とくに用がある、というわけでもないけれど、なんとなく暇で、晴香の部屋を訪れる。

「入っていいか?」
「う、うん! どぞどぞ!」

 ――初めて異変を感じたのは、そのタイミングだった。
 作業をしているはずの晴香が、返事をしたのだ。

 晴香は作業をはじめるとすぐ没頭するし、その場合、基本的に声をかけても気づかない。
 だから、反応が欲しいときは、基本的にホットタオルをたずさえて行く。
 それでもダメなら、カレーをつくる……と、お母さんが語っていたはずだ。

 だから、返事があるのは、おかしい。

「なんかあった?」
「なにもないよ、作業の進捗はアレだけど!」
「ふぅん……?」

 部屋に入って探りをいれるけど、いつもとの違いは、少しの間だけ、謎にマウスをカチャカチャしていたことくらい。少ししたら、いつもどおり、作業に没頭しだした。

 Vモデルの、新衣装づくりをしているようだ。

 すごく楽しそうで、……羨ましかった。

「……楽しそうに絵描けるって、すごいな」
「楽しそう、っていうか、楽しいからね?」

 ここでも返事があって、驚いていると。

「そういえばかなくんは絵どれくらい描けるの? それで1本動画つくれそう」

 非常に答えに困る質問だった。
 自分の画力について考えるとき、どうしても、絵画教室のトラウマがちらつく。

「そりゃ、まあ。び、美術とかで描いたことあるし、い、い、一応5だし……」

 なるべく取り繕って答えた瞬間、晴香がちょっと疑うような表情をしたから、少し焦った。

***

 その後、晴香が配信部屋にも自室にもいない、と思ったらなぜか父の部屋から晴香の声がしたり、父に護身術を教わっていたり、と、異変は続いた。

 それとなく聞いても絶対に口を割らないから、きっとあえて隠し事をしているのだろう。

 なら、無理に追及することもない。

 そう思っていたある日のこと――ある日、というか8月11日なんだけども。

 晴香と父さんが、夕食後にバタバタと出かける準備をしていた。
 最近のおかしさはこれのためだろうか?

「晴香が出かけるなんてめずらしいな、しかも夜だし、父さんの車だし」
「へへ、どうしても今じゃなきゃダメでさー」

 なんとなく、最近の異変はこれのためだ、という直感があった。

 晴香にも父さんにもはぐらかされたが、2人が支度に奔走する間にお母さんに聞いてみると、すんなりと口を割った。

「口止めはされてないし、いいわよね? ……アンチから晴香のサブアカウントにDMが来て、日時指定で××公園に来いと言われたらしいの。で、そのDMの送り主が、あなたの女嫌いの原因となった人物とそっくりだったせいか、晴香が行きたいと言い出して聞かなくて。しかたなく、何があっても身を守れるように訓練して行くことに決めたんだそうよ」