当りであるがジーナは曇った何とも言い表せない凄まじく不快な気分となった。
この感情の名は、なんというのだろうか?
しかしそれに反比例しているようにヘイムの表情は晴れているようにジーナには見えた。
「うーんなんだその面は? いきなり辛気臭くなりおってからに。逆に言えばだな、そなただって他の女の指を噛んだり噛ませたりは」
「もういいですよそれは! どうでもいいことを聞かないでください」
ジーナは大声を出したつもりであったのにヘイムはその声をまるで聞いていないように続けようとしていた。
「まさかそのようなことをするわけもないよな。そんなことを好んでやるとしたらそれはもう」
「その、噛んでください。さっきよりも強く私の指を噛んでください」
ジーナの言葉にヘイムは咳込むようにして笑うと話を合わせてきた。
「何という妙な声と倒錯的な言葉だ。じゃあお望みを叶えてやるが、もしそなたの言葉に嘘があったらシオンにこのことを全部話してやる。そなたは墓穴を掘るのが趣味のようで。では一応そちらに倣って妾も許可を取るとしよう確認をするが、なぁジーナ。その指を……血が出るまで、噛んでも良いな?」
聞いた途端にジーナの思考が止まるがヘイムの口は止まらない。
「血が出たらその後も頑張って食い千切り、その肉と血を食べてもいいな?」
いつものおふざけに冗談であるというのにジーナは反応ができない。否定の言葉が口を出ず、首を横に振れない。
ヘイムは口にジーナの指を近づけた。許可を貰ったらそのまま喰らえるようにするために。
「怖気づいたのか? まさかな。この妾の指を食らい血をすすった男がそんな心になるわけがないであろう」
ジーナは気づいた。首を縦に振れるのではないかと。
「どうした? 何も言わんのならそれは無言の肯定として受け止めるぞ」
もしもこの人に血と肉と骨を捧げられるのなら……ジーナの首は縦に振られた。
「……あの、骨は?」
「あん骨? そんなものなど喰わん。吐き捨てる」
聞くやいなやジーナは魔法が解かれたかのように首が縦に落ちていくなかで勢いよく左右に振れた。
「では駄目です。そこまで許可はしません。血が出る程度の許可を出します」
「なんだその判断は! 考えてもみろ。そなたみたいな男の骨など噛み砕けるはずがなかろうに」
「ヘイム様ならできますよ」
「一片の疑いもしないような言い方は止せ! 馬鹿抜かせ。この顎でどうやってやれというのか」
ヘイムは溜息を吐き、それから息を吸い、止めた。
「いくぞ」
「はい」
掛け声に応じると、間が生まれた。
「いくぞ!」
「はい」
同じ声で答えるとヘイムは怒りの眼で睨んで来た。
「なんだその気の抜けた返事は。もうちょっと危機感を持て! その声は給仕をしている時と同じものだぞ。いまは茶の時ではなく自分の指の時なのだぞ」
「さっきのと比べたら焦る要素は少ないですね」
「妾の指の方を心配してどうする。いくらなんでも平然とし過ぎだ。舐めているのか? 噛むのだぞ。そっちがのほほんと構えようと妾は本気で行くからな。どうなっても知らんぞ」
気合いを込めるためかヘイムが左手を強く握るとジーナの人差し指が反射的に真っ直ぐに伸び若干反った。
「行くぞ!」
「来て下さい」
ジーナは自分の口からでた不意の言葉に驚き、またヘイムの口元が緩んだように見え、それから二度目の歯が来て咥え指が舌に触れそのヘイムの頭上がジーナに方に向けられた。
噛まれたという感覚はあった。さっきのよりもずっと強く噛んでいるというのは皮膚を通じて頭に伝わっても来る。
自分はいま、噛まれ、喰われている最中である。そうであるのに、痛みをまるで感じなかった。
二度目だからか? いやそんなはずないのだが痛みが無く、ただ力と意思はそのまま伝わる。
ヘイムは手を抜いては、いや歯を抜いてはいない。だがそれでも指は千切れるどころか血すら出はしない。
ジーナは不条理さを感じだし痛みすら感じない自分に徐々に怒りにも似た気持ちさえ生まれてきた。
どうしてこの人の為に皮膚が破れ血が滲み流れないというのか?
