サークルメンバーで流星群を見る日がきた。
私は当日まで夏休みは実家に帰ろうかと迷っていた。
しかし結局は実家には帰省しなかった。
理由は母親がしつこくAくんの話を聞きたがることだった。
「Aくん元気?」
実家からの電話はたいてい母親からで、出だしはいつも決まっていた。
「Aくんとは別れたって、言ったでしょ!?」
「でも同じ町に住んでいるんだから、たまには会うでしょ?」
母は他県の実家から私のマンションにたまにやって来るので、その時にAくんにも会っていた。
「将来はよその大学の大学院を受けるらしいから、よく知らない」
彼と同じ学部のサークルメンバーの話では、Aくんは大学院を受験するため勉強とバイトに励んでいるらしかった。
「あんたたちあんなに仲よかったのに、何で別れたの?」
「そんなこと知らない!向こうに聞いてよ!」
母親との電話はいつもこの繰り返しで、私がカッとなって先に切るのが常だった。
何度も、Aくんの話をするのはつらいからやめて、と頼んでも、次の電話ではころっと忘れている。
もともと一人っ子の私に執着する人だったが、Aくんを気に入っていたせいかますますしつこく尋ねたがった。
「家に帰るとまた、しつこいんだろうな」
Aくんのことは早く忘れたかった。
なのに心の傷が塞がりそうになると、母の無神経な電話でまたかさぶたを引き剥がされる。
その繰り返しは私には耐えられなかった。
「山崎先輩には会いたくないけど、サークルのみんなといた方がマシかな」
ケンとはあの日以来会っていない。
メッセージはいくつか送られてきたが、告白のことには触れていない。
流星群の話ばかりだ。
「このまま、告白のことはあきらめてくれたらいいんだけど」
私は気乗りしないまま、約束の場所に向かった。
午後6時。集合場所はケンの下宿だった。
ケンが企画の発起人だから仕方ないが、何で集合場所がよりによってここなのだろうと憂鬱になる。
「まあ、山崎先輩と2人きりになるわけじゃないからいいか」
私はサークルのみんなはもう来ているだろうと思いながら薄暗い廊下を歩く。
ケンの下宿は学生寮で夏休み期間は住民ほとんどいないようだった。
人気のない廊下を歩き、ケンの部屋の前までくる。
ドアをノックすると、「どうぞ、入ってきて」とケンの声がした。
恐る恐るドアを開けると、ツンとすえた臭いがした。
ベッドと本棚、そしてデスクと椅子。
部屋の間取りはわからないが、それだけで部屋の中はいっぱいでかなり狭い。
「どうぞ、靴脱いで上がって」
「まだ誰もきてないんですか?」
「うん、そんなところに立ってないで中に入って、ドアは閉めといて。廊下を歩くヤツの邪魔になるから」
確かにドアは廊下側の外開きだが歩いている学生なんていない。
「お邪魔します」
私は仕方なくドアを閉めて靴を脱ぐ。
途端にすえた臭いが強烈になる。
左側のキッチンを見ると、シンクに汚れたままの食器がうずたかく積まれたままになっていた。
「だいぶ片付けたんだけどね。さあ、どうぞ」
ケンはデスクトップ型のパソコンを眺めながら椅子に座っていた。
狭い部屋の中で、どこに居ようかと私は戸惑う。
座る椅子はないので仕方なく絨毯の敷かれた床に座った。
「そんなところに座ってると虫が這い上がってくるよ」
私はギョッとして思わず立ち上がる。
絨毯は髪の毛と菓子くずで薄汚れて、毛足もチクチクして不快だ。
本当にダニがいても不思議ではない。
「ここに座ってよ。この部屋にきたヤツはみんなそうしてるから遠慮しないでいいよ」
ケンはそう言って笑うと、自分のベッドを指さした。
「いえ、でも」
「みんなも、もうすぐ来るからさ」
早くきてほしい。こんな部屋から早く出たい。
私は遠慮しながらも、ベッドの縁に浅く腰掛けた。
するとケンは滑るような身のこなしで、椅子から素早く立ち上がると私をベッドに押し倒したのだ。
「好きだ……晴美」
ケンは熱っぽい声で私の耳元に囁く。
「あ……ッ!」
私が悲鳴を上げるとキスをして口を塞がれる。
「愛してる……晴美……晴美。あんなヤツ忘れて俺にしとけよ。ねぇ、聞いてる……?」
ケンの甘ったるいコロンの香りに、むせかえりそうになる。
「あッ……いや……ッ!やめ……ッ!」
「愛してるよ……ずっと好きだった……。あいつに取られて悔しかったよ……」
ケンは悲しそうに顔をしかめると何度もキスを繰り返す。
この人の言っていることは、本当なんだろうか?
私のことを黙ってずっと思ってくれていたのだろうか?
私は何も知らずに優しいこの先輩をずっと傷つけていたの……?
