彼は悪魔

 この日からケンは1人で、私のマンションを訪ねてくるようになった。

 「この本面白いから読む?貸しとくけど」

 「ええ、お借りします」

 ケンはデイパックから取り出した文庫本を私に手渡した。

 「じゃ、キスしよっか?」

 「え?」

 「大丈夫、誰も見てないからさあ」

 いきなり他人の部屋に来て何を言い出すんだろう?

 私が黙って聞いていると、ケンは他人事のような調子で自分の中学時代の話を始めた。

 「すっごい好きな子に思いっ切り振られてさあ。あん時は痛かったなあ!もう一生恋愛できない、って絶望したよなあ」

 そしてケンは私の顔を見ながら真顔でこう言った。

 「お前のおかげで自信がついた」

 「はぁ……」

 何が言いたいのこの人?

 話題を変えたかった私は、前から気になっていたことを尋ねることにした。

 「あの、先輩。私気になることがあるんですが」

 「なに?お兄さんのココ?」

 ケンは自分の唇を指さしてニコニコ笑っている。

 「いえ、あの……どうして私のマンションを知ってるんですか?Aくんに聞いたとか?」

 「いや、前から知ってた」

 「前からって?」

 「はるたんのあとつけて、ずっと知ってた」

 「つけてって……」

 予想もしていなかった返事に私は絶句した。

 「はるたんが入部して初めての部会の帰りだったかな?Aに送らせたじゃない?あの時、俺自転車で2人のあとつけてたんだ」

 ケンは悪びれるどころか自慢げに胸を張る。

 「何でそんなこと……」

 「だって興味あるじゃん!可愛い娘がどんな所に住んでるのかさ!男なら当たり前だよ」

 そんなものかしら?

 何か得体のしれない気味悪さを感じながらも、私は無理矢理に納得しようとした。