そしてまた思った。何故捧げられないのかと? お前に出来ることは……
内心で憤りに震えていると歯の圧力が消えだしそれから指先が触れていたぬるい舌が離れ、掌で受けていた生温かい呼吸も遠ざかる。
ジーナは自分の人差し指の付け根を見た。そこには深めな噛み痕があるも血は滲んでも流れてもいなかった。
「駄目だ血は出んな……顎が疲れた」
渋面なヘイムの口元をジーナは懐から取り出したハンカチで拭う。
意表を突かれたというかその行為に混乱したヘイムは黙ってされるがままとなり、それからジーナは自分の指をそのハンカチで拭き、ヘイムの頭を引き寄せ抱きしめた。
「あなたにだけ血を出させて……」
とジーナは言うも、その先に続く謝罪の言葉が出そうとしても出てこなかった。
「何を言うておる。こんなのはそなたの方が顎と歯と皮膚が強かったということに過ぎん。責任があるとしたら妾の咬合力の弱さだ。少し硬いものでも毎日噛んで鍛えようかう」
それでも、とジーナは言葉の代わりにヘイムの頭を深く懐に入れようとすると笑い声が聞こえた。
「ハハッそんなに悪いと思うのなら、なにか代わりを出せ」
「代わりって……そんなのはありませんよ。血ならナイフがありますからそれでいまから少し刺しますから」
「それじゃ駄目だ!」
ヘイムは叫んだ。
「自分の手と意思でやらないと、駄目だ。そんなのは当然であろう、な?」
どうしてとはジーナは思わず、頷いた。自分の手で血を出させそれを呑む……そうでなければならない、そうでなければするべきではないと。
「そしていまの妾はそのような気分では、ない。だからする必要はない」
「するとまた確かめるつもりでしょうか?」
「もちろん。そなたの言葉を全否定しなければならないからな。全然違う、と」
「絶対に違うと言われるのですね?」
尋ねるとまた懐のヘイムが笑いだし震えた。
「しつこい。だから違う。それを確かめなければならぬ。だから次回は覚悟しておくように」
定刻のを知らせる鐘が遠くから聞こえてきた、ようやく周りでは朝が始まる。
「そうだハンカチだ。次回は忘れるではないぞ」
この感情の名は、なんというのだろうか?
しかしそれに反比例しているようにヘイムの表情は晴れているようにジーナには見えた。
「うーんなんだその面は? いきなり辛気臭くなりおってからに。逆に言えばだな、そなただって他の女の指を噛んだり噛ませたりは」
「もういいですよそれは! どうでもいいことを聞かないでください」
ジーナは大声を出したつもりであったのにヘイムはその声をまるで聞いていないように続けようとしていた。
「まさかそのようなことをするわけもないよな。そんなことを好んでやるとしたらそれはもう」
「その、噛んでください。さっきよりも強く私の指を噛んでください」
ジーナの言葉にヘイムは咳込むようにして笑うと話を合わせてきた。
「何という妙な声と倒錯的な言葉だ。じゃあお望みを叶えてやるが、もしそなたの言葉に嘘があったらシオンにこのことを全部話してやる。そなたは墓穴を掘るのが趣味のようで。では一応そちらに倣って妾も許可を取るとしよう確認をするが、なぁジーナ。その指を……血が出るまで、噛んでも良いな?」
聞いた途端にジーナの思考が止まるがヘイムの口は止まらない。
「血が出たらその後も頑張って食い千切り、その肉と血を食べてもいいな?」
いつものおふざけに冗談であるというのにジーナは反応ができない。否定の言葉が口を出ず、首を横に振れない。
ヘイムは口にジーナの指を近づけた。許可を貰ったらそのまま喰らえるようにするために。
「怖気づいたのか? まさかな。この妾の指を食らい血をすすった男がそんな心になるわけがないであろう」
ジーナは気づいた。首を縦に振れるのではないかと。
「どうした? 何も言わんのならそれは無言の肯定として受け止めるぞ」
もしもこの人に血と肉と骨を捧げられるのなら……ジーナの首は縦に振られた。
「……あの、骨は?」
「あん骨? そんなものなど喰わん。吐き捨てる」
聞くやいなやジーナは魔法が解かれたかのように首が縦に落ちていくなかで勢いよく左右に振れた。
