そんなの知らんよと思うもののジーナはまたイライラされて頭突きやら奇妙なことをされては堪らないために尋ねた。

「なにかすればいいのだろうが、どうすればいいのか分からない。賠償金でも払えばいいのか?」

「賠償金だなんて、妙な冗談を言うのですねフフッ」

 冗談ではないのだけど反応からして金ではないとしたら物か? とジーナにしては珍しく論理的な思考で以って答えに到達することに成功する。

「なにか物でも、ハイネさんは欲しいものでもある?」

 右手が強く握り返されいつものハイネの熱から明らかに上がったのを感じた。だがハイネの表情は冷ややかそのものだった。

「えー別にありませんけど、まぁそれであなたの気がすむのなら私は構いませんよ」

 早口で返って来るが、つまりどういうことなのだろうか? だいたい構わないってなんだ? どういうことかとジーナは首をひねるも、まぁいいか金や物で済むのならそれで済ませておけ、長い目で見れば安上がりだ。と我が恩人による商いの教えをジーナは思い出した。

「私はそれで気が済むと思うからそうしよう」

 冷ややかさから困惑な顔にハイネは変わりジーナの顔をじろじろと見だした。

「あなたらしくもなく随分と素直ですね。どうしました? いつものめんどくささはどこに行ったのです?」

 めんどくさいのはそっちでは? いや私もまためんどくさいのかなと考えているとハイネは困惑から良くない感じの笑みを浮かべていった。

「では、そこまで言われるのならそういうことにしておきますか。これはそちらから出た案ですからそういうことですよ」

 なにを言いたいのかよく分からないもののジーナは頷くとその動きで疑問が生まれた。

「そういえばハイネさんは食べ物だと何が好き?」

「駄目です。そうじゃないです」

 会話がまるで噛み合っていない。好きと尋ねて駄目とはどういうことだ? それともダメとかいう名前の食べ物でもあるのか?

「……まぁいつも通りのめんどくささを出してきましたね。説明しますと、ほら仕事先で買い物をしてきて欲しいのですよ。あそこは南方から珍しいものが出てきますからね。あなたは役目上そういうことができるでしょうが、こちらはそうはいかないので」

「あぁそういうことか。それで欲しいものはなにかを」

「だから私が欲しいものがあるとかないとかじゃないんですってば。分かりませんか?」

 なにを言っているのかさっぱり分からない……と間違いなく表情にそれが出たせいでハイネの顔がいつもの不機嫌そうなものへと変わっていく。コロコロと転がるように変わる顔だ。

「あのですね、これはお詫びの形としての贈り物でありますが、主にあなた自身を苦しめるこんなことをしてしまいたいへんにすまない、という気持ちを済ませたいというものであるのですよ。そんなあなたのその意を汲んだこの私が受け入れを承諾した。よって私が欲しいものがなにかとかそういうことは聞いてはならないのです。だって私は物をねだったりしているわけではないのですから、駄目」

「じゃあ私はなにを買えばいいんだ?」

「それを考えるのがあなたなんですよ。わからないかなぁ。つまりは私のことを想いながら街を歩き買い物をする。ずっと私のことを考える。こんな説明をさせないでくださいよ」

 今度は怒りだしてジーナはこれじゃ金の方がずっと楽だったなと思い心中溜息をついた。私はいったい何を買えばいいのか……剣とか? ハイネさんの持っている剣はちょっと短めだから長いのを。

「けどまぁジーナさんに任せたら武器の類を買ってくる可能性が大ですからねぇ」

「いま剣の可能性を考えていたが」

「危ない危ない。分かりました、こんなことを言うのは不本意ですがあなたのため仕方なく伝えます……こういう場合は装身具の類が良いかもしれません」

「それはアクセサリーのこと?」

「さぁ……とにかくあなたが頭を使って探して選ぶのが、大事なんですよ」

 なんでこんなに面倒な言い方をするのだろうか、あれ欲しいと伝えてはいよと買って解決すればいいのにとジーナはそうとしか思えなかった。

 この人はいったい何を求めているのか? もしかしてこうやって苦しめることも含めての償わせ方であるのか? そうなら納得だなと。きっと女は男を苦しめるのが好きなのだろう。ただひたすらに残酷なのだろう。

「……善処する」

「はい頑張ってください」

 言葉は短くそのハイネの顔は明るい笑顔であった。人を苦しめておいてこんなにきれいな笑顔を向けるとは、ヘイム様といいこの人といい、私はなんでこんな恐ろしい存在たちに弄ばれているのかと使命のためとはいえジーナの胸は切なくなった。

 気が付くと道はほぼ歩き終わって兵舎がすぐ目の前にありハイネは手を離した。

「では話も終わりましたし私はここで」

 と立ち止まりやっと解放されたかとジーナは笑顔になるとハイネも微笑み、それからなにか思いついたのか耳元に近づき生温かい吐息と共に囁いた。

「バザー、楽しみですね」

 と言い残し離れ二度手を振り返りながら去っていった。楽しみって、なんだ? とジーナは天を仰ぐ。私は全然楽しくないのに呑気なものだなとまた溜息をつくと、お疲れさまでしたと腰の近くから声が飛んできた。

 そうだ。アルがいたとジーナは思いだす。

「それにしても大変でしたね。何ですかあの恋人気取りの勘違いは。隊長もえらいですね。あんなのに怒鳴ったりせず誠実に対応なさって」

 恋人? なんだその不可解で不快感のある単語は?

