「こんな大きなお風呂に入るなんて初めて!気持ちいい!」

 ノエルを寝室から追い出したみゆは、興奮してなかなか眠れなかった。
 それでも馴れない世界にきた疲れからか、うとうとし始めるとぐっすりと1時間ほど眠ってしまった。

 「それで目が覚めたらいきなり、ガラちゃんとノエルが同時に話しかけてきて」

 みゆは豪華な大浴場でゆったりと湯船に浸かりながら、さっきまでの騒動を思い出していた。


 「みゆ!やっと起きた?ガラちゃんから特別なお話があるよ!」

 目を覚ましたみゆはむっくりとベッドの上に起き上がった。
 するとサイドテーブルの上に置かれたガラティアラの宝石の中から、ガラちゃんが元気いっぱいに叫んでいる。

 だがその時、みゆの起床時刻を見計らったノエルが寝室にやってきたのだ。

 「陛下、おやつのご用意が整ってございます。先ほどの献上品から作ったケーキとプリン、そしてジェリーでございます」

 「ドニのおじいさんがくれた果物で作ったの?わあっ!食べたい!!」

 みゆは思わず、おやつの話に飛びついてしまった。
 当然のこととして、ガラちゃんは面白くない。

 「なによ!ずっと待ってたんだからガラちゃんが先よ!」
 「は?しかし女王様はおやつを召し上がりたいとおっしゃっていますので」
 「もう!なんでノエルはさっきから邪魔ばかりするの!?」
 「いえ、あの、これが侍従の務めでして」

 ガラちゃんから詰め寄られて慌てるノエル。
 ノエルが気の毒になったみゆは、ガラちゃんに聞いてみることにした。

 「ね、ねぇガラちゃん。特別なお話って何かな?」
 「みゆにだけ教えるんだもん。ノエルには話さないもん」

 すっかりヘソを曲げたガラちゃんだったが、ノエルはあまり気にしない。

 「ああ、それでしたら女王様がおやつを召し上がったらわたくしは退室しますよ。お話はその後でよろしいですね。では女王様、一足先に運びましたケーキをどうぞ」

 ノエルはワゴンにのせてきた、ショートケーキの皿を手に取った。
 そしてオレンジ色のケーキを小さなフォークで切り分ける。

 「はい、あーん」

 そう言いながら、フォークで刺したケーキのかけらを、みゆに食べさせようとした。

 「え?いいよノエル。自分で食べるよ」
 「いえいえ、ご遠慮なさらずに」

 みゆは恥ずかしくて断ったが、ノエルはケーキを持ってなおも迫ってくる。

 だがここで、2人の様子を見ていたガラちゃんの堪忍袋の緒が切れた。

 「みゆは赤ちゃんじゃないもん!自分で食べられるもん!イヤだって言ってるのに、ノエルのおたんこなす!」
 「お、おたんこなす!?それはあまりでございます、ガラティアラ様!」
 「何よ!おたんこなすで悪いなら、おたんこなすび!!」
 「な、なすび!?わたくし、焼きなすびはあまり好きではなく」
 「好き嫌いしちゃダメ!」
 「何だかガラちゃんが違う方向でノエルに怒り始めちゃった。あ、あのノエル!私おやつはお風呂に入った後に食べるから」

