自分への排除が本格的に始まったとジーナは思った。

 予定の日にちが過ぎても龍の休憩所への召喚命令が来なかった。

 来るのは一方通行である兵舎待機の一文のみ。

「どうも最近立て込んでいてね。ほら龍の休憩所の屋上のあそこ。準備やらで忙しいらしくてさ、龍身様が戻られるのは夜遅くだよ。そんで朝早くだからこっちも参っちまうよ。あたしは上の方には行けないけどそれでも忙しくてねぇ」

 キルシュから事情を聴くも具体的なことはなにも分かりはしなかった。儀式はソグ僧の手によるもの。

 よってそこから話を聞けばいいのだが……その伝手はいまは無かった。

 ルーゲンとは久しく会っていない。そしてどこか予感めいたものがあった。

 もう自分はルーゲンとは以前のようには会えずまた以前のように話も出来ないだろうと。

 それは両者の合意がどこかで感じられた。そんなことを話し合ってもいないというのに。

「休みの日でも手伝いで荷物を持ってくれるなんて、やっぱり隊長は偉いね! さすがブリアンの次に良い男さ!」

 声を弾ませながらキルシュは龍の休憩所への階段を登って行き、その後ろをジーナが大きな箱を抱えてすこし辛そうに登っていく。

 よりによってこんな重い物を……とジーナは思ったもののこのキルシュの欲深な判断に感謝をしていた。

 排斥は、浸透している。ジーナは龍の休憩所へ行くためにキルシュの手伝いをしたいと申し出ると大喜びで歓迎するも、あっ!と顔を曇らせた。

 無言で眉をひそめているのでジーナは聞いた。答えは予てから予想済みなことであった。

「……あのねよく分からないんだけどハイネから隊長を手伝わせちゃ駄目だって前に言われたんだよね。まぁあたしはたまに隊長に仕事を押し付けたりしていることをあの子は嫌がっていたんだろうけど……その時はちょっと言い方が変だったんだよね。その、言葉にはしていないけど、もっと上の方からそう命じられていたような。でもあの子は上からの命令とかあまり受けないんだけどねぇ」

「……そうか。でも大丈夫だ。これはキルシュが私に頼んだ仕事ではなく、私がキルシュに頼んだ仕事の頼みなんだ。だから責任は全部私にある、安心しろ」

「なるほど! 隊長は都合が……頭がいいな!」

 と滅多に聞かない褒め言葉と共にジーナは箱を一つ頼まれたがどう考えても二人がかりのものであった。

「最近人手が足りなくてね。そのでかぶつをどうしようと考えていたらちょうど隊長が引き受けてくれて、助かったよ。女手だと4人がかりかもしれなかったから困っていたんだ」

 道中呪いの言葉を時々口にしていたが、あとで、祝福の言葉へと変わる。

 顔なじみのいつもの門衛が、ジーナを止めた。既に手は広く回っている。

 ジーナは召喚命令が出るまでこちらには入れない。これはそういう指示であると門衛二人はすまなそうに苦しげな表情で説明する。

 それが誰のなにによるものかは一切話すことができない様子でありジーナは駄目かと諦めかけると、キルシュが二人に挑んだ。

「ちょっと待ってさ! どこの誰がそんな変な命令を出したんだよ! 隊長は龍の護衛さ! 龍の護衛様相手に何だその態度は。いきなりすぎるよ、そういうのは事前に連絡してくれないとこっちは困るさ。ほらいまこんな問題が発生しているんだ、どうすんだ」

 ですからーと困惑と冷や汗を浮かべながらごにょごにょと言い訳がましく言うとキルシュはなお咆える。

「帰れって言うのか帰れと? この荷物を持って? 冗談じゃないさ。せっかくここまで持ってきたのに。この大きさは見ればわかるさ。すごく大事なものが入っていて今日までに持っていかないといけないことになっているんだよ。隊長が帰ったらどこの誰がこれを持ちあげるんだ、言ってよ」

