季節は6月下旬。
ケンはグループラインで、サークルのメンバー全員に、蛍狩りや花火大会の企画を提案した。
私があまり乗り気でないとケンは必ず、個人的にメッセージを送ってくる。
「閉じ込もってばかりじゃダメだよ」
「もうすぐ夏祭りだね」
「サークルみんなで浴衣で出かけてみようよ」
他人とはしゃぐ気分じゃない。
それでも、先輩に気を使わせて悪いとも思った。
私はケンと遊ぶというより、サークルのみんなと出かける気分で、徐々にケンの誘いを受け始めた。
夏祭りや花火大会は楽しかった。
ケンは小柄でイケメンとは言えないが、とても気遣いができて、ユーモアのある先輩だった。
サークルではほとんど話したことがなかったが、実際はおしゃべりで陽気だ。
夏祭りで喉が渇くと、「かき氷はイチゴ味でよかった?」と買ってきてくれる。
人混みの中では、「危ないから、俺の隣を歩きなよ」とさり気なく歩道側に私をかばってくれる。
博識でパソコン以外にも天体観測も好きで、次は夏休みに実家に帰省しないメンバーだけで、流星群を見に行く約束もした。
そんなある日、ケンからスマホにLINEの着信がきた。
「んん?今何時?」
寝ぼけまなこで枕元のスマホを見ると、朝の4時を少し過ぎた頃だ。
「何の用?こんな時間に?」
私はスマホの電源を切り忘れたことを後悔しながら、メッセージを開いた。
「今、はるたんのマンションの下にいます。出て来ませんか?」
「え?来てるの?」
私はぼんやりした頭で自分の部屋の中を見回す。
まだ夜は明けていない。窓の外も真っ暗みたいだ。
「今じゃないとダメですか?」
「見せたいものがあります。降りて来てください。待っています」
ケンは詳しい用件は告げず、メッセージを送り続ける。
「用意するので少し待ってください」
何でこんな朝早くに来るんだろう?
このまま断り続けても帰ってくれそうにないし、わざわざやって来てくれたのに、このまま追い返すのも気が引けた。
私は仕方なくベッドから起き上がると、軽く身だしなみを整えて部屋を出た。
ケンは自転車を私のマンションの駐車場に止め、自分も自転車の横に立っていた。
「何ですか?」
私は3階から階段を下りてすぐ、ケンに詰問した。
1階の駐車場から見える外もやはり真っ暗だ。
「ちょっと外に来て」
ケンは悪びれもせず、自分だけさっさと駐車場の外に出る。
「あの、御用は何ですか?」
私はケンの後を追いながら質問した。
こんな夜も明け切っていない時間に、他人の家を訪問するなんてあまりにも非常識だ。
「ほら、あれ」
ケンはマンション前の空き地まで歩くと、私に振り返って空を指さした。
「有明の月だね」
見上げた空には、氷のように寒々とした丸い月が大きく浮かんでいた。
「この風景をはるたんに見せたかったんだ」
「そうですか……」
はるたんという呼ばれ方に抵抗を感じながらも、この先輩は私と体験を共有しようとしてくれているのだと感じていた。
「ちょっと座って話そうよ」
ケンは真面目な顔でそういうと、空き地に積まれた丸太に私と並んで座った。
ケンは月や天体の話をいろいろしてくれたが、私は寒くて寒くてたまらない。
ケン自身は厚手の上着を着込んで防寒していたが、私は春物の薄いカーデガンを1枚羽織っただけだ。正直なところで、早く部屋に帰りたかった。
「もうすぐ夜が明けて星が消えるね。朝焼けを2人で見れるまでここにいようか?」
「いえ、寒いので私帰ります」
寒くてたまらないのに、まだここにいるの?
とにかくもう断ろう。私は思い切って立ち上がった。
するとケンは意外なことを言い出した。
「Aとは何で別れたの?別れを言い出したのはAからだよね?」
「え……?」
「やっぱりね。俺、はるたんには責任感じてるんだ。Aは、はるたんをずっと重荷に感じてたんだなってさ」
ケンは座ったまま、私を見上げながら続けた。
「Aに、はるたんと付き合えって命令したのは俺なんだよ」
「命令?命令って、何ですか!?」
何を言ってるのこの人は!?
それじゃあまるで、Aくんが私と嫌々付き合っていたみたいじゃない!?
「うちのサークルは女子がいないでしょ?はるたんは新入生でたった1人の入部者だったから、辞められたら困る。だから同じ新入生のAにサークルの送り迎えを頼んだんだよ」
驚く私の顔を見つめながら、ケンは淡々と説明した。
それなら覚えがある。
Aくんは同じ1回生ということもあって、サークルのある日は必ず大学の送り迎えをしてくれた。
その時の楽しかった会話が私たち2人を自然に親しくさせたのだ。
それをケンは自分が仕向けたことだというの!?
「最初から、俺にしとけばよかったのに」
「え……?」
「俺、晴美ちゃんが好きだ」
ケンは真っ直ぐ私を見上げながら、告白した。
「お兄さんじゃダメかな?」
「失礼します!」
私はそれ以上、ケンの瞳を見ていられない。
そのまま走ってマンションの部屋に駆け込む。
ドアを閉めて鍵をかけると、心臓がドキドキと高鳴っていた。
「何であの人、あんなこというの?何で今頃になって……」
Aくんが私との交際は本気じゃなかったのなら、もっと早く教えてくれればよかったのに!!
何で今頃になって私が好きなんていうのよ!?
今まで3年間もろくに口もきかなかったくせに!!
私はずっとAくんに裏切られていたの――――?
