最短距離

「はあ?」

 誰だ、と問われる前に、宮沢は気弱な僕の顔を見て、「今なんて?」と目で合図する。

「だから、最悪じゃないかって、言ってるんだ」

 ああ、どうしてこうなるんだろう。
 僕は生まれてこのかた自ら他人に喧嘩を売ったことも売られたこともなかった。そういうのはもっと派手な奴らが、自己顕示欲に塗れた男たちが、僕とはなんら関係のない世界でするものだと思っていた。
 それなのに今回ばかりは完全に、僕の方から喧嘩を売ってしまったことになる。
 しかも相手はクラスでもかなり影響力をもつ宮沢だ。矢部とは違った意味で、彼の発言には力がある。「逆らったらどうなるか分かってるか?」という威圧感を常に纏っていた。
 くだらない。
 そう思いつつ、僕は一瞬身を竦め、「前言撤回!」と叫ぼうかと本気で思案した。
 でも、僕らのやりとりを静かに聞いているクラスメイトの全員が——特に、女子たちの目線が、自分への期待のまなざしに思えて。
 僕の中の少しの正義感が大きく膨らんでゆくのが分かった。

「こんなこと全員の目に見えるように書いて、何か良いことでもあるの? 傷つく人、いるじゃん」

 いま思えば、慎重に言葉を選ばずにこんな台詞を吐いてしまったことが間違いだった。
 宮沢が、はんっと鼻を鳴らしたのと、教室から一人の女子が飛び出していくのが同時だった。