「私は……うーん、そうだなあ」

 無意識に、僕は彼女の声を必死に聞き取ろうと耳をそばだてる。
 周囲の話し声や運動場でサッカーなんかして遊んでいる人たちの声が、全部聞こえなくなった。
 安藤さんは、少し考えたあとで、答えを口にする。

「好きな人と一緒にいたい、かな」

 あまりにも、直球だった。
 直球すぎて、質問をした女子も、二の句を継げずにいた。だって、普通こういう場面だったら、「今まで行きたかったけれど、行けなかった場所に行く」とか、「やりたかったことをする」とか、最後の日じゃないとできないことをすると言うのではないのか。

「そ、そっか。和咲は好きな人、いたんだっけ」

 畑中さんの質問からして、安藤さんには恋人はいないようだ。

「うん、いるよ」

「へえ、それって」

 誰? という言葉を、僕は聞き逃さないようにお弁当箱に突っ込んだお箸をそっと宙に浮かせた。
 けれど、なんともちょうど良いタイミングで——いやこの場合は間が悪いとでも言うか、教室の外から、「おーい凪」と、畑中さんを呼ぶ声がして畑中グループ全員が振り返った。

「ああ、美咲。ちょっと待って」

 どうやら、畑中さんを呼んだのは隣のクラスの女子らしい。つくづく、友達が多い人だと思う。畑中さんは、先ほどまで話していた3人に「ちょっとごめん」と両手を合わせてそそくさと廊下に出て行った。
 クラスの女子3人は、突然会話が強制終了させられた上に、畑中さんのあまりの行動の速さに呆気にとられていたようだが、まあいつものことなんだろう。「ねえ、昨日のドラマの続き見た?」と、いかにも女子がしていそうな日常会話を始めた。