 指示が指示がの一点張りにキルシュは強硬に時には柔軟に返すも、一向に埒が明かない。

「二回目は無いから、これだけ、ねっ? ……駄目? じゃあいいよあたし一人でこれ持ち上げていくから。やめなさい、て誰のせいでこうなったと思っているんだよ。あんたたち二人のせいじゃないか。そうさあたしは二人の心配通り階段から落ちて潰れて伸餅みたいになるから、下から期待して見ているがいいよ。やめなさいってうるさいな。どうせ職務上お手伝いできないんだからもう何も言うな。そうさあたしは間違いなく死ぬ。絶対にそうなるからね。ああこの大事な儀式用の道具が滅茶苦茶になって大変だ。それに龍の休憩所初の死亡事故を招いた門衛は当然責任を取らされてどんな暗い人生を送るか地獄の底から見てやる。おまけにあたしはご存じ龍身様の最古参女官だよ。見殺しにしたのはあんたたち二人、ただで済むはずがないからね。そこんところ隊長! あとで証言をしっかり頼んだよ!」

 うんざりするほどの執拗な脅し文句が通り荷物を一度上に運ぶだけを許可が通った。

「だいたい隊長が上に上がっちゃいけない理由ってなんだよ。意味不明じゃん。門衛も説明不能ってますます分からないよ。だから従う必要は、無し!」

 階段を登りながらキルシュが不思議そうに言いジーナが相槌を打つも、誰が何故という謎は分かっていた。例の龍とそして……やがて二人は休憩所の階に辿り着きジーナはまず思った。誰もいないと。

 あの日からここには必ず誰か人がいた。

 自分を待っているわけでは……いや、待っていたかもしれない……だから私は任命され……

「やっぱり誰もいないか。みんな龍の祭壇で準備をしているんだろうね。とりあえずもうちょっと奥において貰ったらそれで終了だね。ありがと隊長。ところでここで何か目的でもあったの?」

 目的? とキルシュの当然の疑問に対してジーナは窮した。ここに来た理由?

 ここに来たのは……そう考えるのではないとジーナは首を振る、逆だ、逆と。そう……ここに自分が来ない理由を考えなければならない。

 行く理由なんて考える必要はない。行かないといけないのだ。

 何故なら自分は、龍に会わなければならないのだから……最初に、会わなければならない。その為に自分はその全てを捧げ……

「奥にすごい草地があっただろ? この前に散歩をしたら中々広かったから少し探索をしてみようと思ってな。ほらこれから忙しくなったらそんなことできずにいつまでもモヤモヤした気持ちが残るから、いまここでな」

「ああ~そう。意外と仕事熱心だったんだね。じゃあ分かった。お礼は違う形でするからね。あと門衛はすぐに帰ってくるように言ったけど、気にしなくていいと思うさ。どうせ捕まえに来るはずないし、龍の護衛に対してそんな権限なんて無しい。そもそもさ、隊長がここを出禁になる理由ってなんだよね。隊長はここにいないといけない人なのにさ」

 キルシュはその言い去り階段を降りていきジーナは頭を、下げた。何に対して? と思うとなくしばらくして頭をあげ、奥へと向かう。

 予感はずっとあった。それを確かめるために来たと言っても良かった。だがそれは何のために? どんな意味が?

 それはジーナ自身でも不明であり、誰にも答えようが無いものであった。

 ジーナは奥へ奥へと向かうと、目に違和感が入りそれから消滅を目で認識した。

 草は全て刈られ不明だったその広さの実際が分かった。それは思った以上に小さく狭く、ちっぽけなものであった。

 この首を動かさずとも全体を身渡せる程度の空間。これがあんな長く歩いた場所と同じだというのか?

 間違えたわけでは無く確かにそこはあの日の場所であり草が全てなくなっただけ。

 なにか……不思議な力が働いたとでもいうのか

「この時間はいつも歩いていた時間でしたね」

 声を掛けられた、がジーナに驚きは無かった。来ると分かっていたから。

「あなたと、龍身様がね」

 振り返ると入り口にやはりルーゲンがいていつもの微笑みで歓迎していた。

「実を言いますと僕は君がここに来るのを待っていました。毎日、この時間に、ここに来ましてね」

 ジーナは答えた。

「私もルーゲン師に会うためにここに来ました」