海の女王は中学生~おしゃべりティアラと海底王国のひみつ~

 「だけど何で、ドニとアベルまでついて来るの?」

 ガラティアラを頭にのせ、杖を持ったみゆは、ぎゅうぎゅう詰めの馬車の中で、ドニとアベルに尋ねた。

 「だって、おじいちゃんがせっかくお城に来てくれたんだから、会いたくて」
 「僕は女王陛下が心配で、来ました」

 ドニは少しだけ泣きべそをかいているが、アベルは真剣な顔でみゆに答えた。

 アベルの答えが、みゆにはなんだかうれしい。

 「まったく!女王専用車に侍従の私以外に、こんなに大勢乗り込むとは!」
 「いいじゃないノエル。みんなでお出かけしたほうが楽しいし」

 大きなカバンを抱えたノエルはぷりぷり怒っているが、みゆは遠足みたいでワクワクしていた。

 お城の門をくぐり、にぎやかな街を抜け、畑が広がる田園地帯を馬車はひた走る。

 「もうしばらく行くとクレマンの家に着きます。おや、お待ちください。あそこにいるのはクレマンのようです」

 ドニのおじいさんは道案内をしていたが、馬車の中からクレマンを見つけたようだった。

 「馬車を止めて。早速、会いに行こうよ」

 みゆの言葉に、ノエルは御者に「止まれ」と、命じた。

 みゆたち5人は馬車から降りると、畑を耕すクレマンの所に歩いて行く。

 汗をかきながら一生懸命にクワを打ち下ろしているクレマンに、みゆは恐る恐る声を掛けてみた。

 「あのう、お忙しいところすみません。元親衛隊隊長のクレマンさんでしょうか?」

 だが彼は返事をしない。

 怒ったような顔で黙々と畑を耕している。

 「あの、私は今度女王になった阿久津みゆと言います」

 みゆが自己紹介すると、クレマンは日焼けした顔でぎろりと睨んだ。

 「悪だと!?自分から名乗るとは、女王は悪魔か!」

 『阿久津』を『悪』と聞き間違えたクレマンは、カンカンに怒った。

 「前の女王が悪魔だっていうことには、賛成です」

 クレマンに同意するみゆと、さんざん女王にひどい目にあわされたアベルことアデラールも、こくこくと何度もうなずいた。

 しかし元隊長のあまりの剣幕に、老人とドニは真っ青になった。

 しかも前の女王を尊敬しているノエルが、顔を真っ赤にして怒り出す。

 「なんと無礼な!お前こそ、不祥事で隊長を解任されたではないか!」
 「あの日と同じ轍は踏まん!」

 クレマンはいきなり叫ぶとなぜかノエルを飛び越え、クワを振り上げてみゆに襲いかかってきたのだ。

 「ひゃああーー!?」

 たちまちパニックに陥り、悲鳴を上げながら逃げ惑うみゆたち。

 ノエルはその場に、一人だけポツンと取り残された。

 「女王様!馬車!馬車に逃げてください!!」

 ノエルは大声で叫ぶが、みゆたちにはまったく聞こえていない。

 「お、おじいさん!何でクレマンさんはあんなに怒っているんですか!?」

 逃げながら自分の前を走る老人に、みゆは必死に尋ねる。

 「そ、それは……。実はクレマンは前の女王様に、部下を処刑されてしまったのです」
 「ええ!?」

 驚くみゆに息を切らせながら、老人は説明する。

 「戦争前にはすでにこの帝国は衰退しておりました。しかし前の女王様は各地から食糧を徴収し、ご自分のみが豪奢な生活をされておりました。それを見かねたクレマンと部下たちは、飢餓に苦しむ村人を救うため密かにお城の食糧を村々に配ってくれたのです。それなのに、怒った女王様は彼らを逮捕したのです」
 「それならクレマンは何も悪くないじゃない!」

 と走りながら絶叫するみゆ。

 しかし今にもみゆに追いつきそうなクレマンは、「その俺をだましたのは貴様だ!」と後ろから怒鳴ってきた。

 「俺の命と引き換えに部下の命を助けてほしいと、あの時女王に頼んだ。女王は金銭目的の食糧横流しだと認めれば、部下の命は助けると約束した。だから俺は仕方なく供述調書にサインしたのだ。それなのに!」

