ディナーはセルジュの部屋でおこなわれた。
ゆっくり気兼ねなく二人きりで楽しみたいというセルジュの希望だったのだ。
お辞儀をして部屋に入ったフルーラは、夜景の見える席についた。
すると、セルジュがワイングラスを片手に口を開く。
「フルーラ、君が婚約を受けてくれて嬉しいよ」
「私も、殿下の婚約者になれて嬉しいです」
ワイングラスをそっと寄せ合って一口飲むと、なんとも言えない芳醇な味わいとほのかな苦味が訪れる。
「殿下ではなくセルジュと呼んでくれ」
「よいのですか?」
「ああ」
「では……セルジュ様」
私の呼びかけに満足そうに微笑むと、セルジュはワインを一口、また一口と飲む。
(殿下はお酒がお好きなのね)
フルーラはお酒はあまり飲み慣れていない。
この国では十八歳からお酒が飲めるため、十八歳のフルーラはあまり飲んだことがなかったのだ。
(ああ、なんて幸せなんでしょう……)
そう思いつつも、足早に出てきてしまった屋敷のことを思い出す。
(お父様、お母様、みんな……それに、シリウス……)
思いふけりながらワインをもう一口飲もうとした瞬間、その手をセルジュに掴まれた。
「殿下……?」
すると、セルジュはフルーラを難なく抱えると、そのままフルーラの体をベッドにほおり投げる。
「きゃっ!」
フルーラの体にのしかかるように、セルジュが組み敷く。
その瞳は獲物を捕らえた獣のよう。
「誰か……」
彼女は必死に逃げようともがくも、恐怖で体が思うように動かない。
「君は僕を癒すためだけに生まれてきたんだ。君は僕のものだ。黙ってその身を捧げるといい」
「はぁ……い……や」
フルーラは助けを呼ぼうとするが、うまく声が出せない。
そんな彼女をセルジュは無理矢理押さえつける。
「いやっ! はなして!!」
「おとなしくしろ、君は私の言うことだけ聞いていればいい」
セルジュは私のドレスに手をかけ、首元にあるネックレスを引きちぎった。
(やめてっ!! それはシリウスが私の誕生日にくれた大事なネックレスなの!)
しかし、セルジュ様の手は止まらない。
フルーラの胸元に手をかけ、もう片方の手で私の頬に手をあてると、唇を近づけてくる。
(やめてっ!!!)
唇と唇が重なりそうになる瞬間、私は心の中で叫んでいた。
『シリウス、助けてっ!!!』
刹那、ベッドの脇にあった窓ガラスが大きな音を立てて割れた。
そして、「誰か」が入って来るや否やフルーラに覆いかぶさるセルジュを蹴り飛ばす。
フルーラは「誰か」の名を呼んだ。
「シリウス……」
「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」
フルーラに向けられた優しい瞳と違い、セルジュへ向けられた瞳は、まるで暗殺者のように鋭く差すようなそれだった。
「このっ!」
セルジュが引き出しに隠してあったナイフを取り出すと、そのままシリウスに襲い掛かる。
「シリウス!」
フルーラは思わず叫ぶ。
しかし、シリウスはセルジュの刃をひらりと躱して長い足でけり落とした。
シリウスの来ている漆黒のロングコートが、ひらりと舞う。
まるで闇の支配者のような彼の美しさに、彼女の瞳は奪われた。
「お嬢様に危害を加えたお前はこの手で殺す」
シリウスの殺気立った瞳と気配、セルジュは足がすくんで立てない。
彼はついに情けない声で根を上げた。
「ゆ、許してくれ!! 命だけは!!」
そう言ってみっともなく跪き命乞いする彼に、シリウスは冷たい声で言い放った。
「黙れ、お前のその汚い目でお嬢様を見ることさえ許されない。その声すらお嬢様の耳に届けることは許さない。お前の身を八つ裂きにしても事足りぬ」
「ひいっ!!」
シリウスはにじり寄ると、彼の顔面の横に長い足を蹴り上げた。
「ひやあ!」
セルジュの情けない声が響き渡った。
シリウスの足は壁に大きくめり込み、セルジュはその横で腰が抜けて動けない。
そのまま恐怖で震えあがる彼の耳にさらに追い打ちをかけるように囁く。
「今すぐお前を殺しても構わない。だが、お前の血を見たお嬢様の目を曇らせたくない。そのままお前は気を失っていろ。直にお前を処分するやつが来るだろう」
セルジュは彼の囁きに堪えられずにそのまま気を失ってしまう。
戦闘が終了した時、フルーラは逞しい腕で抱きかかえられた。
「シリウス」
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「え、ええ……」
フルーラの心は彼の到着によって落ち着いていく。
(この腕は……どうして、こんなにも私を安堵させるの……?)
