「……そう。それで窓越しに目が合った時、すごい形相で駆け込んできたんだね」

 「だから、椿さんを傷つけるようなことはオレが許しません。だけど、あなたに一言だけ、お礼は言わせてください」

 私の理解が追いつく前に、二人の会話はどんどん進んでいく。

 「……お礼?」

 金原さんが怪訝そうに目を眇める。そんな彼を真っ直ぐに見据えて、完璧な笑顔を浮かべた真山さんが静かに口を開いた。

 「気の抜けた部屋着姿とか、メガネを掛けると目がちっちゃくなっちゃうところとか、普段はどうやって結ってるのっていう手の込んだ髪型してるのに、家ではおでこ全開のゆるい髪型してるところとか。あなたが椿さんのそういう可愛いところに気づかないでいてくれたおかげで、オレはそんな彼女に出会えました。ありがとうございます」

 「ふ、ここはどういたしまして、っていうところかな?」

 「そうですね。という訳で、我々はここで失礼させていただきます」

 くすりと余裕の笑みを見せた金原さんにむっとした表情を返した真山さんは、ぐい、と私の手を取った。

 「どうぞ?」

 「行くよ、椿さん」

 「え⁉︎は、はい……!」

 この状況だとか言われた言葉だとか、混乱を極める頭ではその半分も理解できていないままに、真山さんに手を引かれるまま席を立つ。

 「あのっ、金原さん、ごちそうさまでした!」

 「うん」

 何とかそれだけ伝えると、その後は半ば引きずられるようにしてカフェを出た。


 ── だから私たちが去ったあと、金原さんが「全然一言じゃなかったな……」と一人肩を震わせていたことなど、知る由もなかったのだった。