こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

 報告書にはこうある。アルは定期的にその狭間の地帯に行き一族のテントを訪問している、と。

 だがそれは以前からのものであり、ジーナが逃走してから発生したものではないとのこと。

 滞在時間も長くはなく、かといって短くもないものであり、出ていくときは真っ直ぐ兵舎に戻ると報告されてあった。

 では一族のものが? とは尾行の兵もその可能性については早い段階から想像しており、アルだけではなく一族のものがどこか不審な場所に行ってはいないかと数日様子を見るも、そのような動きは特には無かったとのこと。

あるとしたら深夜か、それとも明け方? だが周囲の聞き込みでは目立った男や不審な男の姿はなく、深夜は赤ん坊の泣き声だけが泣き響いているぐらいだとのこと。明け方は鶏が鳴いても誰も起きはしない。

 状況的には白だとしか言えないけれど、とシオンは報告書を何度か読み直してから外出用の服装となった。

「私で無ければ分からないなにかがあるかもしれない。それに」とシオンは今日届いた報告書の山を一瞥して溜息を吐いた。

「何も見つかりませんでした、西へ逃走したと思われます、森の奥深くに潜伏している。こういう任務に倦みきり早く終わらせたいといった文章なんてこれ以上読みたくもありませんしね」

 日に日に町は活気がつき祭りの興奮状態が永続し続けているようであった。

 戦乱が終わり新たなる時代、と龍の始祖以来の出来事に人々は酔い、また伝説の目撃者になれるという恍惚の中にいると言ってもよかった。

 しかしシオンは自分の心が人々の心からは遠く離れていることを群衆の中で感じ取った。

 感じ取るしかないこの温度差にシオンは寒気すら覚えた。

 自分はジーナを逮捕するという使命を背負っているので人々の心と離れている、とシオンはそう思っていたが、ふと思った。

 本当にそうなのか? と。自分がもしもジーナを捕まえた場合は、では人々と心を一つにしこの至福の感覚の中に浸れるのか?

 捜索隊の兵士は全員そうであろう。龍身様自身もそうであり、ルーゲン師もまた同様であり、ハイネもまた大喜びで龍の意思と一つとなれるだろう。

 では、自分は? とシオンは自らに問うた。しばらくしてから勿論と心の中で言い、息が止まった。なんだその間と躊躇いは?

 そもそもの話、それは問うべきものでも考えることでもないはずだ。

 龍は我々の中にいて、嬉しさや喜びを与えてくれる存在なのだ。

 そうであるのにその時を止めようとしている不信仰の反逆者ジーナの逮捕を望んでいないような、この心とは何だ?

 私はいったい彼に対してどのような心をいま抱いているのか?

 彼が龍の護衛であった時期が、ソグの龍の館に彼が来た頃が懐かしくまた気持ちの良さの感覚へと繋がっていると。

 シオンは詳細は思い出せないまでもその温もりを覚えていた。

 それはいったい何であろう? 龍身様はジーナに対して名すら呼ばないほどに距離があるというのに、ジーナもまた龍身様と会話どころか名すら呼ばないというのに。

 では何と呼んでいたのか? それは……それは? それは彼に会えば思い出せる? だから私は……胸の奥が締め付けられていると後ろから声が掛けられた。

「あのシオン様? こんなところで何をしておられますか?」

 振り返るとそこにはアルが立っていた。

「何故あなたがここに?」

「それはこちらの言葉ですよ。こんな狭間の地帯にあなたのような方がいましたら、それはもう目立つに目立ちますよ」

 そうだろうなとシオンは自分の異物感を認めた。こんな曖昧で寂しげな空間に自分はまるで似合わないだろうと。

 背景に馴染めていない、景色にはない色をしている、そもそもの話、自分の服装と見た目は目立つものであるし。

「なにかお探しでも?」

 アルの問いにシオンは笑った。獲物が狩人に対して獲物は取れました? と聞くようなものであると。

 考えながら歩いていたらいつの間にここに辿り着いてしまうほどに考えすぎなためか、頭が一杯でありこれ以上の思考は嫌になったシオンは一息を入れてから、アルに告げた。

「アル君の一族のテントのなかに入りたいの。あなたたちの秘密を見せてもらって、良いかしら?」

 真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐに尋ねるとアルの動きが止まった。息も時も止っているのだろう。

 古来よりアルの一族は龍の騎士の要求を拒絶できない。

 シオンはその権力を行使することを昔から嫌っていたが、ここでは使うことにした。

 これ以上思考力で頭をこんがらがらせたくなかったが、数秒経ってもそのままのアルを見て心配となり、シオンが肩を叩くと、動いた。

 しかしその表情は重く暗いものへと急変し、シオンは内心の期待が高まり快感になりつつあった。これは、もしかして!

