カチャ……。
 客室のドアが開き、彩が部屋の中を
覗き込むと、その顔が一瞬で綻んだ。
 「キャァ~凄い! 何この部屋、
超レトロで、雰囲気あるぅ~。
 え~とぉ……そうそう大正浪漫的な。
 このステンドグラスのシェールランプに
アンティークな家具とベッド……
 もう、吹雪に感謝って感じ」
 そう呟くとスマホを手に取った。
 「あ~、電波の関係で……無理か。
 窓側に行っても……あぁ~無理だ。
 せっかくの素敵な洋館を写メに
収めたかったのに……ん? 庭?」
 窓辺に立つ彩の眼下に真っ白い
雪の合間からちほらと見える木々や
植え込み。
 「へぇ~、洋館の庭ってどんなん
だろう? きっとお洒落なんだろうな。
 明日の朝、雪が止んだら覗いてみよう」
 と呟くと彩はスマホをポケットに入れ、
そのままベッドの上に横になるとそのまま
眠ってしまった。

 リリリリン……リリリリン。
 黒いアンティークな電話機から
聞こえてきた音に思わず受話器をとった彩、
 「もしもし?」と返事をすると、
 「お嬢様ですか? お夕食の準備が
整いましたので一階にどうぞ」
 受話器からオーナーの声が聞こえて来た。
 「え? もうそんな時間?」
 彩が慌てて置時計を見ると時刻は
午後六時半を指していた。
 「はい……わかりました」
と言うと彩は受話器を置いて部屋のドアを開けた。
 カチャ……部屋から出て来た彩、
 「あれぇ? 私そんなに寝ちゃったんだ」
 と首を傾げながらドアにカギをかけた。
 すると、廊下の一番の奥の部屋の前に一人の
男性が立っており彩をじっと見つめていた。
 「えっとぉ……こんばんは」
 ペコっと頭をさげる彩。
 「こんばんは……」
 男性の優しい微笑みに彩は直立不動になった。

 なんて綺麗な人……彩が心の中で呟いた。
 
 オレンジの温暖色の灯りの下、
サラサラな黒髪に、澄んだ瞳……
そして彩が最も目にとまったのは、
男性の透き通るような白い肌に
引き立つような真っ赤な唇。
 
 色白のせい……?
 こんなに赤が引き立つ人……見たことない。
 そう思った瞬間、男性が彩のもとに
ゆっくりと歩み寄ると話しかけてきた。
 「君、名前は?」
 「名前? あ、 彩です」
 「彩さんか……いい名前ですね」
 「あなたの名前は?」
 「僕? 僕の名前は史郎」
 「史郎さん……
史郎さんも今夜ここに泊まるんですか?」
 「ああ、そうだよ」彼が答えると、
 「でも、さっきオーナーさんが
キャンセルが出て貸し切りだって言ってた」
 「そうか……他の客は全員キャンセルなんだ。
 僕は、この館で療養をしてるんだ」
 「療養? どこか悪いの?」
 「うん、昔から病弱でね。
 だからこの空気が綺麗な
この場所で療養しながら小説家を目指してる」
 「へぇ~そうなんだ。
 だからそんな恰好してるの?」
 「そんな恰好?」
 「この館に合わせたように白いシャツに袴って大正時代の男性が
していた書生さん風の格好でしょ?
 YouTubeとかで見たことある」
 「書生さん風ね……」史郎が微笑んだ。
 
 「おお~い、彩、食事冷めるぞ~」
 階段下から父の声が聞こえてきた。
 「あ、史郎さん、夕食は? 
 一緒にどうですか?」
 彩の言葉に史郎は、
 「僕は、一足先にいただきました」
 と微笑んだ。
 「そうですか……では失礼します」
 彩がその場を離れようとすると、
 「彩さん……今夜十一時に一階の
暖炉の前で少し話をしませんか?
 待ってます。必ず来てください」
 と耳元で囁いた。
 頬を赤く染めた彩は、一礼をすると
階段を駆け下りて行った。