 みゆはガラちゃんとノエルのケンカを止めるために、思いつきを言ってみた。

 「それはよろしゅうございますね!では、プリンとジェリーはお風呂上がりにおいしく召し上がれるように、冷蔵庫で冷やしておきますね」

 ノエルはホッと一安心した顔をすると、ワゴンを押して退室して行った。

 「ね、ねぇガラちゃん?特別なお話って、なあに?」

 ガラちゃんと二人きりになって静まり返った部屋で、みゆは恐る恐る聞いてみた。

 「ここでは話せないことだもん。ノエルがまた邪魔しに来るかもしれないもん」
 「そ、そう?じゃあ、一緒にお風呂に入ろうか?それなら私とガラちゃんの二人きりだし」

 いや、待てよ。とみゆは思った。

 確かノエルはあの時、お風呂にもついて来るとか言ってたような気がする。

 「お風呂なら洗面所の隣にもあるけど、どうせなら大浴場に行こうよ」

 みゆがノエルのことを心配していると、少しだけ機嫌が直ってきたガラちゃんが教えてくれた。

 「女王様専用の大きなお風呂だよ。そこなら浴場の入り口に『なんぴとたりとも立ち入り禁止』の札を下げておけば、ノエルも入れないよ」
 「そうなの?じゃあ、安心してお風呂に入れるね!行こう!行こう!」

 みゆは大喜びでサイドテーブルのガラティアラを抱えて、お城の中にある大浴場に向かった。

 そして現在、豪華な大浴場でみゆはすっかりくつろいでいた。

 大浴場は天井が高く、ガラス張りの天井からはさんさんと光が降り注いでいる。

 浴場の床にはたくさんの観葉植物の鉢が置かれていて、まるで森の中にお風呂があるみたいだ。

 「そうだ、ガラちゃんもちょっとだけ湯船に浸かってみる?」

 みゆはガラティアラ専用台の上に載せられた、ガラちゃんに聞いてみた。

 「ううん、別にいいよ。それより、みゆが持ってるソレはなに?」

 ガラちゃんは台の上から、みゆの手元を不思議そうに眺めている。

 「ああ、これ?アデラールの廃墟で見つけたものなんだけど」

 みゆは説明しながら湯船から両手を伸ばす。そして手の中のものにお湯をパシャパシャかけてきれいに洗った。

 「煤で真っ黒に汚れていたけど……。見て、ガラちゃん。これ、貝殻だよ」
 「あ!本当だ!ピンク色のきれいな貝殻だね!」

 ガラちゃんは興味津々で、洗ったばかりの貝殻を見つめた。

 小さくて蝶の羽のように薄く、向こう側が透けて見えそうだ。

 「みゆはあの時、『やっぱりあった!』って言ってたけど、何でわかったの?」
 「うん、あの時は勘だったんだけどね。私も枕元に自分の宝物を置いて寝てるから、アデラールもそうじゃないかと思って……」

 みゆは手のひらの貝殻をジッと見つめている。

 「私これと同じもの持ってる……」
 「え?本当?みゆ」
 「うん、おばあちゃん家の浜辺で拾った貝殻。緑色の瞳の男の子がくれたの。あの男の子も同じ貝殻を持ってるはずなんだけど」

 みゆの話に、ガラちゃんは俄然張り切った。

 「みゆのお友だちの男の子は、アデラールに間違いないね!やっぱり、ガラちゃんが思った通りだった!」
 「うん、でも……」
 「大丈夫!アデラールは生きてるよ!だって、アベルがアデラールだもん!」
 「でも、それは」
 「ガラちゃんの特別なお話は、これからだよ」

 自信満々のガラちゃんは、ためらうみゆを励ますように続けた。

 「アデラールは女王様が怖いの。だから、みゆやガラちゃんにも自分がアデラールだって、本当のことが言えないだけなのよ」
 「でも、アベルの年齢が」
 「それはガラちゃんにもわからないけど、アデラールのことだもん、きっと何かすごい仕掛けで変身したのよ!」
 「そうかな」
 「そうだもん!」

 ガラちゃんの自信は揺らがない。

 そこで、ガラちゃんはみゆに提案してみた。

 「だからアデラールが安心するように、『怖い女王様はもういないよ。今は私が女王だよ』って、みゆが教えてあげればいいのよ!」

 ガラちゃんは自信たっぷりに、宝石の中で胸を張る。

 「それでうまくいくかな?」
 「うん!これにて、一件落着だね!」

 まだ納得いかないみゆだが、ガラちゃんは大満足のようだった。

 「そうだ、女王で思い出したんだけど。ドニとおじいさんの怪我を直したみたいに、杖がなくても私もいろんな魔法が使えるようになるのかな?」
 「うん、みゆはこの世界に来た救世女王だもん。これからいろんな力に目覚めるはずよ」
 「なんだかガラちゃんは予言者みたいね」
 「そうよ、ガラちゃんの予言は大当たりしちゃうよ!」

