「あ~、腹減った!何?この匂い?」
「ししゃも焼いてるんですけど食べて行きます?」
「何でもいい。早くして」
ケンは私が講義のない日は、昼食と夕食時に決まって訪れるようになっていた。
そんなケンは肩から下げたデイバックを机に置きながら、素っ頓狂な声を上げた。
「この本、お前に貸してたっけ?」
何だろうと、キッチンからリビングを見た。
するとケンが机の上に出していた文庫本を手に取って、しげしげと眺めている。
「いえ、その本は違います。ちょうど読み終えたところなので、お借りしていた本を返しますね」
私はケンが勘違いをしているんだろうと思い、本棚から借りていた文庫本を取り出した。
私から文庫本を受け取るとケンはパラパラとページをめくる。
「感想文は?挟んでないの?」
「感想文?」
「貸した本の感想文と手作りのしおり。俺の初恋の娘でみゆきっていうんだ。その娘、本貸したらそういうことしてくれてさ。すごく可愛くて頭よくて、俺の地元から早稲田大学に行ったよ」
ケンはうっとりとした顔で昔話をすると私を見つめた。
「姫はしないの?」
「感想文なんて高校生の時に書いたきりだし、しおりは思ったほど使わないから意識して作ろうとは思いませんでした」
私が理由を話すとケンは突然、声を荒げた。
「意識とかいうことねぇんだよ!素直にはいと言え!」
真っ赤になって怒るというより、青ざめた顔で叫ぶと、どっかとローテーブルの前に座る。
「メシ!ぐずぐずすんな!」
ケンは怒らせた私が悪いの?
でも、自分の前の彼女と私を比べるなんて無神経過ぎる。
私はケンに夕食を振る舞ったが、別段会話もなくお礼も言われない。
リモコンでテレビをつけると勝手に見ている。
こんな男性と本当に交際していいの?
ケンが帰ると決まって、スマホで占いや恋愛系の簡単な心理テストをやるのが私の習慣になっていった。
『あなたは異性の理想が高い人。完璧な異性で自分の劣等感を埋めようとしています。もっと視野を広げてタイプでない男性ともフランクに付き合いましょう』
心理テストの結果に私は思い当たる節があった。
ケンは3年間留年を繰り返し、来年卒業できなければ除籍処分となり大学は中退となる。
容姿は十人並み以下で、背も低い。
おまけに身だしなみには一切気を配らず、髪も肩まで伸ばし靴は泥だらけの登山靴を一年中履いていた。
「全然、タイプじゃないのよ……」
Aくんとの別れがなければ、私はケンと交際するどころか口をきくことさえなかっただろう。
「タイプでない男性ともフランクに、か。あんまり人に偏見を持っちゃいけないよね」
Aくんの時のような悲しい恋愛だけはしたくない。
私は我慢してでもケンと付き合っていこうと、覚悟した。
「先輩、今日はどこかに出かけませんか?いつも部屋の中ばかりじゃつまらないし」
食事時ばかりにやって来るケンが少しだけ煩わしくなってきた私は、どこかに外食に行きたいと言ってみた。
「俺、カネない」
ケンはマンションの床に寝そべったまま、リモコンを弄びながら言った。
「何コレ?ドラマとアニメばっか!ホラーはないの?」
勝手に録画リストを開いて不満をこぼす。
「私、ホラーは嫌いだから」
「そういうかたくなな態度がいけないじゃないの?お母さんとの関係でもさ。新しい経験は人格を向上させるよ?今度、『死霊のはらわた』持って来るから、ホラーを見てみたら?」
かたくなと言われたことと、人格を向上というのが、私には妙にこたえた。
「視野を広げてって、こと?」
私は仕方なく曖昧に頷く。
「じゃ、俺帰るわ。あれ?この曲、お前に勧めたの俺だったよな?」
いつもはぐずぐずとなかなか帰らないケンが珍しく早く帰るなと、ほっとしたのも束の間だった。
ケンはカラーボックスからCDを取り出すと、自分のデイパックに押し込んでいた。
「ちょっと?それ私のよ!」
「あ?そう?いいじゃん貸してよ。俺、好きなんだよコレ。それからこの本も俺が貸したよな?」
「借りてませんってば!」
ケンは結局、あとで返すからとケラケラ笑いながらハードカバーをデイパックに入れると、上機嫌で帰っていった。
この日からケンは『貸した』と言いがかりをつけては、私の部屋から本とCDを盗むようになった。