そうおもった瞬間、彼女の意識が途絶えた。
◆◇◆
あの王宮での出来事から、フルーラは3日ほど寝込んでしまった。
その間にどうやらセルジュ殿下は王位継承権を剥奪され、王宮を追い出されたらしい。
順調に回復したフルーラはお日様のあたる自室のベッドで寝転がりシリウスと話す。
「はあ……やっぱりこのお日様の当たるベッドでのお昼寝がいいのよね~」
「お嬢様、あまりぐうたらしますとだらしないですよ」
「もうっ! シリウスは小言ばっかり! まるで小姑ね」
しかし彼は、そんな彼女の嫌味を気にすることなく、いつも通りフルーラの飲む紅茶を用意してする。
そんな彼にフルーラは小さな声で呟く。
「ありがとう、助けてくれて」
「お嬢様が助けを呼んでいらっしゃったので、行ったまでですよ」
「聞こえてたの?」
「ええ」
そんなわけないがない。
あの時フルーラは声なんて出せてなかったのだから。
彼女は勢いよくベッドから立ち上がると、シリウスに近づいて彼の顔を見上げる。
「本当にありがとう、シリウス」
彼女は精いっぱいの笑顔を見せると、なんとも驚いた表情になり、そして彼は紅茶をテーブルにそっと置いた。
次の瞬間、フルーラのおでこに彼の唇がつけられる。
「……え?」
彼女は起こった出来事を理解するのに22秒かかり、そしてそのあとで顔を真っ赤にして目をぱちくりさせる。
「あ、え? その、え?」
慌てふためくフルーラに彼は意地悪そうな顔をしてそっと耳元で呟いた。
「隙だらけですよ、お嬢様」
彼女は恥ずかしさを隠すために彼の胸元をバンバン叩くと、ベッドにもぐりこんだ。
彼のくすっという笑い声だけが彼女の耳に届く。
どうやらこのお嬢様は有能で頼りになる執事のことを、好きになってしまったらしい──。
*****
連載版『忘れ去られた王女は、復讐を誓う~悪魔の漆黒執事が、私を溺愛してくるのですが~』は「小説家になろう」様先行で公開中です。
ゆっくり気兼ねなく二人きりで楽しみたいというセルジュの希望だったのだ。
お辞儀をして部屋に入ったフルーラは、夜景の見える席についた。
すると、セルジュがワイングラスを片手に口を開く。
「フルーラ、君が婚約を受けてくれて嬉しいよ」
「私も、殿下の婚約者になれて嬉しいです」
ワイングラスをそっと寄せ合って一口飲むと、なんとも言えない芳醇な味わいとほのかな苦味が訪れる。
「殿下ではなくセルジュと呼んでくれ」
「よいのですか?」
「ああ」
「では……セルジュ様」
私の呼びかけに満足そうに微笑むと、セルジュはワインを一口、また一口と飲む。
(殿下はお酒がお好きなのね)
フルーラはお酒はあまり飲み慣れていない。
この国では十八歳からお酒が飲めるため、十八歳のフルーラはあまり飲んだことがなかったのだ。
(ああ、なんて幸せなんでしょう……)
そう思いつつも、足早に出てきてしまった屋敷のことを思い出す。
(お父様、お母様、みんな……それに、シリウス……)
思いふけりながらワインをもう一口飲もうとした瞬間、その手をセルジュに掴まれた。
「殿下……?」
すると、セルジュはフルーラを難なく抱えると、そのままフルーラの体をベッドにほおり投げる。
「きゃっ!」
フルーラの体にのしかかるように、セルジュが組み敷く。
その瞳は獲物を捕らえた獣のよう。
「誰か……」
彼女は必死に逃げようともがくも、恐怖で体が思うように動かない。
「君は僕を癒すためだけに生まれてきたんだ。君は僕のものだ。黙ってその身を捧げるといい」
「はぁ……い……や」
フルーラは助けを呼ぼうとするが、うまく声が出せない。
そんな彼女をセルジュは無理矢理押さえつける。
「いやっ! はなして!!」
「おとなしくしろ、君は私の言うことだけ聞いていればいい」
セルジュは私のドレスに手をかけ、首元にあるネックレスを引きちぎった。
(やめてっ!! それはシリウスが私の誕生日にくれた大事なネックレスなの!)
しかし、セルジュ様の手は止まらない。
フルーラの胸元に手をかけ、もう片方の手で私の頬に手をあてると、唇を近づけてくる。
(やめてっ!!!)