「いま恋人とかいったがこれはそういう意味不明な言葉による関係ではない。キルシュとブリアンと全然違う」

「それはそうですよ。好き同士がくっつき長い年月が流れすぎて自他の関係が不明になったバカップルです。あれを参考にしたらいけませんよ」

「よく分からないがあの二人とは明らかに違うな」

「勿論違いますよ。隊長は言うまでもなくあれに気が無くて、あちらはああやって気があるんですよというポーズをとって男をからかって遊んでいるいつもの手口だと僕は思っていますよ。不潔だ」

 吐き捨てたアルの言葉を聞きながらジーナの心はどうしてか暗いものとなっていった。

「隊長もああしてはぐらかしてよく分からないを連発したのはさすがだと思いましたよ。お前の言っていることは分からん、これです。それでもって意味不明な脅迫で物品を要求されましたが、無視しましょう。買う必要なんてありませんよ」

 無言を強要されて捲し立てるアルの言葉にジーナは抵抗感があり良い言葉を探した。普段ならそんなことする必要もないはずなのに。

「いや、そのな、言ったからにはなにかしらを買わないといけないだろう。それだと私が約束を守らない口ばかりの男になってしまう」

 既に壮大に約束を破っているのは、やはり悪いことなのだろうとジーナはため息を吐く。

「うーむ。そうか、たとえ相手がどれほどに外道だとしても約束したからには守ることの尊さ。そうですね、そうしてこそ隊長というものです。うん、やはりエライ。男だ」

「っでなにを買ったらいいのだろうな?」

「あの口ぶりはおそらく指輪です。だから指輪でも買ったらいいんじゃないですか? それも思いっきり安物をです。つまりお前はこんな程度の指輪をはめるぐらいの価値しかないだと間接的かつ直接的に伝えるのもいいですよ」

 そうか、一理あるが、でも、これに相談したのは間違いだったなと後悔しながらジーナは首を振る。

「それはちょっと」

「えっ駄目ですって隊長。きちんとメッセージを発しないとあっちは痛々しく勘違いしたままですよ」

 なんだかハイネが危ない女扱いされ出していたが、ジーナはアルが露骨な女性嫌悪者であるとよく知っているからそこを差し引いて考えた。

「けど安物かどうかの区別なんかつくのか?」

「つきますよ。女ってそういうところに目ざといというかそればっかり考えていますから。中級品と高級品の差はすぐには分かりませんが、下級品はすぐにわかりますよ。あれは安物をつけて自分は軽く見られたくないという虚栄心の塊ですからね。贈り物ってのはそういう意味で武器にもなります。そうです、隊長はこれからあの女を攻撃する武器を買うということですよ。精神攻撃です」

 女性嫌悪者の癖にやけに詳しいなとジーナはアルの頭頂部を眺めながら思いその案を検討するもさっきの声が聞こえた。バザーが楽しみだと、あれがもしも指輪の件で、自分の代わりに買い物をしてくれることだったらと予想すると無下にはできなかった。

「そこそこのを買うよ。まぁ私の財布じゃもともと自動的に安物だけどな」

 自虐をするとアルは遠慮なく笑いだした。

「それもそうでしたね。隊長は貧乏人ですから奮発してもせいぜい中の下が限界でしょうから説諭してもしなくてもあまり変わりはないですね」

「おいちょっとそれは酷いぞ」

「まぁまぁそこはともかく隊長の任務はバザーに行くことですよね? あっいいです否定しなくて。僕はそっち方面の出身ですし今の時期に買い物といったらあそこしかないですから」

 狼狽しながらもそういえばアルはソグ南の出身であることを思い出し昨日教わったシオンの言葉が再生される。

 そこは少数民族の自治によって運営されており、そして一大交易イベントがバザーである。
加えてその自治方針を決めたのが、シオンの先祖である龍の騎士であり、そのことでアルはシオンのことを女性としては唯一敬意を示していることも。

「別に任務のことなどは聞きません。むしろこちらからお教えいたします。装飾品の店といいましたら、そうですね。一店いいところがございますよ。それは私の親類が商っている店でして、帰ったら紹介状をお書きいたしますから、ちょっとはおまけしてくれるかもしれません。
まっこれはいつもお世話になっている隊長へのちょっとした恩返しということで……」

 そのバザー当日である蛇の日が、きた。