一瞬、そんなふうに感じたけれど。彼は私に目もくれず、感情の読めない表情で通り過ぎていく。

そりゃあ、そうだよね。学年が違う先輩と、普段話す機会はほとんどないし。

きっと彼は、私のことなんて1ミリも知らないはずだ。

私は、歩いていく先輩の背中を見つめる。

私にとって柊木先輩は、憧れで、手の届かない特別な人。

だから、こうして先輩のことを、ただ遠くから見ていられるだけで良い。

そう思うのと同時に、ほんの少しの寂しさも感じていた。



次の授業が始まるまで、あと15分。

一人になりたくなった私はふと、普段は使われていない空き教室に立ち寄ることにした。

扉をそっと開けると……。

──え?

なんとそこには、窓から差し込む光を浴びながら一人で本を読んでいる柊木先輩がいた。

うそ。どうして先輩がここに?

静かな空き教室には時折、先輩が本のページを捲る音がするだけだ。

もしかしたら彼は、誰にも邪魔されない静かな場所にいたいのかもしれない。

先輩の邪魔をしちゃ悪いと思い、その場を去ろうとしたとき。

ふいに、先輩が文庫本から顔を上げた。

「!」

私の存在に気づいたのか、先輩の表情が一瞬だけ強張った。

もしかして、バレた!?

そう思い、ヒヤリとしたけれど。

先輩はすぐにいつもの無表情に戻り、ゆっくりと本を閉じた。

その瞬間、机の上に置いてあったお弁当箱がするりと滑り、蓋が少しだけずれてしまった。

「あ……!」

開いた隙間から、カラフルな何かがちらりと見えた。

次の瞬間、先輩が慌ててお弁当箱を机の上に置き直そうとした拍子に、中身が私のほうに少しだけ傾く。

その刹那、私は目を疑った。