痕跡があったという報告がきた。森の奥、奥の奥、誰も入ったことのないぐらいの奥に、それがあった。
「そこは中央からどれほど離れているのだ?」
龍身並びのソグ上層部から当然ルーゲンとシオンは同じ疑問を抱き同じ質問をし、同じ答えが返ってきた。
そこは既に中央を基準にしてはならないぐらいの距離である、と。
森の奥は無限には広がってはいない。
西北に連なるその森林地帯は広大ではあるものの北の平原と西のシアフィル草原へと徐々に同化していく。
逆にその森から中央を目指すものという可能性を考えられないほどに暗い、その森。
「もしかして単純に西に逃げたのでは?」
「遭難をしてしまったのでは?」
「焚火のあとなどからしてごく最近のものだ」
「なによりも、ここから中央に戻るのには道に迷わずとも半日はかかる」
「ひょっとしたらここら辺に迷宮への入り口が?」
初めての収穫とも言える発見に興奮した兵たちは捜索を再び始めるも、二つのものを探すも二つのものはどちらも出てこず、森は闇へと姿を同化していく。
「楽観的観測が許されるのならば彼は逃亡したと考えてもよろしいかと」
「入り口はやはりどこにも見つからず、無いものをこれ以上探すのは不毛なのでは?」
「捜索している兵の数を減らし警護に当てた方が確実なのでは?」
「そもそもの話。あのようなものに儀式が止められる力があるとでもいうのか?」
「捜査をはじめてかなりの期間が経つが何か被害があったという報告はありましょうか?」
報告が届き意見が述べられ議論が交わされるなかで、どんな言葉が押し寄せてきてもそれでもシオンは最後の最後で一つのことのみが揺るがなかった。
ジーナは、来る。
たとえどのような状況に陥ったとしても、来る。それは確実なのだと。
そう思うものの兵たちの熱意や数は減らされていくことは避けられなかった。
それでもこれが打ち切られないのは龍身の強い意思からのものであるものの、そこには限界がある。
事情聴取しようとした兵が逃げたので追いかける……公式的にはこれだけであり、これ以上の内情は出せない。
「この龍の休憩所で私の分からない箇所はどこにありませんよ」
ハイネはお茶を飲みながら笑顔でそう言い切った。
「ただし最上階と祭壇所以外ですけれど。そこは龍身様が自らお調べになられていらっしゃるようでして、何も無いとのことです」
そのやつれている顔を見るにシオンの胸が痛んだ。それでも以前よりも美しくなっているということが不思議でもあった。
「あなたがそう言うのですからまずそうなのでしょうね」
シオンは休憩所の周辺を一瞥してそう言った。まるで姑のような心持で隅から隅まで丹念に粗捜しの喜びを微かに感じながら。
「はい。小姑となったかのように自分の指先で確認しました。階段の一段一段を煉瓦の一つ一つの隙間を感触を床石の組み合わせさえも丹念に眺めまわし、ついに判明いたしました。仕掛けなど、ないということを」
無いことを発見したということか、とシオンは青空に向けて溜息を吹いた。何とも無駄なことを……いや、違うか。
「偉大な発見だと私は思いますよ」
「ありがとうございます。今日は久しぶりの休日気分です。もう、探すものがなくなった感で何もする気が起きませんもの。逆にですよ。こんな秘密の建造物であるのに仕掛けや隠し扉や隠し階段が無い方が、私には異常にも思えます」
首を振りながらハイネが菓子に手を付けたのを見るとシオンの心は安らいだ。ようやく何か食べてくれるかと。
「全くですね。一つぐらいからくりがあったほうが普通に思えてしまいます。中央の御城だってそうですし、ソグの龍の館にだっていくつものとっておきの仕掛けがあるというのに、ここにはないとはとてもじゃありませんが信じられませんね。ソグのは私が知っているのだけでも十数個ありますし、仕掛けもいじくればすぐに発動するもの。凝り過ぎると故障しやすくなりますしまず覚えることが困難になります。ハイネだってあちらの仕掛けを参考にこちらのを探したのですよね? あちらのソグのからくりの匠によって作られた仕掛けを元にして探せば大抵のものは見つけられますし、こんな年代物の建物のなんて容易というのに、無いとは」
「……私は思うのですよ姉様」
焼き菓子が齧られる乾いた音が大きく鳴りシオンの身体は固まった。まるで自分が齧られたような気分となりシオンはハイネを見る。
そこには不気味としか思う他ない奇妙な表情があった。怒っているのか笑っているのか、曇っているのか晴れているのか、光か闇か、混沌として一色ではないある意味で鮮やかに彩られた顔色がそこにあり、唇が不思議な動きをしながら言った。
「ヘイム様が隠しているという可能性です」
その名を呼ぶ音は低く歪んでいるというのにシオンには綺麗な音に聞こえる。聞こえたのだ。
だからシオンはあえて尋ねた。
「もう一度、いいですか?」
「はい。ヘイム様がわざと隠しているという可能性があると私は見ています。姉様は信じられないでしょうから再びお尋ねになられたのでしょうが、それ以外に考えにくいと私は見ます」
頬を上気させながらハイネが言うとまた菓子を齧って呑み込んだ。しかし音は低く小さく、さっきとは違った。
さっきのような緊張感を含ませていない音。それは安堵感? だがいったい何に対してその気持ちを抱いたというのか?
