オフィスの向かいにあるチェーンのコーヒーショップ。通りに面した窓側のカウンター席に、一分の隙もない佇まいの金原さんがいた。

 「お疲れ様」

 「……お疲れ様です」

 「チャイラテ、買っておいた。好きだったよな?」

 「……ありがとう、ございます」

 座って、と促され、隣に腰を下ろす。

 窓から見える秋晴れの空には、ところどころハケでサッと描いたような巻雲が浮かんでいた。

 「ご用件は何でしょうか」

 「はは、つれないな。……まぁ自業自得、か」

 私の淡々とした態度に苦笑を漏らした金原さんは、背もたれに掛けていたジャケットのポケットからハンカチを取り出し、その中に包まれていた何かを差し出した。

 「これを、返したかったんだ」

 咄嗟に出した両手の平に乗せられたのは、ピアスの片割れだった。

 「……金原さんのところにあったんですね。でも、わざわざ……。そのまま処分してくださってもよかったのに」

 初めてのお給料で自分へのささやかなご褒美に買った、小さな一粒ダイヤのピアス。

 そんなに高いものではなかったけれど、ここぞという時に付けるお守りみたいなものになっていたから、無くした当時はすごくショックだった。自分の家も金原さんの家も必死に探したけれど、結局見つからなくて……。それが、何で今になって……。

 「それを、大事にしていたのを知っていたから。部屋の隅から出てきた瞬間、お守りなんですって半べそかきながら探していた椿さんの顔を、思い出してしまったから。だから今更だとは思ったけど、ちゃんと返そうと思った。きっと、仕事で再会していなければ返しに来ることはなかったかもしれないけど、な」

 その表情を見て直感的に、ああ、この人には今、大切な人がいるんだなと思った。

 私と付き合っていた頃の彼は、少なくともこんな風に柔らかく笑う人ではなかった。仕事でもプライベートでも、完璧主義なところがある人だったから。だからこそ、私のあのオフの姿が許せなかったのだと思う。言い方こそ、酷かったけれど。

 でも、今はどうなのだろう。