秋風が少し肌寒く感じる頃になった。
赤ちょうちんがさがる暖簾をかき分けると、
そこには同期の南が俺に手を振った。
 満席で賑わう店内……
炭火で焼かれた焼き鳥の香ばしい匂いと
白い煙が店内を包む。
 俺は混み合う客の間をすり抜け、
彼の前に座ると早々に上着を脱ぎ、
ネクタイを緩め小さく溜息をついた。
 「あ、お姉さん、生ビール一つね」
 南がすぐに飲み物を注文するとニヤッと
笑いながら、
 「あれぇ~、到着早々溜息ですか?」
 と呟いた。
 「そりゃぁ、溜息もでるさ……」
 「仕事は順調なはずだろ? さては……」
 南の声を遮るように店員が生ビールを
運んできた。
 俺は、ジョッキすれすれに注がれた
ビールを手に取ると、南のジョッキにコツンと
あて一気に生ビールを喉元に注ぎ込んだ。
 コトン……。
 「くぅ~、旨い! 
 これぞ仕事の後のご褒美だよな」
 俺は、小皿に盛られた枝豆をつまむと
口の中に放り込んだ。
 「で、どうしたのよ。その溜息は……」
 興味深々な様子の南に、フッと小さく息を
吐いた俺は、
 「別に……」と呟いた。
 「あ~、もしかして千明さんと
うまくいってないとか……」
 「ちがう……よ。その……彼女がさ、
『結婚』したいみたいなんだよね」
 「それって、逆プロポーズか?」
 「そんなんじゃないよ……ただ」
 「ただ、なんだよ。もちろんOKなんだろ?
彼女との結婚……おまえ、千明さんみたいな
綺麗で、色っぽくて、いい女そうはいないぞ」
 枝豆を口に含みながら話す南に、
 「言われなくてもわかってるよ……」
 と話すとジョッキのビールを一気に
飲み干した。

 言えるか……
気になる人がいるなんて……と思った瞬間、

 「香月、おまえもしかして、
他に誰かいるのか?」と南が徐に尋ねてきた。
 「え……?」
 すぐに反論できなかった自分に驚いた。
 「え~、マジか。それってもしかして
同じ課の上原美羽か?」
 彼の言葉に思わず言葉が出ない俺。
 「図星なのか……」南の顔色が変わった。
 恐る恐る口を開いた僕は、
 「彼女……上原さんは、その……
千明とは真逆のタイプで、一緒に仕事を
していくうちになんかこう……
気になりだして」
 「だよな……上原さん、元気で爽やかで
花に例えるなら向日葵って感じだもんな。
 対して、大人の色気ムンムンの千明さんは、
そうだな……真っ赤な薔薇って感じ?」
 南が呟いた。
 「おまえ……
例えが案外ナルシストなんだな」
 俺が口を尖らせると、南はドンっと
テーブルを拳で叩き、
 「香月、おまえは今、千明さんから『結婚』
というワードを出されて動揺し、あらぬことか
後輩の上原さんへと逃げようとしている!
 冷静になれ! くれぐれも魔が差したって
ことにはなるなよ! 
 皆が不幸になることだけはするな」
 と南は俺の心を察すると真剣に忠告を
してくれた。
 
 それなのに……俺は……。