「姉様もそうお思いになられていますよね?」
問いにシオンは首が縦に僅かに動く。動く? この身体は勝手にどうしてそんな動きを?
「ありがとうございます。でも姉様はお役目上あまりそのようなことは……と言いましたら私だってそうですねフフッ。まぁそこは置いておきまして、私の話しをお聞きください。先ほど申しましたように私は龍の休憩所を調査致しました。人員を費やし時間をかけ隅から隅まで、それこそ龍身様の御寝室まで許可を得て徹底的にです。その一方で入れない場所もあります。最上階の祭壇所前の広間とその祭壇所。へイム様が調査ということになっていますが、隠し扉を見つけているというのに見つけていないとこちらに申されているのであれば」
「……なんのために?」
問うたわけでもない呟きがシオンの口から出るとハイネの眼が光った。紅が光る。
だがそれは汚れが滲み固まった血のように黒を混ぜた瞳の光。汚い光。
「ねぇ姉様……これはあの二人の計画という可能性というのはどうでしょう? つまり予め示し合わせており、儀式当日までジーナは森の中に隠れその日に森の隠し入口からこの休憩所に入り昇り、同じく祭壇所にある隠し扉をヘイム様が開けます。これがジーナが繰り返す龍に会いに行くという意味だとしましたら全てが繋がります。あの人は頑なまでにその二つを調査させないのですよ。いくら神聖なる場所だとしましても、この緊急時に立ち入りを禁止、忙しい中で自分で調べて特に異常なしだなんて、申し訳ありませんが信じられません」
自分で自分の言葉によって興奮しているハイネは瞳の色を赤から黒に変えながら語る。熱さえ感じるぐらいだとシオンは額を拭った。
「……ヘイム様が」
ここでもまた久々に名を呼ぶとシオンはある種の爽やかさを感じた。
「何故そうなさるのかは不明ですね。まぁ単純にルーゲン師が嫌いだということかもしれませんが、そう考えましたら確かに不可解な多くの部分の辻褄があいます」
ハイネは首を縦に細かく振って微笑み身を乗り出した。その顔は綺麗じゃないな、とシオンは見て思った。
「それでハイネ。あなたはその言葉を信じていますか?」
ハイネの表情から微笑みが消えた。
「自分が言った言葉を信じますか? あなたがよく知るあのジーナは、そのようなことをヘイム様と相談し計画して、上手く実行する。そんな男ですか?」
問うとハイネの瞳は赤色に戻りながらその身体も椅子へと戻った。
「いいえ。そんな綿密なことを考えるような男ではないです。それだったらどれだけ楽だったか。彼は思考が読めないというか、もしかしたら何も考えていないから困るのですよ。こちらの想像からずっと離れたことばかりする」
ハイネは顔を横に向け明後日の方向を見つめた。憂いを帯びたその横顔をシオンは気に入った。
あなたはそういう顔も、とても似合っている。
「分かりやすかったらあんな複雑な森に逃げませんね。ハイネはあの森の奥にある焚火の痕をどう見ますか?」
問うとハイネは軽く噴き出した。演技ではないとシオンは感じた。
「姉様も分かっているのに敢えて聞かれるのですね。立場上言えないのでしょうから私が代わりにお答えしましょう。そんなのフェイクですよ。わざと一番奥にそのようなものを残し自分はそこにいると思い込ませようとしている。もう捜索班も倦怠気味ですしあそこでそのようなものを見つけましたらもう森から脱出したと思いたいものです。既に報告書ではそう書かれていましたよね? これ以上の捜索は無意味だとする意見が続出したと。彼は、これらの意見が出て来るのを望んでいたはずです。