シオンの言葉にルーゲンは理解が追付かないのだろうか、突っ立ったまま固まり瞬きすらできずにいる。
「私が通しました。ヘイムが事前に要請したのです。彼が来たら通せと。私も考えましたがそれに従うことにしました。何となれば彼はまだ護衛という立場ですし、ヘイムもこの状況下で彼に伝えたいことでもあったのでしょう。そういうことですルーゲン師。あなたを通すことはできません」
まだルーゲンは動けずにいる。シオンの言葉に反応することすら拒んでいるように祭壇の扉の方向をジッと見つめている。
これが幻だと思い込もうとしているのか? やがてルーゲンは目を三度瞬かせ前に進もうとするが、シオンの腕に引っ掛って進めない。
「腕をどかしなさい龍の騎士よ」
「いいえ、どきませんよ龍の婿。いまヘイムは大事な時を迎えているのです。あなたが行くことはない。どうかここでお待ちください」
ルーゲンはもう説得を諦めたのか強引に行こうとするが腕をどかすことはできず、叫ぶ。
「龍の騎士よ! 道を開けろ! そうでないと力づくでも!」
「なら、どうぞ」
杖が払われたのとその場で跳んだのは同時であった。ルーゲンは間合いを取り杖を構える。特別製のその杖。
堅い木材を圧縮したことにより威力と硬度が並外れた代物である。
シオンは自分の敵ではない、と思いつつも身体が重くなるのを感じた。
これが何かということをすぐに理解し、そうかこういうものなのだと初めて知った。
「もうそのように手が届かないところまで行ってしまっていたとは……龍の騎士よ。あなたは使命を放棄し龍を討つものを祭壇所に入れた……これに勝る大罪は見当たらないだろう」
使命? とシオンは荒い息を吐きながら靄が掛かりつつある頭の中で考える……いや浮かんでくるものをひとつひとつ確認する。
今まで再生しなかった母の声ばかりが心に鳴っては弾け広がっていく。
シオン、ヘイムを頼むわよ……支えて……この子の身体は欠落を抱える……だからあなたが私に代わって後見人として守護者として騎士として……
「私はヘイムの……」
「そのものは死んだ!」
一喝にも似たルーゲンの声によってシオンは自分の眼から涙が落ちたのを感じた。
事実という毒が、胸の奥に破裂し、喉の奥から血の臭いがこみ上げ空白を埋め満たしていく。
「死に瀕していた龍族の身体に龍が入った時にそれは、死んだのだ。あなたが生きていると信じ込んでいるからこそあたかもそれは生きていると思っているのだろうが、もう死んでいる! 肉体的にも精神的にも、そしてこれからあなたの記憶からも消えて死ぬのだ! その名は死だ」
シオンは、涙が止まらない自分が情けなくこの上なく惨めだと唇を噛みしめて耐えた。
泣くな、それは事実を認めていることになるじゃないか、と。だが駄目だった。涙は堪えれば堪えるほど湧いてくる血のように……塞がっていた傷が開いて自分の意思とは無関係に溢れ流れ苦しめる血とこの涙は同じものだった。
色だけが違う、痛みだってある。
「何を悲しむ! それが我々が望んだ龍の新しい秩序だ。あなたはその秩序の為に命を賭け身を尽して戦って来たはずだ。僕の言葉が聞こえているのなら理解できたはず、今度こそできたはずです。僕と共に祭壇所に行き龍を討つものと戦い、龍を守護するのだ龍の騎士よ! それがあなたの役目であり使命だ! 何を迷う考える、受け入れよ!」
受け入れる……とは? とシオンはルーゲンの言葉を反芻する。ヘイムは死に龍が復活し世界の秩序は再生される。
それであり、それだけだ。思うも思わざるもなく、これまでこれを受け入れて生きてきたではないか?
「諦めよ。もう時間が経てば明日にでもなればあなたもその死んだ者のことは思い出すことはない。受け入れよ! あなたは龍を討つものと長い間、時を共にしたためになんらかの影響か暗示を受けてしまったのだ!」
そうジーナ、とシオンはルーゲンの元へ歩き出した。私はあの男に騙されている可能性はないだろうか?
その不思議な力によって……ハイネのように自分でも気づかないうちに……それはヘイムも同じようにして、騙され支配され、この最後の時にジーナを祭壇に入れるように仕向けた……そうではないのか?