「こんなに早く秘密が漏れていただなんて。畏まりましたシオン様の御要求を拒絶できません。ですがシオン様、この件はどうか、その、ご内密にはできませんでしょうか?」

「いいえできません。庇う気持ちは分かりますが、私の役目上、見過ごすわけにも行きません」

 しかし、と言いたいところを堪える苦渋に満ちた表情のアルを見ながらシオンはスムーズな協力を得るために妥協する姿を見せることとした。

 あのアルが自分に対してここまで抵抗するとは、と驚きながら。

「けれどもですアル君。他のものに見つかるよりも、この私に見つかった方が良いかと思いますよ。悪意を持つものやよく理解していないものがもしも偶然見つけてしまったら、お互いに良くない結果になるでしょう。この私はよく理解していますし何よりも悪意がありません。他の誰が見つけるかよりも、より良いことになるかと我ながら思います。アル君もこの私になら、と思うでしょう?」

 慌ててアルは無言で頷いた。それでいいのだそれで。あなたはまずジーナよりも私を優先するべきであり、私の言に従うべきである。

 そう、私なら、とシオンは一人で納得していた。ハイネに捕まってめんぐいことになるよりも、他の兵隊に捕まって暴力を受けるよりも、ソグ僧に捕まって寺院の薄暗い牢獄にぶち込まれるよりも、この私の手に捕まってバルツ将軍と相談をし、彼の保護下のもと儀式終了まで大人しくされる。いいや大人しくさせる。

 これが彼にとっても私にとってもベストであろう。一人で頷きながらシオンはアルに命じた。

「ではアル君。案内してもらえるかしら」

「……了解しましたご案内します。ですがどうかシオン様。どうか、シオン様だけがお知りになることに留めていただけませんか?」

「ふむ……アル君。この件はかなり上層部の間でも深い問題になっているものであって、私だけの胸の内に留めることはできないわ」

 アルの表情は暗く瞳は失意が滲んだ色で小さく光る。こんなアルの眼を見るのはシオンにとって初めてだった。

「けれど、どうであっても酷い目には絶対に合わせないと約束する。保護し、龍身様の御怒りに触れないよう、私からお願いするわ。どうか私の言葉を信じて。決して他の人よりも酷いことにはなりはしないと」

 そう念押しするように言うとアルの顔が輝きシオンは訝しんだ。この子はそんなにジーナのことが好きだったのかしら?

 たまに辛辣なところを見せていたような気もするけれども。

「そのお言葉に感謝いたします。僕は龍の騎士を信仰しておりましたが、まさかここまでのお約束をして頂けるなんて……ではどうぞ中にお入りください」

 違和感と妙なところがあるもののシオンは導かれるままアルの後ろをついていき、見慣れた南ソグの少数民族のクリーム色のテントの中へと入っていった。

「お邪魔させていただく」

 さてジーナは、とシオンは広いテントの中を見渡すと、男衆は外に働きに出ているのか一人を除いて誰もおらず、女衆は老婆と若い女が一人のみがいるだけであった。人達は声を発せず赤子の泣き声が、一際大きく鳴る。大した歓迎である。

 どう見ても彼はジーナではないな、とこちらを見つめる男を見返しながらシオンは思った。

 そう、テント中のどこをどう見てもあの男もしくはその類がいない。

「このような歓迎で申し訳ありません。彼らは怯えているだけなのです。どうかご容赦を……おいみんな! お客様だから安心しろ!」

 アルが声をあげると緊張感に満ちた場の空気は幾分か和らいだが、それでも警戒の色が残った。

 いったいジーナはどこにいるのだ?

「あのアル君? どこにいますか?」

 シオンの問いにアルは全く動じずに、指差した。

「あの子、です」

 その指先を見ると視線を合わせずに震える若い娘、おそらく私よりも若い子がいた。ひょっとしてあのジーナの女? いつの間に?

 あいつ……また違う女に手を出して……! とシオンはジーナへの軽蔑感と不信感を滾らせながらも怖がらせないようにゆっくりと近づくと、女は立ち上がろうとするも手で制し、その傍で身を屈し赤子を見た。まだ生まれて間もないだろうが、ジーナに似ていないことに安心した。あんな奴に似なくてよかったですね娘さん。

「この子に、間違いはありませんね?」

 確認のために聞くとアルは力強く頷いた。

「間違いはありません」

 よぉし……とシオンは安堵感と共に赤子に微笑むも、無視され泣き声を出された。

 しかしこれで問題は解決し全ての決着がつくと確信したシオンはその反応もまた良しであった。

 あの男を捕えてこの子を認知させジーナとこの名も知らない幸薄そうな細身な娘とを結ばせる。絶対にだ。

 このことがハイネに伝わったら幻滅必至で憑きものが落ちたようにジーナへの執着心も消えてなくなる。

 こんなのは若さゆえの過ちであっただけのことです。

 それにしてもまさか知らない若い娘と子供を作っていたなんて……やはりとんでもない奴だったわけだ。手が早くてやることは素早くやるとか、まさにお前は盗人だ。

 嗚呼!私の眼に狂いはなかった。あの男は不誠実の塊。嗚呼!ハイネに何も無くて良かった。申し訳ないないが知らない女の犠牲で済んで良かった。

 それもたぶん私が近くにいたおかげなんでしょうけれども。

「やはり私の眼に狂いはありませんね」

 気分がいいために口から言葉が漏れるとアルがそれを拾った。

「とてつもない御慧眼でございます。細心の注意を払って秘密にしていたことがバレてしまうだなんて。やはり龍の騎士には隠し事はできません」

「ふふっ私に秘密事はいけませんよ。しっかしまぁ良くやるものですね。あの彼がこんなことを仕出かすだなんて」

「……はぁ、そういう御方でしたからね」

 アルの言葉にシオンは振り返って心の中で叫んだ。

 えっ! ジーナはそういうやつだったの? 男達には承知のことでいつもそういうことをする奴だったの? 信頼していなかったけれどとてもショックである。まさかハイネは既に奴の毒牙にかかっているのでは? 

 そんなシオンの混乱を無視しながらアルは続けた。

「この様子では、他にもいる可能性はありますが……」