彼は意味不明で理解できないことばかり考える人ですけど、戦士としての行動は頗る合理的かつ理性的であると聞きます。彼の今の心理は目的を目指すことだけを使命づけられた戦士のようなものです。それが危険だから脱出しよう、多勢に無勢だから撤退しよう、などと怖気づき逃げた痕跡を残して中央から去る……有り得ないことです。でもそれぐらい分かりやすかったらかえって良かったかも、というのは置いておきます。そうです、彼は逃げません。絶対にこの龍の休憩所に行き、あの祭壇所に行きます。これを私は確信していますしヘイム様だって確信しています。そして姉様あなたも、そうじゃありません?」
シオンは反応を示さないもののその心の中では同意した。全く同じ意見であり、報告を受け取った瞬間からそう思っていた。
ただ言葉には出さなかった。しかしそれは何故? と人から問われることも自分で問うこともしたくないがためにシオンは沈黙した。
「私の予想では、彼は案外近くにいますよ。この付近の森かまたは地下迷宮かもしくはもうここ龍の休憩所に入り……潜伏先はあそこかも」
ハイネは上を指差し祭壇所を示すもシオンは指先に目を向けなかった。
「それは無いと私は思えます」
「私もそうは思いますが、疑惑を晴らすことができません。あの人は晴らそうともしない。姉様。ジーナの件は姉様自身が捜した方がきっとお早いはずですよ。私には何だかそう思えます」
シオンはハイネの推論にはそれ以上答えずに、お礼を返した。
「……龍身様にお頼みして最後の二つの調査の依頼をしてみます」
答えるとハイネは悲痛さと喜びの色が混ざった顔を向けた。
「是非そうなさってください。もうあの人にそのようなことを言えるのは姉様だけです」
……ジーナもそうだったな、とシオンは思い出した。
「そこは中央からどれほど離れているのだ?」
龍身並びのソグ上層部から当然ルーゲンとシオンは同じ疑問を抱き同じ質問をし、同じ答えが返ってきた。
そこは既に中央を基準にしてはならないぐらいの距離である、と。
森の奥は無限には広がってはいない。
西北に連なるその森林地帯は広大ではあるものの北の平原と西のシアフィル草原へと徐々に同化していく。
逆にその森から中央を目指すものという可能性を考えられないほどに暗い、その森。
「もしかして単純に西に逃げたのでは?」
「遭難をしてしまったのでは?」
「焚火のあとなどからしてごく最近のものだ」
「なによりも、ここから中央に戻るのには道に迷わずとも半日はかかる」
「ひょっとしたらここら辺に迷宮への入り口が?」
初めての収穫とも言える発見に興奮した兵たちは捜索を再び始めるも、二つのものを探すも二つのものはどちらも出てこず、森は闇へと姿を同化していく。
「楽観的観測が許されるのならば彼は逃亡したと考えてもよろしいかと」
「入り口はやはりどこにも見つからず、無いものをこれ以上探すのは不毛なのでは?」
「捜索している兵の数を減らし警護に当てた方が確実なのでは?」
「そもそもの話。あのようなものに儀式が止められる力があるとでもいうのか?」
「捜査をはじめてかなりの期間が経つが何か被害があったという報告はありましょうか?」
報告が届き意見が述べられ議論が交わされるなかで、どんな言葉が押し寄せてきてもそれでもシオンは最後の最後で一つのことのみが揺るがなかった。
ジーナは、来る。
たとえどのような状況に陥ったとしても、来る。それは確実なのだと。
そう思うものの兵たちの熱意や数は減らされていくことは避けられなかった。
