「椿さん?」

 急に歯切れの悪くなった私がぴたりと歩みを止めれば、数歩先から王子が振り返る。

 ……黙秘権は、あるだろうか。

 すーっ、と暮れなずむ空に視線を逸らし、一瞬考える。

 いや、ないな。こんな重たい荷物持ってもらってる上に相手は取引先の人だし、あくまでもこれは自転車の方が便利じゃない?という王子の親切心。

 それに上手い誤魔化し方も、今の私には残念ながら思い浮かばないから。

 ……だから、ここは恥を忍んで答えるしかない。

 「……自転車、乗れないんです」

 「え?乗れない?自転車に?」

 そこは「あ、そうなんだ」でサラッと聞き流して欲しいところだったのに、あろうことかがっつりと聞き返されてしまった。

 「……うっ……、はい……。子供の頃、何度練習しても乗れるようにならなくて親にも匙投げられちゃって。でも乗れなくてもそんなに困ることもなかったのでそのまま……」
 
 そんな私のカミングアウトに、王子がメガネの奥の垂れ気味の瞳をまん丸にしたかと思ったら、次の瞬間にはそっぽを向いて吹き出した。

 ……やっぱり笑われた。

 かぁぁぁ!と顔に熱が集まり、それを隠すために俯く。