中央攻城戦がはじまって幾日が経つも第二隊は待機をし続けていた。
無言の隊員達の中でジーナはこのことが決定された日のことをときたま思い出し、考える。なぜあの時にバルツ将軍は泣いたのだろうか?
遂にその日が訪れたとジーナはバルツから特別任務のことを命ぜられた時に地面が消えたような気分となり意識が飛ぶ寸前となった。
最前線の到達点、龍のいる地点への到着。その為にこれまで戦い続けてきた。こうなるために、この役目を得るために常に最前線に居続けた。
龍に最も近づける位置に自分がいるために。そうであるからジーナは自分が微笑んでいると思っていた。
笑う他なくこれは祝福であり約束の時が果たされることである。
なのにバルツ将軍は自分を見て元々重苦しい顔をしているのに今度は悲しみの顔を見せた。
微笑んでいるというのに、どうしてそのような表情で返すのか。それどころか説明を続けるにつれて今度は泣きだし自分の肩に手を置き、抱きしめてきた。
バルツ将軍は静かに泣いていたが私が思っていたことは、私がこれから行う行為は間違いなくその涙に値しない。あなたは何に対して泣き悲しんでいるのか?
龍に対してならばむしろ微笑むべきであり、私に対してならむしろ祝福を与えるべきだ。
哀しみと涙はこの場では誤りであるとジーナは言いたかった。あなたは間違えている。私は正しいというのに。あなたと私は正しさの中にいるというのに。
バルツは小声で何度もすまないを繰り返す。何がすまないと言うのか? こちらこそ感謝いたします、と返すとバルツの抱擁は強くなった。わからない、とジーナは今になってもまだ分からなかった。
いったい何故泣いたのだ。私の微笑みに対して泣くというのはどういうことなのか……もしかして、とジーナはある可能性を考える。考えてしまった。
私は微笑んでいなかったのでは?
だからバルツ将軍が泣き謝罪したとすれば自分のあの時の感謝の言葉もそういう意味になり、あの態度の反応としては正しくなる。
自分で自分の表情を見ることはできない。それを知るには他人の表情が基準となるが、ハイネといいバルツ将軍といいどうしてこちらの意思とは反対の反応をするのか。
自分が混乱しているとしたら? 微笑みを意識すると哀しみの表情となるとしたら? その認識のずれはいったいどうして?
龍を討つための最前線に立つ。それこそが自分が望み与えられることを背負うことを誰より欲していたというのに。
私は、いま、心の底からそれを望んでいるというのに、あなたはそんなに嘆くのか?
あの指示はある意味で単純明快であった。第二隊は龍の間にいる偽龍の処置を担当せよ、と。
バルツ将軍の信仰心を思いジーナは具体的に聞くことを避けた。龍を討つということですね、とは聞けなかった、聞けるはずもない。
その場にいたルーゲン師はバルツ将軍を休ませ打ち合わせとなったが、こちらも話は簡単であった。
「僕も第二隊と同行しみんなを龍の間に導きます。偽龍は抵抗をするでしょう。激闘が予想されますが、そこをジーナ君並びに第二隊で対処していただきたい」
龍を討つ、と心の中で呟くとルーゲンが恭しく頷いた。
「対処とはつまり龍を討つということです」
他のものであったらこの言葉を掛けられたりましてや口にするのはよほどの興奮状態であるか強い覚悟が必要であるが、私とルーゲン師はそこはまるで問題なく話し合うことができた。その点は我々は実によく似ている。
そうだ私達はとても似ている。ルーゲン師がいつも言っていた言葉をジーナは深々と噛みしめていた。
「もしも偽龍がこの世に残られると、困るのです。それは当然旧支配者が命を長らえると今後の戦いの火種となる危険性があるという意味はありますが、もう一つ肝心なところがこれです。原則として、二頭の龍がこの世界に同時に現れてはならない、そういうことです」
重く思い詰めたように語るルーゲンにジーナは首を傾げた。それはまるで一度に一頭しか現れない西の龍の話みたいだなと。
「私には何が肝心なのかが分かりませんが、中心が二か所ないように、そこに座る龍は二頭であるわけがない、そういうことですよね」
「そういうことです。ああよかった勉強の効果が少しは出てきているようで。そうでありますので確実に片方はいなくならなければなりません。それが我々の任務であるといえます。これがもし龍の信仰が強い人でありましたら、どう転ぶか分かりません。本来なら人選は困難を極めた筈でしたが、あっさりと決まりました。選択の余地などなくただ一人にです。君のおかげですよジーナ君。君がいてくれて、良かった」
感謝の言葉は心地良かったので今度こそしっかり微笑んだつもりであったが、確認のためルーゲンの表情を見ると、微笑み返してきた。
こうなるとあのバルツ将軍の哀しみはこちらの表情を悲壮感からだと思い間違えたのかもしれない。だいたい私が悲しむはずがないのだ。
話はとても簡単だとジーナは再び考えた。自分は龍を討ちに行く、以上。
状況からして中央の龍は追撃し続けてきた毒龍である可能性が極めて高くそれを討ち、これにて終了。
何もかもが終わり。そして印を返しに西に帰る。真っ直ぐな話だ、とジーナはあまりの単純さに心中で笑った。
……笑った。だがそれだけなのに、なにを思い悩むのか?