「ししゃも焼いてるんですけど食べて行きます?」
「何でもいい。早くして」
ケンは私が講義のない日は、昼食と夕食時に決まって訪れるようになっていた。
そんなケンは肩から下げたデイバックを机に置きながら、素っ頓狂な声を上げた。
「この本、お前に貸してたっけ?」
何だろうと、キッチンからリビングを見た。
するとケンが机の上に出していた文庫本を手に取って、しげしげと眺めている。
「いえ、その本は違います。ちょうど読み終えたところなので、お借りしていた本を返しますね」
私はケンが勘違いをしているんだろうと思い、本棚から借りていた文庫本を取り出した。
私から文庫本を受け取るとケンはパラパラとページをめくる。
「感想文は?挟んでないの?」
「感想文?」
「貸した本の感想文と手作りのしおり。俺の初恋の娘でみゆきっていうんだ。その娘、本貸したらそういうことしてくれてさ。すごく可愛くて頭よくて、俺の地元から早稲田大学に行ったよ」
ケンはうっとりとした顔で昔話をすると私を見つめた。
「姫はしないの?」
「感想文なんて高校生の時に書いたきりだし、しおりは思ったほど使わないから意識して作ろうとは思いませんでした」
私が理由を話すとケンは突然、声を荒げた。
「意識とかいうことねぇんだよ!素直にはいと言え!」
真っ赤になって怒るというより、青ざめた顔で叫ぶと、どっかとローテーブルの前に座る。
「メシ!ぐずぐずすんな!」
ケンは怒らせた私が悪いの?
でも、自分の前の彼女と私を比べるなんて無神経過ぎる。
私はケンに夕食を振る舞ったが、別段会話もなくお礼も言われない。
リモコンでテレビをつけると勝手に見ている。
こんな男性と本当に交際していいの?
ケンが帰ると決まって、スマホで占いや恋愛系の簡単な心理テストをやるのが私の習慣になっていった。
『あなたは異性の理想が高い人。完璧な異性で自分の劣等感を埋めようとしています。もっと視野を広げてタイプでない男性ともフランクに付き合いましょう』
心理テストの結果に私は思い当たる節があった。
ケンは3年間留年を繰り返し、来年卒業できなければ除籍処分となり大学は中退となる。
容姿は十人並み以下で、背も低い。
おまけに身だしなみには一切気を配らず、髪も肩まで伸ばし靴は泥だらけの登山靴を一年中履いていた。
「全然、タイプじゃないのよ……」
Aくんとの別れがなければ、私はケンと交際するどころか口をきくことさえなかっただろう。
「タイプでない男性ともフランクに、か。あんまり人に偏見を持っちゃいけないよね」
Aくんの時のような悲しい恋愛だけはしたくない。
私は我慢してでもケンと付き合っていこうと、覚悟した。
「先輩、今日はどこかに出かけませんか?いつも部屋の中ばかりじゃつまらないし」
食事時ばかりにやって来るケンが少しだけ煩わしくなってきた私は、どこかに外食に行きたいと言ってみた。
「俺、カネない」
ケンはマンションの床に寝そべったまま、リモコンを弄びながら言った。
「何コレ?ドラマとアニメばっか!ホラーはないの?」
勝手に録画リストを開いて不満をこぼす。
「私、ホラーは嫌いだから」
「そういうかたくなな態度がいけないじゃないの?お母さんとの関係でもさ。新しい経験は人格を向上させるよ?今度、『死霊のはらわた』持って来るから、ホラーを見てみたら?」
かたくなと言われたことと、人格を向上というのが、私には妙にこたえた。
「視野を広げてって、こと?」
私は仕方なく曖昧に頷く。
「じゃ、俺帰るわ。あれ?この曲、お前に勧めたの俺だったよな?」
いつもはぐずぐずとなかなか帰らないケンが珍しく早く帰るなと、ほっとしたのも束の間だった。
ケンはカラーボックスからCDを取り出すと、自分のデイパックに押し込んでいた。
「ちょっと?それ私のよ!」
「あ?そう?いいじゃん貸してよ。俺、好きなんだよコレ。それからこの本も俺が貸したよな?」
「借りてませんってば!」
ケンは結局、あとで返すからとケラケラ笑いながらハードカバーをデイパックに入れると、上機嫌で帰っていった。
この日からケンは『貸した』と言いがかりをつけては、私の部屋から本とCDを盗むようになった。


