婚約破棄に心をすり減らした私と、溺愛執事の禁断の恋

 ──その日、少女はまた婚約を破棄された。

「お前といても、全然面白くないんだよ」
「……面白く、ない?」
「ああ、返事は無難だし。話は聞いてるだけ。もう飽きた。婚約を破棄させてもらう」
「そんな……!」

 もう何度目になるだろうか。
 いつものように平静を装って頷く。

「かしこまりました。婚約破棄のお申し出、お受けいたします」
「ああ。後で婚約破棄の書類を君のお父上に送るから」

 そう言って彼は席を立って去っていく。

(また失敗した……でも、なんだろう。いつもの心の痛みとなんだかちょっと違う……)

 フルーラはその違和感の正体がわからぬまま、その場に突っ伏した。

「また……婚約破棄された……」

 彼女の切ない声は庭園に吹く風がさらっていく。

「まあ、お嬢様。男は星の数ほどおりますから、次こそはお嬢様を大事に思ってくださる方が見つかりますよ」

 そう言いながら紅茶を差し出す彼は、執事服を身に纏っている。
 丁寧で隙のない所作を見つめながら、フルーラは言う。

「それ、この前も聞いた……。私、失恋の星のもとに生まれたのかしら……」
「そんなことはありませんよ。必ずお嬢様には明るい未来が待っています」
「もう、何を根拠に……」

 頬をぷくりと膨らませて彼を睨みつけるが、彼はにこやかに笑っている。
 しかし、なぜかそのえんじ色の瞳は寂しさを感じさせた。

(なんか、シリウスって時々この目をするのよね……)

 フルーラはそう思いながらも、特に気にすることもなく紅茶を飲む。
 その奥に、一瞬だけ冷たい光が宿ったのをフルーラは見逃した。

 そんなフルーラに一世一代の婚約話が舞い込んでくるのはこの五日後だった──。


 ノックして部屋に入ってきたシリウスは、ある封筒をフルーラに見せる。

「お嬢様、第二王子セルジュ様から婚約のお申込みが来ました」
「……へ?」

 フルーラは信じられないと言った様子で、彼から封筒を取り上げた。
 しかし、中身は確かに自分への婚約申し込みについてである。

 第二王子セルジュからの手紙には、婚約者の段階から妃教育をしたいということと、そのまま王宮に移り住んでほしいということが書かれていた。
 当然、一国の王子を待たせるわけにもいかない。
 身支度を済ませたフルーラは、馬車へ急いで乗った。

 突然の使用人やシリウスとの別れにフルーラの心は痛む。

(みんな、元気でいてください……)

 胸のネックレスをぎゅっと握り締め、彼女はそう願ったのだった──。


 やがて王都が見え始め人の賑わいが感じられるようになると、王宮が姿を現した。

「ここが、王宮……」

 馬車は王宮の目の前につけると、フルーラはゆっくりと馬車から降りた。
 すると、そんな彼女をセルジュ自らが出迎えにやってくる。

「いらっしゃい、フルーラ」
「殿下にご足労いただき恐縮でございます」
「構わない、なんたって君を婚約者に迎えるのだからね。それ相応の出迎えをしなければ」

 そこまで言われて自らの前にはセルジュのみならず騎士、メイド、執事など様々な人々がいることに気づく。
 あまりの好待遇ぶりに、フルーラは思わず萎縮してしまう。
 そんな様子に気づいたセルジュは、彼女の手を優しく引いて王宮へと迎え入れた。

「ここがフルーラの部屋だよ。何か不便があれば言ってくれ」
「こんなに良い部屋を……ありがとうございます」

 早速、侍女がやってきてセルジュとのディナーの支度を整えていく。
 立派なドレスに綺麗な金色の髪を整え、お化粧もした。

(素敵なお衣装……)

 艶やかな姿にドレスアップしたフルーラは、ディナーへと向かった。