……最近はその先は考えないようにし出している事にジーナは知っている。自分の心を客観的に見だしている。その先の、こと。
……中央の龍が……でないとしたら?
「ルーゲン師。ひとつ聞きたいことがあります」
声が裏返った。異常を察したのかルーゲンの眼が光り、ジーナは怯む。
眼光にではなく自分の衝動に。そんなことを聞いてどうするのか? 意味は無いはずなのに。
どのような答えが返ってきてもやることは一つだけであり、ただの順番の問題であるのに、私には……いいやジーナには関係ないというのに。
「分裂」
意味が通じないためにルーゲンは首を傾げジーナは緊張と期待で胸が押し潰されそうな中、口を無理矢理開けた。
「その、龍が分裂したのはどうしてですか? 中央とソグ側に、です。いえ徳を失ったと言われるのでしょうが、そういうものなのでしょうか」
おや、とルーゲンは珍しいものを見るような眼つきで、実際にかなり珍しいのだが、ジーナを更に見つめる。
こんな風にちょっと踏み込んだ話を振って来るとは……ルーゲンは固い顔から即座に柔らかな笑顔となり話を受け止めることにした。
「ここはもちろんわかりません。因果関係も不明であり、一連の事の経緯と順序がどう繋がるのか未整理です。公式的な見解ですと中央の偽龍が自らは龍の正統でないことに焦り血族を皆殺しにする暴挙に出るも、到着が遅れていたソグの王女の龍の血が覚醒なされた。こうなりますね。知的怠慢と言われるでしょうが、これ以外の解釈は出そうもなさそうです。というのも過去の龍を巡る内乱の経緯もこの分裂だと考えられているためでもありますけどね、それでジーナ君」
いつもの解説が終わったルーゲンが前のめりになって尋ねてきた。左右の大きさの違う眼がジーナを捕まえる。
「君の見解及び解釈はなんですか?」
嘘は言えない、とジーナはまず思った。誤魔化しはできないとも。
この瞳を見るとそうなってしまう。特にこの歪な両の眼に見られると、真実以外のことは言えなくなる。まるでジーナの瞳の光のように。
ならば口を開かなければよかったのに。質問などせずに黙って計画の話をしていれば何も問題は無かったのに、どうしてお前はそんなことをした。
「君はどうしてそのようなことを聞かれたのですか?」
沈黙から呼ばれジーナはまた固い口を大きく開く。
「……中央の龍が他所から来たという可能性は、いかがでしょうか?あの突発的な行動は別の邪悪な龍によって引き起こされ、このような事態となった。つまり中央の偽龍はそのままの意味であり真っ赤な偽物であり、こちらの龍はそのままの意味で本物。こうであれば、なにもかもが……解決するのではないでしょうか?」
解決とこちらにだけ関係する意味不明な言葉を使ったことにジーナは動揺するもルーゲンはそこはどうでもよさそうに瞬きもせずに話を聞いていた。
頷きも声も出したりもしない。その姿はただ考えているだけであろう。今の言葉の意味を。
「ジーナ君ひとつ聞くのだけど、他の人にこのことは話したりしました?」
「あっえ? 話してはいません。ルーゲン師にだけ初めてお話しました」
「そうですか。僕の前で良かった」
安堵の息をつきながらルーゲンは後ろにのめり椅子の背もたれに身体を預けた。