「目を覚まされよ!」
そうだ目を覚まさなければならない……シオンは薄れていく意識の中でヘイムとジーナを思った。
私達二人を……騙したあの男は……ヘイムを……そう、二人は、手を繋いでいる。ソグのあの龍の庭園を歩いているのを遠くから見ながら自分は近づいて行くとヘイムと目が合う。
まだ距離がありあちらがこちらに気付いているのか分からないというのに、どうしてか自分にはヘイムがこちらに気付いたと分かるのである。
そうすると不思議なことに私は歩く速度を意識的に落としてしまう。それはどうしてだったのだろう?
湧き出る疑問の中でシオンは自分がいまソグにいることにした。あそこならその全てをいま再生することができる。
自分達があそこに帰ってこれた日のことも。ジーナがやってきた日の時のことも。だからその一日のその時を再生することだってできる。
私は、いま、とある一日の夕方を迎えている。午後三時ごろの会議を終えて午後五時前に龍の館に戻ってきたところ。
この時刻の二人はあの庭園の芝生を歩いている時刻。ジーナは私の代理でそれをやっている。
その散歩をお願いする時に彼は決まって「はい」といいつつ表情に嫌悪感を浮かべその隣のヘイムは皮肉そうな笑みを浮かべていた。
考えてみると、いや考えるまでもなくこれはおかしいことだし良くない態度だというのに、そうだとは自分は思えなかったとシオンは思い出す。
ジーナに託して部屋を出て彼らは二人きりになる……これもいま考えるとあまり良くないことだと思えるのに、あの頃はそんな風にはまるで思えなかった。
それで、いまこうして龍の館の門を開き庭園に近づいて行く。私の歩く道は決まっている。
そのことをヘイムは分かっているだろう。門が開く音をたて私の足音が庭園に小さく規則正しく鳴る。法則と約束によって秩序づけられているように。
石畳から葉を踏む音、その音を耳聡いヘイムは聞き分けるだろう。彼女だけがその合図を知っている。
芝生地へ向かう小道を私は歩く。道の先には芝生地がありそこでは二人が歩くシルエットが見えた。
ほら、一番奥にいるのにヘイムの目がこちらに向けられている。
ジーナは当然こっちに顔を向けているが私に気付いていないから目は見てはいない。
私の早歩き気味な歩調は穏やかになる。いまこの想像の中において、何を思って歩みをこうさせるのか?
ここでもしも、とシオンは歩く二人を見ながら思う。自分がこのまま進まずにいるとしたら……そう思うと同時にシオンの歩みは止まる。こんなことは一度もなかった。だが想像の中であるから、そうした。
二人はいま背をこちらに向けて夕陽に向かって歩いているように見えた。
その薄赤き色の夕焼けの景色に吸い込まれていく二人。
自分が行かないとしたら時が止まり二人は永遠に歩き続けるのではないのか?
もしも、それが可能だとしたら……彼と共に歩き続けることで生きることが可能だとしたら。それを自分が望んでいるとしたら……シオンは歩みを再開させ二人に近づいた。反応はいつも一緒、この想像の中でも簡単に再生できる。
「お待ちしておりましたシオン様。どうぞこちらを」
いつも通りにジーナが労苦から解放されたと言わんばかりの顔をする。
「遅かったぞ。もっと早くに帰ってこい」
とヘイムが目配せをしたというのに反対のことを私にいつも言っていた。あれはどういう意味だったのか? あれは……
「急ぎましたよ」
「ではなぜ、止ってこちらを見ていたのだ?」
記憶にない言葉をヘイムが突然言い出した。
そう、さっき私は初めて止った。でもこれは自分の意識の中にある想像であって……
「どうした? なにかやましいことでもあるのか? ないのなら、答えよ」
再度尋ねるヘイムの表情は不機嫌そうであり苛立ちと哀しみが見て取れる。
こんな問いなどしたことはない。ヘイムの言葉がどこから湧いてくるのか
意識と想像はまだ途切れないだから、私は、これに応えなければならない。
答えは……私は……ただ、ただ……
「私はあなたたち二人がそのままずっとそうやって歩いていられれば良いな、と思っていただけです」
答えにならないとシオンは思うも聞いたヘイムは苦笑いで返した。
あの子らしい曖昧な返し方に私も思わず笑い返すもジーナは釣られずに意味が分からないのだろうから仏頂面を下げていた。
ヘイムはこうやって返し笑い歩く……これのどこがいったい、死人だというのか。
「違う……違う違う違う違う」
夕陽の世界は消え、全てが眠りにつく夜に対しシオンは返した。
「ヘイムは生きているからこそ、ジーナを祭壇所に入れたのだ」
「そうではない」
ルーゲンは杖を向け、否定する。
「死んでいる。もう死んでいるのだ。そのものの名は死だ」
「殺すなルーゲン! そうだお前はずっとヘイムを殺し続けてきた。死を願い続けてきた。だから私は、私は、お前のことを」
憎悪し嫌悪し続けてきた、と言う前に杖が突き出されシオンは避け、跳んだ。
身体が重い、とシオンはますます重力を感じ出しルーゲンの杖をもう一度避け、遠ざかる。
ルーゲンが構え睨む。次で自分は討たれる、とシオンは予感めいたものを感じ取る。
剣を抜かなくてはならない。そしてルーゲンと戦わなければならない。だがそれは誰のために?