 そこまで話すとクレマンの声がかすかに涙声になる。

 「部下たちは全員処刑された。俺の誇りを踏みにじるためだけに、女王は俺だけを生かしたまま追放したのだ!」
 「そんな……ひどい……」

 前の女王のあまりに卑劣なやり口に、みゆは言葉が出ない。

 だが段々と腹の底から、怒りが湧き上がってくる。

 「このまま逃げるだけでは解決しない!おじいさん!ドニとアベルを連れて馬車で逃げてください!」
 「女王様は逃げないので!?」
 「私はクレマンさんと戦います!」

 みゆはそう答えると走ることをやめて立ち止まった。

 そして右手に持った巨人の杖を天に突き上げた。

 「刀になれ!巨人の杖!!」

 キィイーーンと、澄んだ金属音が辺りに響いた。

 それと同時に金色の杖がまぶしく光る。

 「わっ!?」

 驚いたクレマンは思わず立ち止まり、クワを地面に落としてしまった。

 しばらくして光が収まったのでやっと顔を上げる。

 「なに!?」

 クレマンが目にしたのは、刀に変形させた杖を握りしめ、戦おうと身構えるみゆの姿だった。

 「危ない!ふせてください陛下!」

 ノエルは遠くから叫ぶと、大きなカバンからバズーカ砲を取り出してみゆを助けようとした。

 「待て!撃つな!」
 「なぜ止めるのだ、アベル!?」

 その時、両手を広げてノエルの前に立ちふさがったのはアベルだった。

 「みゆに任せるんだ。彼女を信じろ!」
 「し、しかし……」
 「みゆには何か考えがあるみたいだ。邪魔をしてはいけない!」

 アベルの真剣な表情に、ノエルはぽつりとつぶやく。

 「君は私以上に、あの、みゆ様を信じているんだな……」

 アベルはノエルの言葉に、深くうなずいた。

 一方、みゆはクレマンが振り下ろすクワを、すばやい動作で避けていた。

 「この!ちょこまかと逃げるな!」
 「逃げないと、当たります」
 「卑怯者め!その剣で戦え!」

 クレマンの動きが、先ほどより鈍ってきた。

 みゆを全速力で追いかけた上に、重たいクワを振り回しているので、そろそろ疲れてきたようだ。

 「もう少し、もう少しだけ逃げ回れば、クレマンさんも疲れ果てるはず」

 肩で息をしているクレマンを見ながら、みゆがそう考えた時だった。

 「そこだ!」
 「きゃっ!?」

 クレマンがクワを振り上げると見せかけて、真横に大きく振り切った。

 足に当たりそうになったみゆは、後ろに跳びのいたがその拍子に、地面に尻もちをついてしまう。

 「部下たちの仇!覚悟!」

 地面に座り込むみゆの頭上に、クワが振り下ろされようとしたその時だった。

 「ヤダ!痛いよーーー!!」

 目覚めたガラちゃんが周囲に轟くような大声で絶叫したのだ。

 「うわわっ!?」

 耳がキィーンと鳴ってしまったクレマンの動きが一瞬、止まった。

 「今だ!」

 みゆは素早く立ち上がると、刀を両手でくるんと回す。

 そして刃の付いていない刀の背中で、思いきりクレマンのお腹をぶん殴った。

 「ううん!」

 クレマンはうなり声を上げながら後ろにひっくり返ると、そのまま気を失ってしまった。

 「よ、よかった。テレビで見た時代劇みたいにできた」

 刀を両手に握りしめたまま、ヘナヘナとその場に腰を抜かしてしまうみゆ。

 「びっくりしたよ、みゆ!ガラちゃんが寝てた間にもう大冒険してたんだね!?あれ?この人、大丈夫……?」
 「へ、平気だと思うよ。峰打ちは死んだりしない特別な技だから」

 興味津々で倒れたクレマンを見つめるガラちゃんに、みゆは息を切らせて説明した。

 「やるね、みゆ!そんなカッコイイ技を決めたんだね!」
 「も、もうやりたくないよ。怖かった」

 みゆが刀を杖に戻していると、クレマンが小さくうめきながら目を覚ました。

 「大丈夫ですか」
 「お前は、女王か……?俺はどうしたんだ」
 「峰打ちで、少しの間気絶していたんです」

 ゆっくりと体を起こすクレマンに、みゆは説明した。

 「さっきまでは女王というだけでカッとなったが、こんな小さな女の子に負けるようでは俺も焼きが回ったな」
 「クレマンさんは女王というだけで、私が信用できないんですね」

 いくぶん落ち着いてきたクレマンに、みゆは静かに尋ねた。

 「ああ、女王など大嫌いだ」
 「私もそうなんです。前の女王は、私の大事な友達を何人もいじめていたんです」

 みゆはそう話しながら、左手で頭に載せたガラティアラをそっと撫でた。

 いつの間にかみゆの周りに集まったアベルたちも、つらそうな顔で聞いていた。

 「いじめ女王は死にましたが、今も女王の家来だった怪人たちが老人や子どもを襲っています。そのせいで、隊長さんの部下さんたちみたいに命を落とす人たちもいるはずです」

 みゆの話を、クレマンは黙って聞いている。

 「いくら悔しくても死んだ女王には、仕返しはできません。でも生きている悪い相手なら、いくらでもやり方があります!」

 みゆはぐいっと体を乗り出して、クレマンの瞳を見つめた。

 「悪い女王の怪人たちを捕まえてください。自分では戦えない弱い人たちのために、クレマンさんが治安維持組織の長官になって、助けてあげてください」

 黙ってみゆの話を聞いていたクレマンは、ようやく口を開く。

 「一日……。せめて今日一日、考えさせてくれないか……」
 「わかりました。ゆっくり考えてください」

 みゆは地面に座り込んだままのクレマンを残して、みんなと一緒に馬車に戻った。


 ゴトゴトと帰りの馬車に揺られながら、みゆは自分の正面の座席に座るノエルに話しかけた。

 「ごめんね、ノエルが尊敬している女王様を悪く言って」
 「わたくしのことなど、お気になさらないでください」
 「そうはいかないよ。ノエルは私の仲間なんだから」

 みゆの言葉に、ノエルは驚いて青い瞳を見開いた。

 「ノエルは前の女王のどこを尊敬しているの?」
 「先代の女王陛下をわたくしは知りません。亡くなった父から聞かされた話だけしか……」

 ノエルにしては珍しく、自信なさそうにつぶやく。

 「強くて賢い人だったんでしょ?他人をいじめて喜ぶ人にはならないけど、ノエルが安心できるようにもっと強くなるね!」

 みゆはニッコリ笑って胸を張ると、ノエルはぽつりとつぶやいた。

 「みゆ様は、今でもとてもお強いです。本当に……」

 うつむいて小さな声で話すノエルに、アベルやドニたちも安心したように微笑んでいだ。