最短距離

***


 翌日、僕は失態を犯した。
 いつもより30分も寝坊をしてしまったのだ。
 目を覚ますと二階の部屋の外から雨音が聞こえてくる。母さんは起こしてくれなかったんだろうか。
 時計を見たあとでベッドから飛び降りた僕は一階に降りて洗濯物を干している母親と出会す。

「あ、奏太! あんた寝坊よ」

「知ってる」

 学校が始まるのは午前8時45分。ただいまの時間、午前8時30分。
 学校まで歩いて15分、走ればぎりぎり間に合うくらいだろうか。
 着替えを済ませ、食卓に置いてあった食パンを口の中に放り込んで、僕は雨の中大疾走した。


 なんとか時間内に学校に到着し、下駄箱で靴を履き替えている時に頭上からチャイムが降りそそいだ。「やば」と声を漏らし、焦って二階の教室までダッシュする。同じような遅刻組に、生徒指導の先生が「早くいけー」と後ろから叱咤していた。

「はあ……はあ。ぎりぎりセーフ……」

 教室の扉を開けると、皆が一斉にこちらを向いた。普段なら担任の伊藤先生がすでに教卓の前に立っていてもおかしくない時間だが、今日はまだ来ていないようだった。

「なんだ、板倉か」

 誰かが呟く声がして、皆の視線が僕からそらされる。
 なにが、「なんだ、板倉か」だ?
 いつもとはまったく違う教室の緊迫した空気感に自然と背筋がぴんと伸びる。クラスメイトの三分の一が教室の後方に集まっていて、残り半分以上の生徒は自分の席で後方を見つめていた。誰も口を開かない。恐ろしく静かな空間が、夏場にもかかわらず肺の中にひやりとした空気を運んでくるようだった。