「それだけでも聞けて良かった。来てくれてありがとう、板倉君」
嬉しそうに微笑む安藤さんの顔が目に浮かぶ。このときの彼女はきっと、どうしようもなくエゴイストで、それは僕自身にも言えることだった。
「っ……」
もうこの場にはいられない。これ以上心が引き裂かれるなんて耐えられない。
たまらなくなって、僕は彼女の部屋の前から離れた。階段を降り、玄関の方へ一直線に向かう。
「ちょっと板倉!」
突然方向転換した僕に、岡田さんは戸惑っているに違いない。けれど僕には、彼女のことを気にしている余裕がなかった。
「あら、もう帰るの?」
一階に降りるとお盆にオレンジジュースを乗せた安藤さんのお母さんが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「すみません、長居するとご迷惑なので、今日はもう帰ります」
「全然ゆっくりしていって大丈夫なのに」
「いえ、突然でしたし。お邪魔しました!」
いち早く、この場から立ち去りたかった。
今日安藤さんと話したことを全部忘れたい。少しでも彼女から遠く離れたい。情けない姿を一分一秒でも他人に晒したくはない。
大急ぎで靴を履き、玄関を出ると、自然と足が速く動いた。早歩きから走り出すまで、十秒と経たなかった。