「では駄目です。そこまで許可はしません。血が出る程度の許可を出します」
「なんだその判断は! 考えてもみろ。そなたみたいな男の骨など噛み砕けるはずがなかろうに」
「ヘイム様ならできますよ」
「一片の疑いもしないような言い方は止せ! 馬鹿抜かせ。この顎でどうやってやれというのか」
ヘイムは溜息を吐き、それから息を吸い、止めた。
「いくぞ」
「はい」
掛け声に応じると、間が生まれた。
「いくぞ!」
「はい」
同じ声で答えるとヘイムは怒りの眼で睨んで来た。
「なんだその気の抜けた返事は。もうちょっと危機感を持て! その声は給仕をしている時と同じものだぞ。いまは茶の時ではなく自分の指の時なのだぞ」
「さっきのと比べたら焦る要素は少ないですね」
「妾の指の方を心配してどうする。いくらなんでも平然とし過ぎだ。舐めているのか? 噛むのだぞ。そっちがのほほんと構えようと妾は本気で行くからな。どうなっても知らんぞ」
気合いを込めるためかヘイムが左手を強く握るとジーナの人差し指が反射的に真っ直ぐに伸び若干反った。
「行くぞ!」
「来て下さい」
ジーナは自分の口からでた不意の言葉に驚き、またヘイムの口元が緩んだように見え、それから二度目の歯が来て咥え指が舌に触れそのヘイムの頭上がジーナに方に向けられた。
噛まれたという感覚はあった。さっきのよりもずっと強く噛んでいるというのは皮膚を通じて頭に伝わっても来る。
自分はいま、噛まれ、喰われている最中である。そうであるのに、痛みをまるで感じなかった。
二度目だからか? いやそんなはずないのだが痛みが無く、ただ力と意思はそのまま伝わる。
ヘイムは手を抜いては、いや歯を抜いてはいない。だがそれでも指は千切れるどころか血すら出はしない。
ジーナは不条理さを感じだし痛みすら感じない自分に徐々に怒りにも似た気持ちさえ生まれてきた。
どうしてこの人の為に皮膚が破れ血が滲み流れないというのか?
そしてまた思った。何故捧げられないのかと? お前に出来ることは……
内心で憤りに震えていると歯の圧力が消えだしそれから指先が触れていたぬるい舌が離れ、掌で受けていた生温かい呼吸も遠ざかる。
ジーナは自分の人差し指の付け根を見た。そこには深めな噛み痕があるも血は滲んでも流れてもいなかった。
「駄目だ血は出んな……顎が疲れた」
渋面なヘイムの口元をジーナは懐から取り出したハンカチで拭う。
意表を突かれたというかその行為に混乱したヘイムは黙ってされるがままとなり、それからジーナは自分の指をそのハンカチで拭き、ヘイムの頭を引き寄せ抱きしめた。
「あなたにだけ血を出させて……」
とジーナは言うも、その先に続く謝罪の言葉が出そうとしても出てこなかった。
「何を言うておる。こんなのはそなたの方が顎と歯と皮膚が強かったということに過ぎん。責任があるとしたら妾の咬合力の弱さだ。少し硬いものでも毎日噛んで鍛えようかう」
それでも、とジーナは言葉の代わりにヘイムの頭を深く懐に入れようとすると笑い声が聞こえた。
「ハハッそんなに悪いと思うのなら、なにか代わりを出せ」
「代わりって……そんなのはありませんよ。血ならナイフがありますからそれでいまから少し刺しますから」
「それじゃ駄目だ!」
ヘイムは叫んだ。
「自分の手と意思でやらないと、駄目だ。そんなのは当然であろう、な?」
どうしてとはジーナは思わず、頷いた。自分の手で血を出させそれを呑む……そうでなければならない、そうでなければするべきではないと。
「そしていまの妾はそのような気分では、ない。だからする必要はない」
「するとまた確かめるつもりでしょうか?」
「もちろん。そなたの言葉を全否定しなければならないからな。全然違う、と」
「絶対に違うと言われるのですね?」
尋ねるとまた懐のヘイムが笑いだし震えた。
「しつこい。だから違う。それを確かめなければならぬ。だから次回は覚悟しておくように」
定刻のを知らせる鐘が遠くから聞こえてきた、ようやく周りでは朝が始まる。
「そうだハンカチだ。次回は忘れるではないぞ」


