「女王陛下、昼食のご用意が整いました」

 おじいさんが帰ったので、みゆが謁見の間を出ようと玉座から立ち上がると、ノエルが知らせてくれた。

 「うん、今行くね。あ、それからアベルとここにいるドニも一緒に食べるから2人の分も用意してね」
 「かしこまりました。では、早速お召し替えを」
 「え?ごはん食べる前にも着替えるの?」

 みゆは驚いて、ノエルをまじまじと見つめた。

 「当然でございます。外出着からぐっと砕けたお召しもののほうがリラックスできるかと」
 「それもそうだね、こんな素敵なドレスを汚しちゃいけないし。ありがとうノエル、いろいろ気を使ってくれて」

 納得したみゆがお礼を言うと、ノエルもニッコリと微笑んだ。

 「滅相もございません。ささ、こちらへ」

 ノエルは先に立って、みゆを着替えの間に案内した。
 彼は侍女たちにあれこれ指図すると、自分は隣の控えの間でみゆが着替え終わるのを待つ。

 「最初に私が着ていた服は、どうなったのかな?」

 青いワンピースに着替えさせてもらいながらみゆが尋ねると、5人の侍女の1人がていねいに答えた。

 「そのお召しものでしたら洗濯が済み、ただいま乾かしております」
 「本当?何から何までありがとう!」
 「とんでもございません」

 頭を下げた侍女はみゆの着替えが終わると、ノエルを呼んだ。

 「こちらでございます」

 ノエルに連れられて、赤いじゅうたんが敷かれた廊下をしばらく歩くと、きらびやかな広い部屋に来た。

 「わあっ!素敵なお部屋!」

 高い天井にはシャンデリア。長く広いテーブルにはたくさんのごちそうが並んでいた。

 「さあ、こちらのお席にどうぞ」
 「うん、ありがとう。アベルとドニはまだかな?」
 「そろそろお召し替えが済む頃ですので、侍女が案内してくるはずです」

 ノエルが答えるとそれを見計らったように、アベルとドニがやってきた。

 「わあっ!アベルもドニもとっても素敵!まるで王子様みたい!!」

 みゆが歓声を上げると、2人は恥ずかしそうにうつむいた。

 アベルとドニは真っ白な礼服で、肩に金色のモールが付いている。

 礼服は上着の両腕とズボンの両足の側面に青色のラインが入っていた。

 「2人とも早く座って!あ、そうだ!ノエルも一緒に食べようよ?」
 「とんでございません、女王様。侍従は主と食卓を囲まないものでございます。大変光栄なお誘いでございますが、平にご容赦を」

 みゆはノエルも誘ったが彼はそう言って、生真面目に固辞した。
 仕方なくみゆはアベルたちと昼食にする。

 「ドニのおじいさんが連れてくる、近衛隊の隊長さんってどんな人かな。明日が楽しみだね」
 「とても頼りがいのある強い人です。あまり昔のことは話さないけど、隊長を辞めてからは、落ちついて畑を耕せるって笑ってました」

 ドニはその隊長が大好きらしい。

 黒い瞳をキラキラ輝かせて、みゆに説明した。

 「女王様、隊長とはどなたですか?」

 みゆに料理の皿を運びながら、ノエルが不思議そうに尋ねてくる。

 「新しく治安組織を作るんだけど、近衛隊の隊長さんって人がいるの。以前、このお城に居たって」
 「まさかその人物は、元女帝付き親衛隊隊長クレマン・ベルトレでは!?」

 ノエルはなぜか急に青ざめた。

 「まだ名前は聞いてないけど、どうして……?」

 ノエルの慌てた様子に心配になったみゆは、ドニを見た。

 彼も訳がわからず、驚いてノエルを見つめる。

 「その男ならば先代の女帝時代に不祥事で解任されたと、亡くなった父から聞いております。現在は落ちぶれて、アグアカリエンテ近郊で細々と農業を営んでいるとの噂でしたが、そのような輩を女王様にお仕えさせるなどわたくしは反対でございます」
 「変なこと言うなよ!クレマンさんは勇敢で立派な人だぞ!!」

 我慢できずにイスから立ち上がったドニが、激しく抗議した。

 「やはりクレマンだったか。この件は断念されるのがよろしいかと存じます」

 ノエルはみゆに向かって深々と頭を下げたが、彼女の考えは違っていた。

 「ノエルはクレマン隊長に会ったことがあるの?」
 「いえ、わたくしは戦争で亡くなった父の跡を継ぎ侍従になりましたので、直接クレマンに会ったことはございません」
 「それなら会ってから決めようよ。噂話だけじゃ、本当はどんな人かわからないでしょ?」
 「しかし、女王様!」

 ノエルがたまらず反対を唱えようとしたその時だった。

 「女王陛下の仰せに従うのが侍従の本分ではないですか、ノエル様」

 この席にいた一同がハッとして声の主を見た。

 その声は、今まで黙っていたアベルのものだった。

 「陛下は隊長がどんな人物か自分の目で見定めたいとおっしゃっているのですから」
 「そうだよ!女王様が会いたって言ってるのに、家来が邪魔するなよ!!」

 アベルに続いて、ドニもテーブルに両手をついて精一杯に反論した。

 「し、しかしわたくしには陛下をお守りする責任が……!」
 「心配ならノエル様もその場に同席されては?武器持参で」

 アベルが何食わぬ顔で提案すると、ノエルは勢い込んで答えた。

 「それはいい!女王様、ご心配には及びません!このノエル、一命を賭してあなた様をお守りいたします!!」
 「う、うん。でも私はノエルがいきなり隊長に斬りかかるじゃないかと、そっちのほうが心配だよ」
 「は?なるほど、女王様は剣はお嫌いなのですね?承知しました。他の武器を探してきますね」

 みゆの心配をよそに、ノエルはいそいそと明日の準備のために食堂を出て行った。

 「ああ、びっくりした!一時はどうなることかと思った。だけど、ありがとうアベル。おかげでノエルに反対されなくて済んだよ」

 みゆが一安心してお礼を言うと、ドニもイスに座りながら隣の席のアベルに感心した。

 「女王様の言うとおりだよ!アベルさんはすごいね!あのうるさい家来の男の子を納得させるなんて!」
 「う、うん。どうってことないよ。このくらい」

 アベルはあいまいにうなずいて食事をした。

 そのアベルの様子を、ガラちゃんはティアラの中からじっと見つめていた。