最短距離

「ねえ、見た?」

 放課後、僕の左斜め後ろに座る畑中さんが、さらに彼女の後ろに座っている安藤さんに声をかけているのがたまたま聞こえてきて、鞄に荷物を詰めていた僕の手を止めた。

「え、何を?」

「ほら、あの男子が回してた紙」

「紙? 何それ」

「和咲、気づいてなかったの?」

「うん」

 じゃあ、仕方ないな。教えてあげる。

 畑中さんは、男どもの重大な秘密を知って、それを友人に打ち明けるのが楽しみだというふうに、いたずらっ子の声色をしていた。
 僕は、先日の昼休みと同じように、全然聞いていないフリをして彼女たちの会話を必死に追いかける。

「かわいい女子ランキング」

「かわいいじょし、らんきんぐ」

 異国の言葉でも聞いたかのように、安藤さんが反復する。素直な彼女のことだ。この世にそんな不埒なランキングが存在しているなんて、夢にも思っていないのだろう。

「そう。男子が可愛いと思ううちのクラスの女子に、投票してるみたいなの」

「そうなの? それってなんだかすごく、失礼じゃない」

「まったくその通りよ。本当、くだらないよね」

「うん。でもまあ、男の子ってそういう生き物なのかな」

 透き通るような彼女の声が、本来なら僕の心を熱くするはずなのに、この時ばかりは細い針で突かれたみたいに胸がチクリとした。
 安藤さんの言う“男の子”というのが、男という生き物、というよりも誰か特定の人物を言っているような気がしてならなかった。