それでもこれが打ち切られないのは龍身の強い意思からのものであるものの、そこには限界がある。
事情聴取しようとした兵が逃げたので追いかける……公式的にはこれだけであり、これ以上の内情は出せない。
「この龍の休憩所で私の分からない箇所はどこにありませんよ」
ハイネはお茶を飲みながら笑顔でそう言い切った。
「ただし最上階と祭壇所以外ですけれど。そこは龍身様が自らお調べになられていらっしゃるようでして、何も無いとのことです」
そのやつれている顔を見るにシオンの胸が痛んだ。それでも以前よりも美しくなっているということが不思議でもあった。
「あなたがそう言うのですからまずそうなのでしょうね」
シオンは休憩所の周辺を一瞥してそう言った。まるで姑のような心持で隅から隅まで丹念に粗捜しの喜びを微かに感じながら。
「はい。小姑となったかのように自分の指先で確認しました。階段の一段一段を煉瓦の一つ一つの隙間を感触を床石の組み合わせさえも丹念に眺めまわし、ついに判明いたしました。仕掛けなど、ないということを」
無いことを発見したということか、とシオンは青空に向けて溜息を吹いた。何とも無駄なことを……いや、違うか。
「偉大な発見だと私は思いますよ」
「ありがとうございます。今日は久しぶりの休日気分です。もう、探すものがなくなった感で何もする気が起きませんもの。逆にですよ。こんな秘密の建造物であるのに仕掛けや隠し扉や隠し階段が無い方が、私には異常にも思えます」
首を振りながらハイネが菓子に手を付けたのを見るとシオンの心は安らいだ。ようやく何か食べてくれるかと。
「全くですね。一つぐらいからくりがあったほうが普通に思えてしまいます。中央の御城だってそうですし、ソグの龍の館にだっていくつものとっておきの仕掛けがあるというのに、ここにはないとはとてもじゃありませんが信じられませんね。ソグのは私が知っているのだけでも十数個ありますし、仕掛けもいじくればすぐに発動するもの。凝り過ぎると故障しやすくなりますしまず覚えることが困難になります。ハイネだってあちらの仕掛けを参考にこちらのを探したのですよね? あちらのソグのからくりの匠によって作られた仕掛けを元にして探せば大抵のものは見つけられますし、こんな年代物の建物のなんて容易というのに、無いとは」
「……私は思うのですよ姉様」
焼き菓子が齧られる乾いた音が大きく鳴りシオンの身体は固まった。まるで自分が齧られたような気分となりシオンはハイネを見る。
そこには不気味としか思う他ない奇妙な表情があった。怒っているのか笑っているのか、曇っているのか晴れているのか、光か闇か、混沌として一色ではないある意味で鮮やかに彩られた顔色がそこにあり、唇が不思議な動きをしながら言った。
「ヘイム様が隠しているという可能性です」
その名を呼ぶ音は低く歪んでいるというのにシオンには綺麗な音に聞こえる。聞こえたのだ。
だからシオンはあえて尋ねた。
「もう一度、いいですか?」
「はい。ヘイム様がわざと隠しているという可能性があると私は見ています。姉様は信じられないでしょうから再びお尋ねになられたのでしょうが、それ以外に考えにくいと私は見ます」
頬を上気させながらハイネが言うとまた菓子を齧って呑み込んだ。しかし音は低く小さく、さっきとは違った。
さっきのような緊張感を含ませていない音。それは安堵感? だがいったい何に対してその気持ちを抱いたというのか?
「姉様もそうお思いになられていますよね?」
問いにシオンは首が縦に僅かに動く。動く? この身体は勝手にどうしてそんな動きを?