それは龍の為に……いいや、そうではなく。
「龍の騎士よ。しばらく眠っていて貰う! 僕は龍の元に行かなければならないのだからな」
「私は、龍の騎士ではない!」
叫ぶ前にルーゲンが掛かって来る。
「駄目だ……駄目だルーゲン! お前をヘイムの元には行かせない」
杖の先端だけが見える。狙いは分かる。正中線の胸の中央。シオンの手は剣にまだ触れられない。
「私はお前とヘイムのことを、決して認めない」
跳ぶルーゲンに抵抗するように叫ぶたびに自由を取り戻しているかのように。
そしてシオンは剣の柄に手がかかる、足は動かない。
「私は、ヘイムを」
杖は避けられない、とシオンは覚悟し再度あがくようにして言葉を振り絞った。
「護るものだ」
シオンは、龍の騎士ではないものは、剣を振り抜くと同時に胸に衝撃が来て、夜空の星が眼前一杯に広がった。
無音のなかシオンは思う。早く祭壇所に行かなくては。ヘイムがまた……いや遅く行ってもいいのだ、必ず行くというのなら。
また、とシオンは星の輝きを見つめながらジーナを思う。あれが不機嫌になっても別にいいなと。
三人で、いつものように集まれるのなら、それでいいと……なら少し休もう、とシオンは瞼を閉じた。
「私が通しました。ヘイムが事前に要請したのです。彼が来たら通せと。私も考えましたがそれに従うことにしました。何となれば彼はまだ護衛という立場ですし、ヘイムもこの状況下で彼に伝えたいことでもあったのでしょう。そういうことですルーゲン師。あなたを通すことはできません」
まだルーゲンは動けずにいる。シオンの言葉に反応することすら拒んでいるように祭壇の扉の方向をジッと見つめている。
これが幻だと思い込もうとしているのか? やがてルーゲンは目を三度瞬かせ前に進もうとするが、シオンの腕に引っ掛って進めない。
「腕をどかしなさい龍の騎士よ」
「いいえ、どきませんよ龍の婿。いまヘイムは大事な時を迎えているのです。あなたが行くことはない。どうかここでお待ちください」
ルーゲンはもう説得を諦めたのか強引に行こうとするが腕をどかすことはできず、叫ぶ。
「龍の騎士よ! 道を開けろ! そうでないと力づくでも!」
「なら、どうぞ」
杖が払われたのとその場で跳んだのは同時であった。ルーゲンは間合いを取り杖を構える。特別製のその杖。
堅い木材を圧縮したことにより威力と硬度が並外れた代物である。
シオンは自分の敵ではない、と思いつつも身体が重くなるのを感じた。
これが何かということをすぐに理解し、そうかこういうものなのだと初めて知った。
「もうそのように手が届かないところまで行ってしまっていたとは……龍の騎士よ。あなたは使命を放棄し龍を討つものを祭壇所に入れた……これに勝る大罪は見当たらないだろう」
使命? とシオンは荒い息を吐きながら靄が掛かりつつある頭の中で考える……いや浮かんでくるものをひとつひとつ確認する。
今まで再生しなかった母の声ばかりが心に鳴っては弾け広がっていく。
シオン、ヘイムを頼むわよ……支えて……この子の身体は欠落を抱える……だからあなたが私に代わって後見人として守護者として騎士として……
「私はヘイムの……」
「そのものは死んだ!」
一喝にも似たルーゲンの声によってシオンは自分の眼から涙が落ちたのを感じた。
事実という毒が、胸の奥に破裂し、喉の奥から血の臭いがこみ上げ空白を埋め満たしていく。
「死に瀕していた龍族の身体に龍が入った時にそれは、死んだのだ。あなたが生きていると信じ込んでいるからこそあたかもそれは生きていると思っているのだろうが、もう死んでいる! 肉体的にも精神的にも、そしてこれからあなたの記憶からも消えて死ぬのだ! その名は死だ」
シオンは、涙が止まらない自分が情けなくこの上なく惨めだと唇を噛みしめて耐えた。