あまりのことに混乱した私はそのまま玄関に座り込んで、声を上げて泣き続けた。
ケンはグループラインで、サークルのメンバー全員に、蛍狩りや花火大会の企画を提案した。
私があまり乗り気でないとケンは必ず、個人的にメッセージを送ってくる。
「閉じ込もってばかりじゃダメだよ」
「もうすぐ夏祭りだね」
「サークルみんなで浴衣で出かけてみようよ」
他人とはしゃぐ気分じゃない。
それでも、先輩に気を使わせて悪いとも思った。
私はケンと遊ぶというより、サークルのみんなと出かける気分で、徐々にケンの誘いを受け始めた。
夏祭りや花火大会は楽しかった。
ケンは小柄でイケメンとは言えないが、とても気遣いができて、ユーモアのある先輩だった。
サークルではほとんど話したことがなかったが、実際はおしゃべりで陽気だ。
夏祭りで喉が渇くと、「かき氷はイチゴ味でよかった?」と買ってきてくれる。
人混みの中では、「危ないから、俺の隣を歩きなよ」とさり気なく歩道側に私をかばってくれる。
博識でパソコン以外にも天体観測も好きで、次は夏休みに実家に帰省しないメンバーだけで、流星群を見に行く約束もした。
そんなある日、ケンからスマホにLINEの着信がきた。
「んん?今何時?」
寝ぼけまなこで枕元のスマホを見ると、朝の4時を少し過ぎた頃だ。
「何の用?こんな時間に?」
私はスマホの電源を切り忘れたことを後悔しながら、メッセージを開いた。
「今、はるたんのマンションの下にいます。出て来ませんか?」
「え?来てるの?」
私はぼんやりした頭で自分の部屋の中を見回す。
まだ夜は明けていない。窓の外も真っ暗みたいだ。
「今じゃないとダメですか?」
「見せたいものがあります。降りて来てください。待っています」
ケンは詳しい用件は告げず、メッセージを送り続ける。
「用意するので少し待ってください」
何でこんな朝早くに来るんだろう?
このまま断り続けても帰ってくれそうにないし、わざわざやって来てくれたのに、このまま追い返すのも気が引けた。
私は仕方なくベッドから起き上がると、軽く身だしなみを整えて部屋を出た。
ケンは自転車を私のマンションの駐車場に止め、自分も自転車の横に立っていた。
「何ですか?」
私は3階から階段を下りてすぐ、ケンに詰問した。
1階の駐車場から見える外もやはり真っ暗だ。
「ちょっと外に来て」
ケンは悪びれもせず、自分だけさっさと駐車場の外に出る。
「あの、御用は何ですか?」
私はケンの後を追いながら質問した。
こんな夜も明け切っていない時間に、他人の家を訪問するなんてあまりにも非常識だ。
「ほら、あれ」
ケンはマンション前の空き地まで歩くと、私に振り返って空を指さした。
「有明の月だね」
見上げた空には、氷のように寒々とした丸い月が大きく浮かんでいた。
「この風景をはるたんに見せたかったんだ」
「そうですか……」
はるたんという呼ばれ方に抵抗を感じながらも、この先輩は私と体験を共有しようとしてくれているのだと感じていた。
「ちょっと座って話そうよ」
ケンは真面目な顔でそういうと、空き地に積まれた丸太に私と並んで座った。
ケンは月や天体の話をいろいろしてくれたが、私は寒くて寒くてたまらない。
ケン自身は厚手の上着を着込んで防寒していたが、私は春物の薄いカーデガンを1枚羽織っただけだ。正直なところで、早く部屋に帰りたかった。
「もうすぐ夜が明けて星が消えるね。朝焼けを2人で見れるまでここにいようか?」
「いえ、寒いので私帰ります」
寒くてたまらないのに、まだここにいるの?
とにかくもう断ろう。私は思い切って立ち上がった。
するとケンは意外なことを言い出した。
「Aとは何で別れたの?別れを言い出したのはAからだよね?」
「え……?」
「やっぱりね。俺、はるたんには責任感じてるんだ。Aは、はるたんをずっと重荷に感じてたんだなってさ」
ケンは座ったまま、私を見上げながら続けた。
「Aに、はるたんと付き合えって命令したのは俺なんだよ」
「命令?命令って、何ですか!?」
何を言ってるのこの人は!?
それじゃあまるで、Aくんが私と嫌々付き合っていたみたいじゃない!?
「うちのサークルは女子がいないでしょ?はるたんは新入生でたった1人の入部者だったから、辞められたら困る。だから同じ新入生のAにサークルの送り迎えを頼んだんだよ」
驚く私の顔を見つめながら、ケンは淡々と説明した。
それなら覚えがある。
Aくんは同じ1回生ということもあって、サークルのある日は必ず大学の送り迎えをしてくれた。
その時の楽しかった会話が私たち2人を自然に親しくさせたのだ。
それをケンは自分が仕向けたことだというの!?
「最初から、俺にしとけばよかったのに」
「え……?」
「俺、晴美ちゃんが好きだ」
ケンは真っ直ぐ私を見上げながら、告白した。
「お兄さんじゃダメかな?」
「失礼します!」
私はそれ以上、ケンの瞳を見ていられない。
そのまま走ってマンションの部屋に駆け込む。
ドアを閉めて鍵をかけると、心臓がドキドキと高鳴っていた。
「何であの人、あんなこというの?何で今頃になって……」
Aくんが私との交際は本気じゃなかったのなら、もっと早く教えてくれればよかったのに!!
何で今頃になって私が好きなんていうのよ!?
今まで3年間もろくに口もきかなかったくせに!!
私はずっとAくんに裏切られていたの――――?
あまりのことに混乱した私はそのまま玄関に座り込んで、声を上げて泣き続けた。