「まず言っておきますが龍の渡来説は、タブーの一つです。その理由はお分かりにならないでしょうが、そうしますと龍が複数いるかもということになるからです。この世界の秩序の前提とは一つの龍によるひとつの秩序体系、これ以外は我々にとっては想像を超えております。信じる、信じないは君が異国のもの、秩序から外れたものであるから大目に見られるのです。それに君は行動的には龍の信徒の範となるものですからね。ですが龍が外からやって来たものであり他にもたくさんいるぞということを吹聴することは、出鱈目を広げたという大罪です。たとえ君でも許されることではありません。この二頭いるという異常事態は分裂してしまったからという公式発表を乱すことにもなり、分裂による混乱事態であるからやむを得ずというこちらの行動の正当性をも乱すことにもなります。以後お気を付けください。ただし、学者にとってはそうではない」
近づいた輝く好奇の瞳が後ろに下がりジーナの身体は自由がきくようになった。同時にとまっていた思考も動き出す。
「ルーゲン師は、その可能性を否定なさらないということですか?」
「一つの説として留保しておきます。否定するのには決定的な論拠はありませんからね。その可能性をこの間での推論に繋げるとこうなりますね。中央の皇子に突然現れたもう一頭の龍が宿り、敵である龍の血族を集結させ皆殺しにしたもののソグの皇女に残っていた龍の血が覚醒し、この度の長きに渡る戦いが始まった。なるほど、こうしてみると発狂説よりかはそれっぽくなりますね」
肯定するその声にジーナは身も心も委ね全体重を傾けたい思いが湧いて来た。そうであれば、そうであるとすれば。
「この説に問題点があるとすればこうなりますね」
冷や水を浴びせられたようにジーナの身体は前のめりとなった位置から元の位置に戻った。
「中央の龍の継承者がなぜ他の龍に乗っ取られたか、ということですね。中央とソグの継承者の血の濃さを比べれば圧倒的にソグ側の方が不利です。可能性を考えたらこちら側になると思うのですよね」
「それはもう一頭の方が強かったということでは」
自分の言葉が失言だと流石のジーナも向うの驚きの表情で分かったが、ルーゲンは苦笑いしだした。
「さすがは異郷のものだ。簡単にそれを言うとはね。これも僕以外の前では言ってはいけませんよ。悪くすれば龍への不敬罪で本気で引っ張られてしまいますからね。……うん、そうですね、その可能性を考えるとしたら、こうでしょうか」
ジーナはルーゲンが苦心しているのを見て感謝するも、どうしてこの人はここまで付き合ってくれるのか、いまだ不明で分からないままである。自分は何を求めているのか?
「あるいは、こうです。ソグの皇女の身体に流れる龍の血が想像以上に濃かったか、ですね。皇位継承順位としては末席の末席あたりでしたがなんらかの血以外の事情でそうなっていた。その事情を知らないために中央の皇子は彼女が欠席であっても構わずに粛清計画を発動させ、このような事態となってしまった。なるほど、これも良いですね」
良いのならば、そうだと認めてくれれば、だとしたら全てが丸く収まる。
いま欲しいのはあなたという存在からの承認だとジーナは自らの欲求が分かってきた。
「そうですね。血の濃さというのがもしも不確定要素を含むものであるのなら納得のいくことが多々あります。龍身様の起こす伝承に残りし龍の始祖の力の再来を見るかのような奇跡の数々には、驚愕と同時に不思議な気分にもさせられるのです。継承順位末席の皇女の身体のどこにこのような龍の力が宿っていたのかと。こんなことは表立っては言えません。これぞ血の覚醒だと納得する他ないのですから」
「あの、その一方でこれまで中央の龍側が奇跡の力を起こしたという現象はございますか?」
ジーナが聞くとルーゲンは珍しく侮蔑したよう笑みを受かべ首を振った。
その嘲りの対象が中央の龍だとジーナには分かり気持ちが昂った。
そうだ、毒龍だからこそ、そのようなことはできるはずがないのだ。
無言の隊員達の中でジーナはこのことが決定された日のことをときたま思い出し、考える。なぜあの時にバルツ将軍は泣いたのだろうか?