時間にすると10分くらいだったろうか。
サークルのみんなが集まってきた頃には、他人には言えない関係になっていた。
私は当日まで夏休みは実家に帰ろうかと迷っていた。
しかし結局は実家には帰省しなかった。
理由は母親がしつこくAくんの話を聞きたがることだった。
「Aくん元気?」
実家からの電話はたいてい母親からで、出だしはいつも決まっていた。
「Aくんとは別れたって、言ったでしょ!?」
「でも同じ町に住んでいるんだから、たまには会うでしょ?」
母は他県の実家から私のマンションにたまにやって来るので、その時にAくんにも会っていた。
「将来はよその大学の大学院を受けるらしいから、よく知らない」
彼と同じ学部のサークルメンバーの話では、Aくんは大学院を受験するため勉強とバイトに励んでいるらしかった。
「あんたたちあんなに仲よかったのに、何で別れたの?」
「そんなこと知らない!向こうに聞いてよ!」
母親との電話はいつもこの繰り返しで、私がカッとなって先に切るのが常だった。
何度も、Aくんの話をするのはつらいからやめて、と頼んでも、次の電話ではころっと忘れている。
もともと一人っ子の私に執着する人だったが、Aくんを気に入っていたせいかますますしつこく尋ねたがった。
「家に帰るとまた、しつこいんだろうな」
Aくんのことは早く忘れたかった。
なのに心の傷が塞がりそうになると、母の無神経な電話でまたかさぶたを引き剥がされる。
その繰り返しは私には耐えられなかった。
「山崎先輩には会いたくないけど、サークルのみんなといた方がマシかな」
ケンとはあの日以来会っていない。
メッセージはいくつか送られてきたが、告白のことには触れていない。
流星群の話ばかりだ。
「このまま、告白のことはあきらめてくれたらいいんだけど」
私は気乗りしないまま、約束の場所に向かった。
午後6時。集合場所はケンの下宿だった。
ケンが企画の発起人だから仕方ないが、何で集合場所がよりによってここなのだろうと憂鬱になる。
「まあ、山崎先輩と2人きりになるわけじゃないからいいか」
私はサークルのみんなはもう来ているだろうと思いながら薄暗い廊下を歩く。
ケンの下宿は学生寮で夏休み期間は住民ほとんどいないようだった。
人気のない廊下を歩き、ケンの部屋の前までくる。
ドアをノックすると、「どうぞ、入ってきて」とケンの声がした。
恐る恐るドアを開けると、ツンとすえた臭いがした。
ベッドと本棚、そしてデスクと椅子。
部屋の間取りはわからないが、それだけで部屋の中はいっぱいでかなり狭い。
「どうぞ、靴脱いで上がって」
「まだ誰もきてないんですか?」
「うん、そんなところに立ってないで中に入って、ドアは閉めといて。廊下を歩くヤツの邪魔になるから」
確かにドアは廊下側の外開きだが歩いている学生なんていない。
「お邪魔します」
私は仕方なくドアを閉めて靴を脱ぐ。
途端にすえた臭いが強烈になる。
左側のキッチンを見ると、シンクに汚れたままの食器がうずたかく積まれたままになっていた。
「だいぶ片付けたんだけどね。さあ、どうぞ」
ケンはデスクトップ型のパソコンを眺めながら椅子に座っていた。
狭い部屋の中で、どこに居ようかと私は戸惑う。
座る椅子はないので仕方なく絨毯の敷かれた床に座った。
「そんなところに座ってると虫が這い上がってくるよ」
私はギョッとして思わず立ち上がる。
絨毯は髪の毛と菓子くずで薄汚れて、毛足もチクチクして不快だ。
本当にダニがいても不思議ではない。
「ここに座ってよ。この部屋にきたヤツはみんなそうしてるから遠慮しないでいいよ」
ケンはそう言って笑うと、自分のベッドを指さした。
「いえ、でも」
「みんなも、もうすぐ来るからさ」
早くきてほしい。こんな部屋から早く出たい。
私は遠慮しながらも、ベッドの縁に浅く腰掛けた。
するとケンは滑るような身のこなしで、椅子から素早く立ち上がると私をベッドに押し倒したのだ。
「好きだ……晴美」
ケンは熱っぽい声で私の耳元に囁く。
「あ……ッ!」
私が悲鳴を上げるとキスをして口を塞がれる。
「愛してる……晴美……晴美。あんなヤツ忘れて俺にしとけよ。ねぇ、聞いてる……?」
ケンの甘ったるいコロンの香りに、むせかえりそうになる。
「あッ……いや……ッ!やめ……ッ!」
「愛してるよ……ずっと好きだった……。あいつに取られて悔しかったよ……」
ケンは悲しそうに顔をしかめると何度もキスを繰り返す。
この人の言っていることは、本当なんだろうか?
私のことを黙ってずっと思ってくれていたのだろうか?
私は何も知らずに優しいこの先輩をずっと傷つけていたの……?
時間にすると10分くらいだったろうか。
サークルのみんなが集まってきた頃には、他人には言えない関係になっていた。


