾い上げようとする。

 だがガラちゃんが入っている、真ん中の一番大きなダイヤモンドを見て息を飲む。

 「うそ……なんで……」

 ダイヤモンドは割れ、中から小さなウミガメの赤ちゃんが半分だけ体を出していた。

 「ガラちゃん……なの?」

 ガラちゃんはぐったりと目をつぶり、返事をしない。

 「ねぇ、目を開けてよガラちゃん!」

 みゆは何度も呼びかけたが、ガラちゃんは目を覚まさない。

 「ティアラが割れたり壊れたりしたら、ガラちゃんは死んじゃうんだ。やだ!そんなの!」

 みゆは無意識に、杖を両手でにぎりしめた。

 「ガラちゃんを助けなきゃ……!ガラちゃんを助けなきゃ!!」

 その時、杖にはめ込まれたルビーが真っ赤に輝いた。

 杖の赤い光は大きく広がり、あっという間にみゆを飲み込む。

 その光は大きな人の形になると、みゆを中に抱えたまま、ゆっくりと歩き出した。

 「半魚人について来たけど、まさかこんなことになるなんて……」

 真っ赤な巨人の後ろ姿を見ながら、街路樹の陰に隠れていた男の子は、真っ青になっていた。

 「だからイヤだったんだよ、半魚人の手伝いなんて。あれ?」

 男の子はぶつくさ文句を言っていたが、石畳に倒れているガラちゃんに気がついた。

 「大変だよ、あんなところでカメさんが気絶してる!?」

 男の子はガラちゃんを持っていた青いハンカチに、そっと包んだ。

 「早く基地に戻って手当てしなくちゃ!あ!忘れてた。あの半魚人はどうしよう?」

 半魚人は逃げようとした姿のまま、カチンカチンに凍っている。

 「『腕輪は凍っていても作動しました』って報告すればいいし、半魚人は半日もすれば氷が溶けて自分で帰って来るよね」

 男の子はガラちゃんを助けることに夢中で、半魚人を置いてけぼりにしてしまった。