泣くな、それは事実を認めていることになるじゃないか、と。だが駄目だった。涙は堪えれば堪えるほど湧いてくる血のように……塞がっていた傷が開いて自分の意思とは無関係に溢れ流れ苦しめる血とこの涙は同じものだった。
色だけが違う、痛みだってある。
「何を悲しむ! それが我々が望んだ龍の新しい秩序だ。あなたはその秩序の為に命を賭け身を尽して戦って来たはずだ。僕の言葉が聞こえているのなら理解できたはず、今度こそできたはずです。僕と共に祭壇所に行き龍を討つものと戦い、龍を守護するのだ龍の騎士よ! それがあなたの役目であり使命だ! 何を迷う考える、受け入れよ!」
受け入れる……とは? とシオンはルーゲンの言葉を反芻する。ヘイムは死に龍が復活し世界の秩序は再生される。
それであり、それだけだ。思うも思わざるもなく、これまでこれを受け入れて生きてきたではないか?
「諦めよ。もう時間が経てば明日にでもなればあなたもその死んだ者のことは思い出すことはない。受け入れよ! あなたは龍を討つものと長い間、時を共にしたためになんらかの影響か暗示を受けてしまったのだ!」
そうジーナ、とシオンはルーゲンの元へ歩き出した。私はあの男に騙されている可能性はないだろうか?
その不思議な力によって……ハイネのように自分でも気づかないうちに……それはヘイムも同じようにして、騙され支配され、この最後の時にジーナを祭壇に入れるように仕向けた……そうではないのか?
「目を覚まされよ!」
そうだ目を覚まさなければならない……シオンは薄れていく意識の中でヘイムとジーナを思った。
私達二人を……騙したあの男は……ヘイムを……そう、二人は、手を繋いでいる。ソグのあの龍の庭園を歩いているのを遠くから見ながら自分は近づいて行くとヘイムと目が合う。
まだ距離がありあちらがこちらに気付いているのか分からないというのに、どうしてか自分にはヘイムがこちらに気付いたと分かるのである。
そうすると不思議なことに私は歩く速度を意識的に落としてしまう。それはどうしてだったのだろう?
湧き出る疑問の中でシオンは自分がいまソグにいることにした。あそこならその全てをいま再生することができる。
自分達があそこに帰ってこれた日のことも。ジーナがやってきた日の時のことも。だからその一日のその時を再生することだってできる。
私は、いま、とある一日の夕方を迎えている。午後三時ごろの会議を終えて午後五時前に龍の館に戻ってきたところ。
この時刻の二人はあの庭園の芝生を歩いている時刻。ジーナは私の代理でそれをやっている。
その散歩をお願いする時に彼は決まって「はい」といいつつ表情に嫌悪感を浮かべその隣のヘイムは皮肉そうな笑みを浮かべていた。
考えてみると、いや考えるまでもなくこれはおかしいことだし良くない態度だというのに、そうだとは自分は思えなかったとシオンは思い出す。
ジーナに託して部屋を出て彼らは二人きりになる……これもいま考えるとあまり良くないことだと思えるのに、あの頃はそんな風にはまるで思えなかった。
それで、いまこうして龍の館の門を開き庭園に近づいて行く。私の歩く道は決まっている。
そのことをヘイムは分かっているだろう。門が開く音をたて私の足音が庭園に小さく規則正しく鳴る。法則と約束によって秩序づけられているように。
石畳から葉を踏む音、その音を耳聡いヘイムは聞き分けるだろう。彼女だけがその合図を知っている。
芝生地へ向かう小道を私は歩く。道の先には芝生地がありそこでは二人が歩くシルエットが見えた。
ほら、一番奥にいるのにヘイムの目がこちらに向けられている。
ジーナは当然こっちに顔を向けているが私に気付いていないから目は見てはいない。
私の早歩き気味な歩調は穏やかになる。いまこの想像の中において、何を思って歩みをこうさせるのか?
