「── こんにちは、椿さん」

 金原さんの背後から、すでに私の耳にはだいぶ馴染んでいる声が私の名を呼んだ。

 その声に差し出されていた手が引っ込んで、内心ホッとしながらも声をかける。

 「……真山さん!お早いですね⁉︎」

 「実はチームメンバーと御社の最寄駅で待ち合わせたら、意外と早く集まってしまって」

 後ろに控えるチームメンバーに苦笑を送りながら、真山さんが襟足をかく。

 今日は真山さんだけでなく、アートディレクターとコーダーの方も一緒に来社される日だ。

 「椿さん、我々はここで大丈夫ですので」

 事情を察した金原さんが、やんわりとした笑顔を向ける。

 「いえ、そういう訳には……」

 「谷川の電話も長引きそうですし、お気になさらず」

 ではここで、とも言えない立場の私を慮ってくれる言い方で彼が一歩引く。そういうスマートなところは変わっていない。

 「……では、お言葉に甘えてこちらで失礼させていただきます。本日はありがとうございました」

 「はい。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。では」

 金原さんがエレベーターホールの隅で電話中の谷川さんの元へ歩いて行くのを見送って、私は改めて真山さんたちに向き直る。

 「お待たせ致しました、ご案内致しますね」

 にこりと笑みを浮かべた時、困ったように眉を下げている真山さんと目が合った。

 どうかされましたか?の意味を込めて少しだけ首を傾げてみたけれど、真山さんからはやっぱり困ったような笑みが返ってくるだけだった。