遂にその日が訪れたとジーナはバルツから特別任務のことを命ぜられた時に地面が消えたような気分となり意識が飛ぶ寸前となった。
最前線の到達点、龍のいる地点への到着。その為にこれまで戦い続けてきた。こうなるために、この役目を得るために常に最前線に居続けた。
龍に最も近づける位置に自分がいるために。そうであるからジーナは自分が微笑んでいると思っていた。
笑う他なくこれは祝福であり約束の時が果たされることである。
なのにバルツ将軍は自分を見て元々重苦しい顔をしているのに今度は悲しみの顔を見せた。
微笑んでいるというのに、どうしてそのような表情で返すのか。それどころか説明を続けるにつれて今度は泣きだし自分の肩に手を置き、抱きしめてきた。
バルツ将軍は静かに泣いていたが私が思っていたことは、私がこれから行う行為は間違いなくその涙に値しない。あなたは何に対して泣き悲しんでいるのか?
龍に対してならばむしろ微笑むべきであり、私に対してならむしろ祝福を与えるべきだ。
哀しみと涙はこの場では誤りであるとジーナは言いたかった。あなたは間違えている。私は正しいというのに。あなたと私は正しさの中にいるというのに。
バルツは小声で何度もすまないを繰り返す。何がすまないと言うのか? こちらこそ感謝いたします、と返すとバルツの抱擁は強くなった。わからない、とジーナは今になってもまだ分からなかった。
いったい何故泣いたのだ。私の微笑みに対して泣くというのはどういうことなのか……もしかして、とジーナはある可能性を考える。考えてしまった。
私は微笑んでいなかったのでは?
だからバルツ将軍が泣き謝罪したとすれば自分のあの時の感謝の言葉もそういう意味になり、あの態度の反応としては正しくなる。
自分で自分の表情を見ることはできない。それを知るには他人の表情が基準となるが、ハイネといいバルツ将軍といいどうしてこちらの意思とは反対の反応をするのか。
自分が混乱しているとしたら? 微笑みを意識すると哀しみの表情となるとしたら? その認識のずれはいったいどうして?
龍を討つための最前線に立つ。それこそが自分が望み与えられることを背負うことを誰より欲していたというのに。
私は、いま、心の底からそれを望んでいるというのに、あなたはそんなに嘆くのか?
あの指示はある意味で単純明快であった。第二隊は龍の間にいる偽龍の処置を担当せよ、と。
バルツ将軍の信仰心を思いジーナは具体的に聞くことを避けた。龍を討つということですね、とは聞けなかった、聞けるはずもない。
その場にいたルーゲン師はバルツ将軍を休ませ打ち合わせとなったが、こちらも話は簡単であった。
「僕も第二隊と同行しみんなを龍の間に導きます。偽龍は抵抗をするでしょう。激闘が予想されますが、そこをジーナ君並びに第二隊で対処していただきたい」
龍を討つ、と心の中で呟くとルーゲンが恭しく頷いた。
「対処とはつまり龍を討つということです」
他のものであったらこの言葉を掛けられたりましてや口にするのはよほどの興奮状態であるか強い覚悟が必要であるが、私とルーゲン師はそこはまるで問題なく話し合うことができた。その点は我々は実によく似ている。
そうだ私達はとても似ている。ルーゲン師がいつも言っていた言葉をジーナは深々と噛みしめていた。
「もしも偽龍がこの世に残られると、困るのです。それは当然旧支配者が命を長らえると今後の戦いの火種となる危険性があるという意味はありますが、もう一つ肝心なところがこれです。原則として、二頭の龍がこの世界に同時に現れてはならない、そういうことです」
重く思い詰めたように語るルーゲンにジーナは首を傾げた。それはまるで一度に一頭しか現れない西の龍の話みたいだなと。
「私には何が肝心なのかが分かりませんが、中心が二か所ないように、そこに座る龍は二頭であるわけがない、そういうことですよね」
「そういうことです。ああよかった勉強の効果が少しは出てきているようで。そうでありますので確実に片方はいなくならなければなりません。それが我々の任務であるといえます。これがもし龍の信仰が強い人でありましたら、どう転ぶか分かりません。本来なら人選は困難を極めた筈でしたが、あっさりと決まりました。選択の余地などなくただ一人にです。君のおかげですよジーナ君。君がいてくれて、良かった」
感謝の言葉は心地良かったので今度こそしっかり微笑んだつもりであったが、確認のためルーゲンの表情を見ると、微笑み返してきた。
こうなるとあのバルツ将軍の哀しみはこちらの表情を悲壮感からだと思い間違えたのかもしれない。だいたい私が悲しむはずがないのだ。
話はとても簡単だとジーナは再び考えた。自分は龍を討ちに行く、以上。
状況からして中央の龍は追撃し続けてきた毒龍である可能性が極めて高くそれを討ち、これにて終了。
何もかもが終わり。そして印を返しに西に帰る。真っ直ぐな話だ、とジーナはあまりの単純さに心中で笑った。
……笑った。だがそれだけなのに、なにを思い悩むのか?