ここでもしも、とシオンは歩く二人を見ながら思う。自分がこのまま進まずにいるとしたら……そう思うと同時にシオンの歩みは止まる。こんなことは一度もなかった。だが想像の中であるから、そうした。
二人はいま背をこちらに向けて夕陽に向かって歩いているように見えた。
その薄赤き色の夕焼けの景色に吸い込まれていく二人。
自分が行かないとしたら時が止まり二人は永遠に歩き続けるのではないのか?
もしも、それが可能だとしたら……彼と共に歩き続けることで生きることが可能だとしたら。それを自分が望んでいるとしたら……シオンは歩みを再開させ二人に近づいた。反応はいつも一緒、この想像の中でも簡単に再生できる。
「お待ちしておりましたシオン様。どうぞこちらを」
いつも通りにジーナが労苦から解放されたと言わんばかりの顔をする。
「遅かったぞ。もっと早くに帰ってこい」
とヘイムが目配せをしたというのに反対のことを私にいつも言っていた。あれはどういう意味だったのか? あれは……
「急ぎましたよ」
「ではなぜ、止ってこちらを見ていたのだ?」
記憶にない言葉をヘイムが突然言い出した。
そう、さっき私は初めて止った。でもこれは自分の意識の中にある想像であって……
「どうした? なにかやましいことでもあるのか? ないのなら、答えよ」
再度尋ねるヘイムの表情は不機嫌そうであり苛立ちと哀しみが見て取れる。
こんな問いなどしたことはない。ヘイムの言葉がどこから湧いてくるのか
意識と想像はまだ途切れないだから、私は、これに応えなければならない。
答えは……私は……ただ、ただ……
「私はあなたたち二人がそのままずっとそうやって歩いていられれば良いな、と思っていただけです」
答えにならないとシオンは思うも聞いたヘイムは苦笑いで返した。
あの子らしい曖昧な返し方に私も思わず笑い返すもジーナは釣られずに意味が分からないのだろうから仏頂面を下げていた。
ヘイムはこうやって返し笑い歩く……これのどこがいったい、死人だというのか。
「違う……違う違う違う違う」
夕陽の世界は消え、全てが眠りにつく夜に対しシオンは返した。
「ヘイムは生きているからこそ、ジーナを祭壇所に入れたのだ」
「そうではない」
ルーゲンは杖を向け、否定する。
「死んでいる。もう死んでいるのだ。そのものの名は死だ」
「殺すなルーゲン! そうだお前はずっとヘイムを殺し続けてきた。死を願い続けてきた。だから私は、私は、お前のことを」
憎悪し嫌悪し続けてきた、と言う前に杖が突き出されシオンは避け、跳んだ。
身体が重い、とシオンはますます重力を感じ出しルーゲンの杖をもう一度避け、遠ざかる。
ルーゲンが構え睨む。次で自分は討たれる、とシオンは予感めいたものを感じ取る。
剣を抜かなくてはならない。そしてルーゲンと戦わなければならない。だがそれは誰のために?
それは龍の為に……いいや、そうではなく。
「龍の騎士よ。しばらく眠っていて貰う! 僕は龍の元に行かなければならないのだからな」
「私は、龍の騎士ではない!」
叫ぶ前にルーゲンが掛かって来る。
「駄目だ……駄目だルーゲン! お前をヘイムの元には行かせない」
杖の先端だけが見える。狙いは分かる。正中線の胸の中央。シオンの手は剣にまだ触れられない。
「私はお前とヘイムのことを、決して認めない」
跳ぶルーゲンに抵抗するように叫ぶたびに自由を取り戻しているかのように。
そしてシオンは剣の柄に手がかかる、足は動かない。
「私は、ヘイムを」
杖は避けられない、とシオンは覚悟し再度あがくようにして言葉を振り絞った。
「護るものだ」
シオンは、龍の騎士ではないものは、剣を振り抜くと同時に胸に衝撃が来て、夜空の星が眼前一杯に広がった。
無音のなかシオンは思う。早く祭壇所に行かなくては。ヘイムがまた……いや遅く行ってもいいのだ、必ず行くというのなら。
また、とシオンは星の輝きを見つめながらジーナを思う。あれが不機嫌になっても別にいいなと。
三人で、いつものように集まれるのなら、それでいいと……なら少し休もう、とシオンは瞼を閉じた。


