こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

 ヘイムの言葉にジーナは振り向き、目が合う。見えなくても、見えた。その瞳はいつものように静かで透き通った色なのであろう。

 しかしそれは命が失われていくようなその色を見ているとジーナは憎悪が湧き怒気を抱いた。

「そうしたらそなたの願いが叶うな。ここまでご苦労であった。そなたは龍に会うために、龍を討つために、ここまで妾を導いてくれたようだが、それでも妾は数々の武勲に対し感謝をしている」

 力が抜けるのをジーナは感じヘイムの手を強く握ることができなくなっていく。

 少しでも動いたら離れてしまう、そんな限界が迫っていく儚い繋がりがそこにあるかのように。

 だがヘイムはそのことに一切気を遣わずに、語り続ける。

「妾らがいまいる場所が分かるか? ここが龍と人の間となるのだ。ここから下が人であり、ここから上が龍だ。妾は、そうなるためにここを上ってきた。上るためにここに来た。そなたもまた、同じことをしに来たのだろう」

 そうだ、とジーナはヘイムの言葉を肯定するも、首は頷かない。止めている。

 何かが止めている。

「そうであるからそなたもまた、ここから下が人であり、ここから先が討つものとなる。妾の中にいる龍を、討ちにな。ある意味でそなたも、龍だ。討つものという、龍」

 ああ、とジーナは何かを悟ったような気がし、手の力がまた抜ける。

 私の中にある、何らかの意思がそれを告げる。そうであると。

 それが真実であると。それに従えと……龍に従えと。

「よって、ここにいるのだ龍を討つものよ。妾はここから一人で階段を上り、龍となり、そなたと相対峙する。それが互いの使命であり、互いに望み続けたものであり、互いの宿命だ。相違ないな?」

 相違ない、とあの声が湧き身体を縛り付けてくる。ヘイムの手の力が更に緩まっていく。

 同意の言葉を声に出し手を離したら、それは終わりであり始まりであり、それから始まり終わるのであろう。

 そのためにここに来たのだから、受け入れろ、とジーナは心の中で言った。

「受け入れるよ」

 ジーナの口から言葉が漏れ、もう手と手ではなく、指と指、そして指先へと離れていく中でジーナは見上げる。

「なら手を離せ」

 もう離れだしているのにヘイムはそう言った。言われなくてももう離れ別れる。そして階段を上がり龍となる私は……

「もう離している……」

 ジーナは口から出た自分の声に違和感を抱く。これは、誰の声だ?

 自分の声ではない、自分はこんな……涙ぐんだ声を出さない、出すはずがない。するとヘイムの表情が脳裏に浮かんだ。

 見えていないのに、いまの声すら聞こえていないのに、ヘイムは無言で泣いている。涙の音はしない、だがそうであるはずだと。

 その涙は私に対して? 私の涙に対して反射して? それなら、そうであるのなら、いまこうして手が離れていくのは……自分の意思によるものだとしたら、だからジーナは……男は、右手を印に当て、爪を立て刺した。

 自分の内からうめき声が聞こえ、左手の指が、左手が伸び、微かに力が入り掴む。そのヘイムの手。

「手を離せ」

 ヘイムは言ったがジーナは首を振る。

「手を離せ。手を離せと言っている」

 だがヘイムは口でそう言うのみで手を振りほどこうとはしなかった。出来るはずだ。

 この僅かな力でしか握れない手だとしたら、ヘイムにだってできるはずだ。

「ヘイム、聞いてくれ」

 なにを言うのだ、とジーナは我に返った。私は何を伝えたいのか?

 ヘイムは沈黙のまま待っている。私を、私の言葉を待っている。

 なにを望んでいる? それは分からない。逆に自分は何をヘイムに望み欲しているのか?

 ここまでして歩き、手を掴み、行かせないようにする、その意志とはなにか?

 分からない……この闇のように、何も見えない。だが歩き続けてきた。

 ひとつの目的のために……あと一歩まで来た。なにをヘイムに言う? 言うことは一つしかなかった。

 私は一本の道しか歩いてこなかった、だから、とジーナはもう一度言い、語る。

「ヘイム、聞いてくれ。私は無限の試練を乗り越えここまで来た。それは龍を討つためにだ」

 ヘイムが無言のまま頷いているのを感じた。

 こんなに分かり切った話であるのに、何も言わずに初めて聞くかのように。

「私は使命のために生きてきた。西の地から砂漠を渡り内乱に参加し幾度もなく戦い血を全身に浴びながら戦い、殺し合い勝利し続けてきた。けれども、私にはなにもかもが耐えられた。それは私が選ばれたものであり、使命を背負った戦士であり、それが栄光であるからだ」

 まだジーナは分からない。この自分の言葉の意味が、なにを、なにを、なにをヘイムに伝えようとしているのか?