……最近はその先は考えないようにし出している事にジーナは知っている。自分の心を客観的に見だしている。その先の、こと。
……中央の龍が……でないとしたら?
「ルーゲン師。ひとつ聞きたいことがあります」
声が裏返った。異常を察したのかルーゲンの眼が光り、ジーナは怯む。
眼光にではなく自分の衝動に。そんなことを聞いてどうするのか? 意味は無いはずなのに。
どのような答えが返ってきてもやることは一つだけであり、ただの順番の問題であるのに、私には……いいやジーナには関係ないというのに。
「分裂」
意味が通じないためにルーゲンは首を傾げジーナは緊張と期待で胸が押し潰されそうな中、口を無理矢理開けた。
「その、龍が分裂したのはどうしてですか? 中央とソグ側に、です。いえ徳を失ったと言われるのでしょうが、そういうものなのでしょうか」
おや、とルーゲンは珍しいものを見るような眼つきで、実際にかなり珍しいのだが、ジーナを更に見つめる。
こんな風にちょっと踏み込んだ話を振って来るとは……ルーゲンは固い顔から即座に柔らかな笑顔となり話を受け止めることにした。
「ここはもちろんわかりません。因果関係も不明であり、一連の事の経緯と順序がどう繋がるのか未整理です。公式的な見解ですと中央の偽龍が自らは龍の正統でないことに焦り血族を皆殺しにする暴挙に出るも、到着が遅れていたソグの王女の龍の血が覚醒なされた。こうなりますね。知的怠慢と言われるでしょうが、これ以外の解釈は出そうもなさそうです。というのも過去の龍を巡る内乱の経緯もこの分裂だと考えられているためでもありますけどね、それでジーナ君」
いつもの解説が終わったルーゲンが前のめりになって尋ねてきた。左右の大きさの違う眼がジーナを捕まえる。
「君の見解及び解釈はなんですか?」
嘘は言えない、とジーナはまず思った。誤魔化しはできないとも。
この瞳を見るとそうなってしまう。特にこの歪な両の眼に見られると、真実以外のことは言えなくなる。まるでジーナの瞳の光のように。
ならば口を開かなければよかったのに。質問などせずに黙って計画の話をしていれば何も問題は無かったのに、どうしてお前はそんなことをした。
「君はどうしてそのようなことを聞かれたのですか?」
沈黙から呼ばれジーナはまた固い口を大きく開く。
「……中央の龍が他所から来たという可能性は、いかがでしょうか?あの突発的な行動は別の邪悪な龍によって引き起こされ、このような事態となった。つまり中央の偽龍はそのままの意味であり真っ赤な偽物であり、こちらの龍はそのままの意味で本物。こうであれば、なにもかもが……解決するのではないでしょうか?」
解決とこちらにだけ関係する意味不明な言葉を使ったことにジーナは動揺するもルーゲンはそこはどうでもよさそうに瞬きもせずに話を聞いていた。
頷きも声も出したりもしない。その姿はただ考えているだけであろう。今の言葉の意味を。
「ジーナ君ひとつ聞くのだけど、他の人にこのことは話したりしました?」
「あっえ? 話してはいません。ルーゲン師にだけ初めてお話しました」
「そうですか。僕の前で良かった」
安堵の息をつきながらルーゲンは後ろにのめり椅子の背もたれに身体を預けた。