「ありがとうございます。でも姉様はお役目上あまりそのようなことは……と言いましたら私だってそうですねフフッ。まぁそこは置いておきまして、私の話しをお聞きください。先ほど申しましたように私は龍の休憩所を調査致しました。人員を費やし時間をかけ隅から隅まで、それこそ龍身様の御寝室まで許可を得て徹底的にです。その一方で入れない場所もあります。最上階の祭壇所前の広間とその祭壇所。へイム様が調査ということになっていますが、隠し扉を見つけているというのに見つけていないとこちらに申されているのであれば」
「……なんのために?」
問うたわけでもない呟きがシオンの口から出るとハイネの眼が光った。紅が光る。
だがそれは汚れが滲み固まった血のように黒を混ぜた瞳の光。汚い光。
「ねぇ姉様……これはあの二人の計画という可能性というのはどうでしょう? つまり予め示し合わせており、儀式当日までジーナは森の中に隠れその日に森の隠し入口からこの休憩所に入り昇り、同じく祭壇所にある隠し扉をヘイム様が開けます。これがジーナが繰り返す龍に会いに行くという意味だとしましたら全てが繋がります。あの人は頑なまでにその二つを調査させないのですよ。いくら神聖なる場所だとしましても、この緊急時に立ち入りを禁止、忙しい中で自分で調べて特に異常なしだなんて、申し訳ありませんが信じられません」
自分で自分の言葉によって興奮しているハイネは瞳の色を赤から黒に変えながら語る。熱さえ感じるぐらいだとシオンは額を拭った。
「……ヘイム様が」
ここでもまた久々に名を呼ぶとシオンはある種の爽やかさを感じた。
「何故そうなさるのかは不明ですね。まぁ単純にルーゲン師が嫌いだということかもしれませんが、そう考えましたら確かに不可解な多くの部分の辻褄があいます」
ハイネは首を縦に細かく振って微笑み身を乗り出した。その顔は綺麗じゃないな、とシオンは見て思った。
「それでハイネ。あなたはその言葉を信じていますか?」
ハイネの表情から微笑みが消えた。
「自分が言った言葉を信じますか? あなたがよく知るあのジーナは、そのようなことをヘイム様と相談し計画して、上手く実行する。そんな男ですか?」
問うとハイネの瞳は赤色に戻りながらその身体も椅子へと戻った。
「いいえ。そんな綿密なことを考えるような男ではないです。それだったらどれだけ楽だったか。彼は思考が読めないというか、もしかしたら何も考えていないから困るのですよ。こちらの想像からずっと離れたことばかりする」
ハイネは顔を横に向け明後日の方向を見つめた。憂いを帯びたその横顔をシオンは気に入った。
あなたはそういう顔も、とても似合っている。
「分かりやすかったらあんな複雑な森に逃げませんね。ハイネはあの森の奥にある焚火の痕をどう見ますか?」
問うとハイネは軽く噴き出した。演技ではないとシオンは感じた。
「姉様も分かっているのに敢えて聞かれるのですね。立場上言えないのでしょうから私が代わりにお答えしましょう。そんなのフェイクですよ。わざと一番奥にそのようなものを残し自分はそこにいると思い込ませようとしている。もう捜索班も倦怠気味ですしあそこでそのようなものを見つけましたらもう森から脱出したと思いたいものです。既に報告書ではそう書かれていましたよね? これ以上の捜索は無意味だとする意見が続出したと。彼は、これらの意見が出て来るのを望んでいたはずです。彼は意味不明で理解できないことばかり考える人ですけど、戦士としての行動は頗る合理的かつ理性的であると聞きます。彼の今の心理は目的を目指すことだけを使命づけられた戦士のようなものです。それが危険だから脱出しよう、多勢に無勢だから撤退しよう、などと怖気づき逃げた痕跡を残して中央から去る……有り得ないことです。でもそれぐらい分かりやすかったらかえって良かったかも、というのは置いておきます。そうです、彼は逃げません。絶対にこの龍の休憩所に行き、あの祭壇所に行きます。これを私は確信していますしヘイム様だって確信しています。そして姉様あなたも、そうじゃありません?」
シオンは反応を示さないもののその心の中では同意した。全く同じ意見であり、報告を受け取った瞬間からそう思っていた。
ただ言葉には出さなかった。しかしそれは何故? と人から問われることも自分で問うこともしたくないがためにシオンは沈黙した。
「私の予想では、彼は案外近くにいますよ。この付近の森かまたは地下迷宮かもしくはもうここ龍の休憩所に入り……潜伏先はあそこかも」
ハイネは上を指差し祭壇所を示すもシオンは指先に目を向けなかった。
「それは無いと私は思えます」
「私もそうは思いますが、疑惑を晴らすことができません。あの人は晴らそうともしない。姉様。ジーナの件は姉様自身が捜した方がきっとお早いはずですよ。私には何だかそう思えます」
シオンはハイネの推論にはそれ以上答えずに、お礼を返した。
「……龍身様にお頼みして最後の二つの調査の依頼をしてみます」
答えるとハイネは悲痛さと喜びの色が混ざった顔を向けた。
「是非そうなさってください。もうあの人にそのようなことを言えるのは姉様だけです」
……ジーナもそうだったな、とシオンは思い出した。