唇と唇が重なりそうになる瞬間、私は心の中で叫んでいた。
『シリウス、助けてっ!!!』
刹那、ベッドの脇にあった窓ガラスが大きな音を立てて割れた。
そして、「誰か」が入って来るや否やフルーラに覆いかぶさるセルジュを蹴り飛ばす。
フルーラは「誰か」の名を呼んだ。
「シリウス……」
「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」
フルーラに向けられた優しい瞳と違い、セルジュへ向けられた瞳は、まるで暗殺者のように鋭く差すようなそれだった。
「このっ!」
セルジュが引き出しに隠してあったナイフを取り出すと、そのままシリウスに襲い掛かる。
「シリウス!」
フルーラは思わず叫ぶ。
しかし、シリウスはセルジュの刃をひらりと躱して長い足でけり落とした。
シリウスの来ている漆黒のロングコートが、ひらりと舞う。
まるで闇の支配者のような彼の美しさに、彼女の瞳は奪われた。
「お嬢様に危害を加えたお前はこの手で殺す」
シリウスの殺気立った瞳と気配、セルジュは足がすくんで立てない。
彼はついに情けない声で根を上げた。
「ゆ、許してくれ!! 命だけは!!」
そう言ってみっともなく跪き命乞いする彼に、シリウスは冷たい声で言い放った。
「黙れ、お前のその汚い目でお嬢様を見ることさえ許されない。その声すらお嬢様の耳に届けることは許さない。お前の身を八つ裂きにしても事足りぬ」
「ひいっ!!」
シリウスはにじり寄ると、彼の顔面の横に長い足を蹴り上げた。
「ひやあ!」
セルジュの情けない声が響き渡った。
シリウスの足は壁に大きくめり込み、セルジュはその横で腰が抜けて動けない。
そのまま恐怖で震えあがる彼の耳にさらに追い打ちをかけるように囁く。
「今すぐお前を殺しても構わない。だが、お前の血を見たお嬢様の目を曇らせたくない。そのままお前は気を失っていろ。直にお前を処分するやつが来るだろう」
セルジュは彼の囁きに堪えられずにそのまま気を失ってしまう。
戦闘が終了した時、フルーラは逞しい腕で抱きかかえられた。
「シリウス」
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「え、ええ……」
フルーラの心は彼の到着によって落ち着いていく。
(この腕は……どうして、こんなにも私を安堵させるの……?)
そうおもった瞬間、彼女の意識が途絶えた。
◆◇◆
あの王宮での出来事から、フルーラは3日ほど寝込んでしまった。
その間にどうやらセルジュ殿下は王位継承権を剥奪され、王宮を追い出されたらしい。
順調に回復したフルーラはお日様のあたる自室のベッドで寝転がりシリウスと話す。
「はあ……やっぱりこのお日様の当たるベッドでのお昼寝がいいのよね~」
「お嬢様、あまりぐうたらしますとだらしないですよ」
「もうっ! シリウスは小言ばっかり! まるで小姑ね」
しかし彼は、そんな彼女の嫌味を気にすることなく、いつも通りフルーラの飲む紅茶を用意してする。
そんな彼にフルーラは小さな声で呟く。
「ありがとう、助けてくれて」
「お嬢様が助けを呼んでいらっしゃったので、行ったまでですよ」
「聞こえてたの?」
「ええ」
そんなわけないがない。
あの時フルーラは声なんて出せてなかったのだから。
彼女は勢いよくベッドから立ち上がると、シリウスに近づいて彼の顔を見上げる。
「本当にありがとう、シリウス」
彼女は精いっぱいの笑顔を見せると、なんとも驚いた表情になり、そして彼は紅茶をテーブルにそっと置いた。
次の瞬間、フルーラのおでこに彼の唇がつけられる。
「……え?」
彼女は起こった出来事を理解するのに22秒かかり、そしてそのあとで顔を真っ赤にして目をぱちくりさせる。
「あ、え? その、え?」
慌てふためくフルーラに彼は意地悪そうな顔をしてそっと耳元で呟いた。
「隙だらけですよ、お嬢様」
彼女は恥ずかしさを隠すために彼の胸元をバンバン叩くと、ベッドにもぐりこんだ。
彼のくすっという笑い声だけが彼女の耳に届く。
どうやらこのお嬢様は有能で頼りになる執事のことを、好きになってしまったらしい──。
*****
連載版『忘れ去られた王女は、復讐を誓う~悪魔の漆黒執事が、私を溺愛してくるのですが~』は「小説家になろう」様先行で公開中です。