 みゆとガラちゃんは顔を見合わせて、大笑いした。

 だがその時、みゆの目の前の観葉植物がガサっと揺れた。

 「あれ?今なにか音がしなかった?」
 「うん?ガラちゃんは何も聞こえなかったよ」

 みゆは不思議そうに大浴場の中をキョロキョロ見回した。

 みゆたちは気づいていなかったが、観葉植物の陰でアベルが2人の会話を聞いていたのだ。

 「今の女王は、かつての女王とは別人だって!?」

 食事の後、自分の部屋に帰るふりをしたアベルはみゆの後をつけて、大浴場に先回りしていた。

 「そんな……僕は何も知らなくて、あの子をずっと恨んでいて……。それに名前が、『みゆ』って……まさか、あの子はあの時の……」

 混乱したアベルは思わず観葉植物に、片手をついてしまう。

 するとその鉢がぐらっと倒れて、隣の鉢も倒してしまった。

 「うわっ!?」

 アベルは悲鳴を上げたが、もう遅い。

 観葉植物の鉢は次々に将棋倒しになって、ひっくり返った鉢の陰からアベルの姿が丸見えになってしまった。

 「え?アベル?き、きゃああーー!!」

 みゆに気づかれ悲鳴を上げられてしまう。

 「あれ?本当だ、何でこんな所にいるの?のぞいちゃダメよ、アデラール」
 「ち、違うよガラちゃん!あ、あの、そうだ!女王様のお背中を流しに来ました!!」

 真っ赤になってあわてたアベルは、思いついたうそをつく。

 服を着たまま、その上からバスタオルを巻いているというヘンテコな姿だが、なんとかごまかそうとアベルは必死だ。

 「え?え?そうなの?」

 裸を見られたと思い込んだみゆも湯船の中で、少しづつ落ちついてきた。

 「そ、そうなんだ……。ちょっと向こう向いてて」
 「はい!もう向いてます!!」

 みゆは急いで湯船に首まで浸かって、体中にタオルをグルグル巻にした。

 その間アベルは顔を両手で覆って、ジッと壁側に向いていた。

 「も、もういいよ」
 「は、はい。すみません」

 何となく気まずいみゆとアベルは、ギクシャクしながら向き合った。

 「あ、あのね、アベル」
 「はい……」
 「私のこと、女王様とか思わなくていいから」
 「え……」

 てっきり、みゆから怒られると覚悟していたアベルは、驚いて息を飲む。

 「救世女王とか呼ばれるけど本当はイソギンチャクに飲み込まれて、この世界に落ちてきただけなの」
 「え?イソギンチャク?あれ、まだ動いていたのかい!?」
 「うん、現役世代でバリバリ働いてる」
 「ごめん……」
 「アベルが謝ることないよ」

 みゆはしょんぼりとうつむくアベルに笑いかけた。

 「だからね、アベルも私にそんなに気を使わないで。私は中学生の普通の女の子、阿久津みゆなんだから」
 「あくつ……」

 アベルは小さな声で、その名前をつぶやいた。

 「それじゃあ、話が済んだところで。こっちに来てアベル。髪を洗ってあげる!」
 「え?い、いえ……僕は……」
 「いいからいいから!遠慮しないで!」

 みゆは恥ずかしがるアベルに手招きすると、アベルを腰掛けさせて頭を洗い始めた。

 服とバスタオルを巻いたまま、頭全体をポコポコと泡だらけにされたアベル。

 だが彼の表情は、なんだか少しだけ嬉しそうだった。