「まず言っておきますが龍の渡来説は、タブーの一つです。その理由はお分かりにならないでしょうが、そうしますと龍が複数いるかもということになるからです。この世界の秩序の前提とは一つの龍によるひとつの秩序体系、これ以外は我々にとっては想像を超えております。信じる、信じないは君が異国のもの、秩序から外れたものであるから大目に見られるのです。それに君は行動的には龍の信徒の範となるものですからね。ですが龍が外からやって来たものであり他にもたくさんいるぞということを吹聴することは、出鱈目を広げたという大罪です。たとえ君でも許されることではありません。この二頭いるという異常事態は分裂してしまったからという公式発表を乱すことにもなり、分裂による混乱事態であるからやむを得ずというこちらの行動の正当性をも乱すことにもなります。以後お気を付けください。ただし、学者にとってはそうではない」
近づいた輝く好奇の瞳が後ろに下がりジーナの身体は自由がきくようになった。同時にとまっていた思考も動き出す。
「ルーゲン師は、その可能性を否定なさらないということですか?」
「一つの説として留保しておきます。否定するのには決定的な論拠はありませんからね。その可能性をこの間での推論に繋げるとこうなりますね。中央の皇子に突然現れたもう一頭の龍が宿り、敵である龍の血族を集結させ皆殺しにしたもののソグの皇女に残っていた龍の血が覚醒し、この度の長きに渡る戦いが始まった。なるほど、こうしてみると発狂説よりかはそれっぽくなりますね」
肯定するその声にジーナは身も心も委ね全体重を傾けたい思いが湧いて来た。そうであれば、そうであるとすれば。
「この説に問題点があるとすればこうなりますね」
冷や水を浴びせられたようにジーナの身体は前のめりとなった位置から元の位置に戻った。
「中央の龍の継承者がなぜ他の龍に乗っ取られたか、ということですね。中央とソグの継承者の血の濃さを比べれば圧倒的にソグ側の方が不利です。可能性を考えたらこちら側になると思うのですよね」
「それはもう一頭の方が強かったということでは」
自分の言葉が失言だと流石のジーナも向うの驚きの表情で分かったが、ルーゲンは苦笑いしだした。
「さすがは異郷のものだ。簡単にそれを言うとはね。これも僕以外の前では言ってはいけませんよ。悪くすれば龍への不敬罪で本気で引っ張られてしまいますからね。……うん、そうですね、その可能性を考えるとしたら、こうでしょうか」
ジーナはルーゲンが苦心しているのを見て感謝するも、どうしてこの人はここまで付き合ってくれるのか、いまだ不明で分からないままである。自分は何を求めているのか?
「あるいは、こうです。ソグの皇女の身体に流れる龍の血が想像以上に濃かったか、ですね。皇位継承順位としては末席の末席あたりでしたがなんらかの血以外の事情でそうなっていた。その事情を知らないために中央の皇子は彼女が欠席であっても構わずに粛清計画を発動させ、このような事態となってしまった。なるほど、これも良いですね」
良いのならば、そうだと認めてくれれば、だとしたら全てが丸く収まる。
いま欲しいのはあなたという存在からの承認だとジーナは自らの欲求が分かってきた。
「そうですね。血の濃さというのがもしも不確定要素を含むものであるのなら納得のいくことが多々あります。龍身様の起こす伝承に残りし龍の始祖の力の再来を見るかのような奇跡の数々には、驚愕と同時に不思議な気分にもさせられるのです。継承順位末席の皇女の身体のどこにこのような龍の力が宿っていたのかと。こんなことは表立っては言えません。これぞ血の覚醒だと納得する他ないのですから」
「あの、その一方でこれまで中央の龍側が奇跡の力を起こしたという現象はございますか?」
ジーナが聞くとルーゲンは珍しく侮蔑したよう笑みを受かべ首を振った。
その嘲りの対象が中央の龍だとジーナには分かり気持ちが昂った。
そうだ、毒龍だからこそ、そのようなことはできるはずがないのだ。


