「はは……!オレ、自転車に乗れない大人、初めて会ったかも……」

 「……まぁ、たぶんなかなかいないと思いますね、そんな大人」

 取り繕うことも忘れて拗ねたように返せば、今度は王子がふ、と優しく笑った気配がした。

 「あーもう、ほんとさっきから何なんですか椿さん。……はぁ……」

 ぽそりと落とされた最後のため息は私の耳が瞬時に拾い上げ、恥ずかしさに俯けていた顔をハッと持ち上げる。

 「あっ、そうですよね!やっぱり重くてしんどいですよね!すいません!そろそろ代わります!」

 「……いや、そうじゃなくて。……ごめん、無意識です。うん、大丈夫、全然しんどくないです。オレ、そんなやわじゃないから」

 慌てて彼に駆け寄れば王子が眦を下げて私の顔を覗き込むから、思いの外至近距離でメガネの奥の優しい瞳にぶつかってしまった。

 ── ちっ、近い!

 思わず反射的に仰け反ってしまう。

 オフの時のそんな姿でもだだ漏れている色気たっぷりのご尊顔を無闇に近づけないでいただきたい、心臓に悪いから……!

 っていうか私今すっぴんだし!

 「ほっ、本当ですかっ」

 「ん、本当です」

 動揺から少し大きくなってしまった声。

 でもそんな私の様子などお構いなしに、王子はエコバッグを持つ両手を軽く持ち上げ再び歩き出すから、私は慌ててその後を追いかけた。

 そうしてまた他愛のない話をしながら、王子は最終的に私の部屋の前まで荷物を運んでくれたのだった。