バレンタイン翌日、両片想い進行日。

「おはよー……ぉ?」


挨拶しながら教室の扉を開けた瞬間、クラスメイトの視線が一気に私に向いた。


え、え?な、何……っ?


皆に何とも言えない顔で見つめられて、笑顔が引きつる。

思わず一歩後ろに下がったとき、急に背中に衝撃が来た。


「うわっ!?」

「もー、やっと来た!ずっと待ってたんだから」


「ちょっと、沙友里(さゆり)ちゃん!?」


グイグイと私の背中を押す、友達の沙友里ちゃん。

一体、何事なんだろ!?ていうか、なんで皆一箇所に集まってるんだろう。

それも、なにかを囲う感じで。


「ほらほら、早く歩いて!皆、待ちきれなくてウズウズしてるよ」


そして、ついに皆の輪の中に押し込められた。

だけど、真ん中に座っていた2人に声を上げた。


「莉子(りこ)、快(かい)くん……?」


莉子は、私・来栖 莉央(くるす りお)の双子の妹。

一卵性だから顔もそっくりで、体型や身長も同じ。


その隣に座るのは、バレンタインである昨日、莉子と結ばれた彼氏の伊藤 快(いとう かい)くん。



「モテる2人がバレンタインで結ばれたって聞いて、皆興味津々なの!」



男子は快くんの肩を組んだり背中を叩いていて、女子は莉子にきゃあきゃあと話しかけてる。


確かに莉子は私とは違って活発的で、常に男女平等。

それに明るくてすごく優しい子。

仲良くなった男子から告白されたって話を何度も聞いた。


快くんは、優しいお兄さんタイプの爽やかイケメン。

困っていたらサラリと助けてくれるような人。

背も高くて、特に後輩によくモテる。



確かに、この2人が付き合ったってなると、皆気になるよね。

うんうんと一人で頷いていると、突然ガシリと腕を沙友里ちゃんに掴まれた。


「え?」

「言ったでしょ?莉央を待ってたって!」


そのまま引っ張られ、莉子の横に設置してあった椅子に座らされる。


「どういうこと?私を待ってたって……」

「今さらとぼけても無駄だよ!こっちには目撃者がいるんだから!」


「え?」


とぼける……?証言者……?一体何の話?

首傾げると、沙友里ちゃんがビシリと私に人差し指を突きつけた。




「昨日、体育館裏で莉央が生徒会長に告白したってことを!」


「───────え?」




思考が止まる。


「こく、はく……?私が、生徒会長に?」

一文字一文字砕いて、ようやく意味を理解する。

「こっ、告白っ!?」


ちょ、ちょっと待って……!告白って、あの告白だよね?

しかも、生徒会長……蒼空くんに!?


かあぁぁ!と頬に熱が集まるのがわかる。

だって、蒼空くん……天架 蒼空(てんか そら)くんは、私の好きな人。

でも、私は告白してない!!


「おやおや〜?その反応はやっぱり本当みたいだねぇ?」


沙友里ちゃんがからかうように私の腕をつつく。


「そ、それって本当に私?人違いは絶対にない?」


「見たのは私じゃないからよく分からないけど、その見た子の話によると莉央は背中を向けてて、その向いに天架くんが立ってたみたい。それで莉央が天架くんに手紙を渡したら、天架くんが手でオッケーサイン作ったって言ってたよ」


その女の子は私じゃない。

でも、私を見たって子は私じゃない誰かを私だと思った。

それってつまり、その女の子が私に似てたってことだよね……?


ゆっくりと、首を莉子の方向に向ける。

莉子と目が合った瞬間、サッと逸らされた。

その瞬間、全て理解できた。


莉子は普段積極的だけど、恋愛事になると奥手になるタイプ。

恐らく昨日、手紙を書いたけど自分で渡す勇気がないから蒼空くんに渡すのをお願いしたんだ……!