「私は、使命のなか恍惚さに包まれていた。撤退戦のなかソグ山の決戦のなか私は叫び続けた。自らの罪を討つために龍の元に行くと。そうだヘイム。私は龍を討たない限りどこにも行けない、帰れない。そういう存在なんだ。この身の全てをその使命に捧げていた。それ以外に、無いのだ。無なのだ。私はそういった意味では……本質的な意味では……」

 言葉が詰まり息も止まろうかというぐらいの苦しみがジーナを襲うも、ヘイムは手を握り返した。

 さっきの自分と同じ力で以て。それでジーナは息を吸った、吸えた。そして息を吹き返しながら言った。

「私は死んでいる」

 ヘイムは首を振った。振ったと想像できた。激しく早く、言葉に対して拒絶し。

「そなたは生きている。生きているではないか。いつ死んだというのだ? 妾はずっとそんな風に思えたことは無かったぞ」

「あなたに会ってから……より正確に言えば、あなたに会わなければならなくなったその時から。予感と疑惑はあったがそれは気のせいかもしれなかった。違うものであるかもしれないと。だがあの日のソグの館のあの時、私はあなたと出会い予感は的中した。あなたこそ私が討たなければならない龍であった……」

 ヘイムの手の力が強くなりジーナは自分の中に温かい何かが溢れて来るのを感じた。

 死とは遠い何かが、この語りから反する何かが、自分は死の話をしているというのに。

「ヘイム、私は龍となるあなたを討ちに来た」

 告白に対しヘイムの反応は無く、ただ掌の温もりだけがあった。

「その為にあなたに会った、けれど出会わなければよかった。それは会う前から、会った瞬間から、そしていま別れようとしているこの時も思う会わなければよかった。そうしたら私は苦悩することなく完全なままでいられた。完全なるものとなれた」

「それは妾も同じだ」

 返事が届きジーナの思考は停止する。ただ手は震えていた。理由は不明のまま震え、目尻が熱くなる。

「だけど私はいつも思う、いつもいまも、思う。私は何に対してここまで苦しみ悩んでいるのかと。闇なんだよヘイム。私は分からないことばかりあり、何も見えてこない。今のこの状況と同じで、語る内容もそうで、出口が見えない……迷って悩んで苦しんで。あるのはヘイムの手と言葉だけだ。その他はなにもない」

「そなたがいるだろうに。思い考え語るそなたがそこにいるではないか」

 それとヘイムの手を掴むその力、とジーナはその手を取る。

 いまは微かな繋がりではなく互いの全てを包みこむ握手となり、外れるようには思えない。

 どちらかの意思がそれを放棄しない限りは。

「私は、その使命のために生きてきたというのに苦悩だなんて……死と同じではないかと思う」

 流れ続ける内なる想い。それを呑み込み喰らい続ける闇と静かに待つヘイム。

 なにを待っているのか? 私の語りの果てにある、なにを待つというのか?

「私は使命と共に生き、使命と共に死にたかった。ジーナとして生きて死ぬ。そういう存在であったのに。けど、いまの私を見てくれ。これがあなたと出会ってから今に至る私の姿だ。あなたと出会わずにいたらジーナは……龍を討つものはこのようなことにはならなかった。意識や苦悩などせず、無意識と恍惚のなかで戦い続け、いまここであなたが龍となることを待機し、そして……」

 ジーナは……ジーナのその後姿を想像した。あの日のように、あの時のように、龍に飛び込む討つものの姿を。

 だがそれは自分の背中ではなく……

「ではジーナ……いいや、そうではないものよ」

 そうではない自分、とジーナは……男は呼びかけに固まった。

「それでは今は何を思っておる?」

 思ってはならないことを思っている……いや思ってはいないのだと男の思考は闇と同化し、無となった。

 思うことは許されないことだだから思う前に、言葉にする。

 苦悩や迷いなどせずそのまま言葉にする。

「ヘイム、私はな、私はこのままひとつになれたら、と思う。共にいられたら共に歩めればいいと。だから……だから……」

 語りながら意識が遠ざかっている、と男は感じ闇へ落ちていくように手から力が抜けかかると、その手は引っ張られた。

 闇の果てからヘイムが、引き寄せている。このヘイムがいなかったら、ヘイムがいなかったら……私は、私こそが死ぬのだろう。

 私は……男は朦朧とした意識の中で逆に手を引きその存在の全てを闇もろとも引き寄せた。

「ヘイム、龍にならないでくれ」