多分、私が蒼空くんが好きということを知ってるから、これで中を進展させることができるかもしれない+自分も快くんへの手紙の話も隠せると思ったって事。



だとしても、双子の姉がとんでもない容疑をかけられてるのに何も言ってくれないとは。


じろ〜と見ていると、莉子がちらっと私を見て小さく手を合わせた。

それを見て、内心呆れながらも大丈夫という意味を込めてウインクする。


「あのね、沙友里ちゃん。きっとそれべつ……」

「おっ!最後の主役が来たぞ!」

別人、と言おうとしたとき、男子が声を上げた。



─────────〝最後の主役〟。



その言葉に鼓動がすごい勢いで鳴る。

最後の主役。それって、もしかして。

もし、その人物が私の思う人なら。

そうだったとしたら、その人はさっき沙友里ちゃんが言っていたことをもう聞いてしまったのかな。


ドクドクと大きな音を立てて心臓が脈を打ってる。



「おはよう、みんな」



聞こえてきた声に、色々な感情が湧き上がってくる。

そっと、後ろ振り返った。


……まさに、予想的中。


「莉央も、おはよう」

「お、おはよう、蒼空くん……」


挨拶を交わすと、色々なところからヒューッ!と茶化される。

ただ、挨拶をしただけなのに。

そんなこと分かってるのに、蒼空くんの笑顔にじわりと頬が熱くなる。


「莉央?」

「っな、なんでもない」


顔を覗き込まれて、慌てて顔を逸らす。

すると今度は「イチャイチャすんなー!」と飛んでくる。


違うのに。


違うのに、色んなところから野次が飛んできて、目の前に好きな人がいる。

そう思うだけで、どんどん顔が熱くなっていく。

もはや、視界がぐるぐるしてくる。


「え、と……あ、あの……」

わたわたと手を動かしていると、上からふっと柔らかく笑う声が聞こえた。




「───ようやく付き合えたから、つい浮かれちゃった」

「っ!?」





わあぁぁぁ!と教室中が騒がしくなる。

中には、きゃあぁぁぁ!!という悲鳴も聞こえてくる。



や、やっぱり周りから私たちが付き合ってるって聞いたんだ……!

っていうか、なんで「付き合ってる」なんて……!?


にこ、と爽やかな微笑みを浮かべている蒼空くん。



蒼空くんは、この学園で1番モテる。


顔は言わずもがなイケメンで、背も勿論高い。その上、性格もすごくいい。

皆に優しくて、快くんがお兄さんタイプなら蒼空くんは王子様タイプ。

たまたま蒼空くんと幼馴染だから今も仲が良いだけで、幼馴染じゃなかったらきっと関わることなんてなかったと思うぐらい、蒼空くんは人気者。



そんな人の恋人が、地味な私だなんて……完全に釣り合わない。

わかってたけど……改めて自覚すると、気持ちが沈む。

ゆるりと府くと、手をぎゅっと蒼空くんに握られた。


「えっ?」

「ごめんみんな。朝の少しの時間だけでも彼女と過ごしたいんだ」


「あっ、ちょ……!」



ふわりと私を抱き寄せ、肩を抱いた蒼空くん。

そのまま蒼空くんは歩き出す。



────後ろからは、さっき以上の悲鳴が聞こえた。



***




連れてこられたのは生徒会室だった。


確かに、ここは関係者以外立ち入り禁止。

朝は生徒会の活動もないし、2人で話すにはうってつけの場所……。

それに、私も生徒会役員だから入っても問題はない。

ちなみに、莉子と快くんも生徒会役員だ。


生徒会役員は成績で決まる。

私たちは2年生だけど、3年生の生徒会役員はもう引退したから私たちの学年で成績が一番優秀な蒼空くんが生徒会長に選ばれた。


他の役員も成績順でスカウトされていく。

そして選ばれたのが、私と莉子、そして快くんだ。


私と莉子は蒼空くんの幼馴染で、快くんは蒼空くんの親友で莉子の彼氏だから、生徒会は仲が良い人しかいないから、凄くやりやすい。




とりあえず中に入って休憩スペースのソファに並んで座り、口を開いた。


「……あの、蒼空くん。えっと……その、私たちが付き合ってる……?みたいな噂流れてるの、もう聞いた、よね……」


「うん、聞いたよ」


そう言った声が、いつも通りのはずなのに、どうしてかとても真剣な声色に聞こえる。


さっきも思ったけど、やっぱりもう聞いたんだ……。どうしよう。なんだか凄く緊張してきた……。



「それでね、えっと……な、なんでさっき、あんなこと言ったのかなって」

「さっきって、『ようやく付き合えたから、つい浮かれちゃった』ってやつ?」


「そ、そう!それ!私たち付き合ってないし、誤解を解けば皆わかってくれると思うんだ」

「……莉央は俺と付き合ってるって思われるの、いや?」



並んで座っていても、蒼空くんのほうが圧倒的に身長が高いのに、上手く角度を変えて上目遣いに私の目を見つめられる。

おまけに眉の端がしゅん……と下がっている。

可愛いその顔に、母性本能がくすぐられた。


そ、その顔は反則すぎるよ……っ。


「い、いやじゃないよ!だけど、私じゃ蒼空くんに釣り合わないし……」

「────そんなことない」


蒼空くんが両手で私の手を取り、ぎゅっと握った。


「莉央は、優しくて周りに気遣いができる。真面目で責任感も強くて、生徒会の仕事もすごく丁寧にやってくれてるよ。それに、すごく可愛い。……俺のほうが、莉央に釣り合わないよ」


蒼空、くん……。そんな風に、思ってくれてたなんて……。


真剣な顔で間近で見られて、じわりとほおに熱が集まるのを感じる。

恥ずかしくなって下を向こうとしたとき、すっと手を離され、私たちの距離が空いた。



「突然こんなこと言ってごめん。だけど、俺は心からそう思ってる。莉央は本当に素敵な女の子だよ」

「……ありがとう」


好きな人に褒めてもらえて、嬉しくないはずがないよ。


「それと、皆に莉央と付き合ってるって言っちゃった件なんだけど。そのままにしておかない?」

「えっ?なんで?」


驚きながら首をかしげると、蒼空くんが少し疲れたように笑った。


「実は、結構女子から告白されることが多くって」


確かに、蒼空くんはモテるから告白されたって話をよく聞く……。


「それで、知らない人からされるとかもよくあってさ。だから皆お断りしてるんだけど、たまに脅してくる人とかもいて」

「お、脅しっ……!?」


それって、脅迫とか……そういうのだよね?


「た、例えば?」

「付き合ってくれないと俺に襲われたって言いふらすとか、女の先生と付き合ってるって言うとか……周りを巻き込むみみたいなのばっかりで」


す、すごい。この学園の女子って過激な子が多いんだな……。


「大変だったね、蒼空くん」

「……うん。対処とかも結構時間かかるし、何より相手の子を傷つけたくなくて」


「蒼空くん……」


蒼空くんは小さいときからすごく優しいし、きっと私じゃ分からないほど大変だったんだろうな。


「それでね、莉央。俺と────偽カレカノに、なってくれないかな?」

「にせ、カレカノ……?」


「うん。彼女がいるだけで諦める人もいるだろうし」


困ったように淡く微笑む蒼空くん。


その顔を見て、昨日の蒼空くんの顔と重なった。

バレンタインである昨日、蒼空くんの周りには常に女の子がチョコを持っていて、すごい状況になっていた。

私は勇気が出なくて、チョコ渡せなかったけど……。


疲れたように、受け取ったチョコを持ち帰る姿を思い出して、決心する。



「───わかった。やるよ、偽カレカノ」



「っほんと!?」


「うん。いつも助けてもらってるし、蒼空くんが困ってるなら助けたい」


嘘を貫き通せるか分からないけど、少しでも蒼空くんが楽になるなら、いくらでもやるよ。


「ありがとう、莉央」


そう言って蒼空くんは、いつものような完璧な笑顔ではなく、少し幼く見える笑顔をした。


その笑顔に、ドキリと胸が鳴った。



そして、私と蒼空くんは偽カレカノになった。