今度もハイネは表情の変化に堪えるためにか、間を置いた。ジーナはその時間を無視するようにハイネを見た。
そんな間など存在しないと示すかのように。
「つまりそれって嫌いということですよね」
「だから嫌いじゃない」
鼻で笑った、が不快なものとはジーナには感じられなかった。
「ほら曲がりくねってる。非論理的ですよ。何を言いたいのですか? めんどくさいけど嫌いじゃないって、まさかめんどうなのがお好みなのですか?」
「そんなわけないだろ」
「フフッ本当に何が言いたいのですか?」
混乱が一周回ってしまったせいかハイネはとうとう笑い出した。
「何を言いたいってただ単に嫌いじゃないけど苦手といえばいいのか、そういう感覚もあるはずだけど、わからないのか?」
「馬鹿にしないでください。そういう感覚があることは私にだって分かります。けれどもあなたのは、その私に対する感情はそういうものではないと私には分かっています」
自分でもわからないことがどうしてこの隣にいる女に分かるのだろう? と反発を覚え横を向くとそこにハイネはいなかった。
代わりに肩の下に頭が寄りかかる小さな衝動を感じるとハイネの匂いと知らない花のような匂いが昇ってきてジーナはいい匂いだと、思った。
「ねぇもうよしましょう不毛ですよ。こんなやり取りってあなたは嫌いですよね」
「嫌いで苦手といえるな」
「その癖にいつもそうやって回りくどい言い方をして私を混乱させる。もっと単純に真っ直ぐに物事を言えたら良かったのに。あるいは」
ハイネの頭は肩から腕のほうへと滑ってきたので肘をあげると腕の中にのけぞった形でその頭が収まり、横向きになったハイネの瞳が語りだす。
「欠けているのですよ。一つの言葉なのでしょうが、それはとても必要なものであって、それが一つ足りない。その一言を付け足せば心はすぐに伝わって会話は円滑に行われ、こんなやり取りなんてせずに済む。でもあなたはそれを封じられているように、頑なに拒む。力任せでもあらゆる手段を用いても、言わせない触れさせない。まるで、存在しないようにさせる」
身体が反転しハイネの頭が腕の中で回り目が合った。笑っているようなその瞳にジーナは自分の意識が吸い込まれているような感覚に襲われた。
「そういう呪いでも、おありで?」
「……あるわけないと思うが」
「ない、とは断言しないのですね。誰にかけられた呪いですか? なんてね。これはあなたの意固地さからでしょうが。それにしてもこんなに近くにいるのに、こんなに遠い。これ以上近づけないし、触れられないとしたら……」
腕の中のハイネは目をつぶる。ジーナはそのまま口も閉じてくれればどれだけ助かることか、と思うもその口はすぐに開いた。この女はどこまでも思い通りにはならない。
「私を一度近づけさせて満足させたら、全部終わって私は遠ざかりあなたは面倒な思いをこれ以上せずに済む。なんて簡単で手っ取り早いのでしょうね。でも私は分かっていますよ。あなたはそんなことをしないと。逆にこうもです」
言葉を切りハイネは空咳を一つし男の声を出した。分からないがおそらく自分の声なのだろう。自分の声は、わからない。
「『ハイネの方こそめんどくさがって遠くに行けばいいのに』となんで言わないのですか? お前なんて邪魔だし嫌いだしめんぐいし、と言えば済むのに。もしかしたらこんな態度をとってはいるものの行ったら行ったでそれはそれで嫌だとか? やはりあなたってかなりわがままで身勝手な論理展開するそういうタイプの男ですよね? これはちょっと教育が必要ですねぇ」
「何を勝手に話を作っているんだ。私はまだ何も言っていないが」
「そう思ってませんか? だってあなたは私がどこか遠くに行こうとしたら、ガシッと手を掴むじゃないですか。痛いぐらいに。痛みを身体に覚えさせるぐらいに」
急にジーナの掌にはあの塔におけるあの日あの時の力が甦った。そして自分のことさえも頭の中に響いた。
「……確かに私は勝手な男だろうな」
「でも改めない。あなたの大抵の感情は分かりますよ。口と手は違うのがあなたなのはあの手紙の件でも明白ですよ。それで私宛の手紙を書いて送っているのは寂しいからですよね?」
「いやルーゲン師の勧めであってあれは」
「フフッ人のせいにして別に命令でも強制でもなくてあなたの自由意志で書いているし内容だってそうじゃないですか。キルシュから聞いちゃいましたよ。『隊長は手紙が返って来るのをすごく楽しみにしてるよ』だと」
その言葉とキルシュの口真似を聞くと恥ずかしさが血を熱くさせたのか、ジーナは腕を動かしハイネの背に手を回しその身を引き寄せた。
「それを言うならハイネだって手紙を受け取っている時は、あっ」
「あってなんですか?」
いまのこの行動については何も尋ねずハイネの目が開いた。それに気付いたから。
「ああそうですか」
と呟き瞼を再び閉じジーナは声を掛けようとすると素早く瞼が開き、光が目に入った。
「そうですよ」
澄み切った色がハイネの顔全面に現れジーナはもっと近寄りたく更に引き寄せる。もっと近くに。
「私は嬉しいですよ。あなたが書いた手紙が届いて手に取って開いて読んで、そこから生まれる感情を抱きながら返事を考えながら書いて封をして送り出し、次を待つ……いつも楽しみです」
染み込ませるためのような無色透明な声で以てハイネは右手でジーナの胸の位置、心臓のあたりに手を置いた。
そこに火が灯ったようだとジーナは自分の心臓の熱を感じその位置を知った。
これは元から自身の内にある炎かそれともハイネの炎なのか。ハイネだとしたらその澄んだ存在のどこにそんな火を炎を内に宿しているのだろう……どこに?
探るためかジーナはハイネをまた少し引き寄せる、ほんの少しの引き寄せだというのに、その体温の変化が分かった。
「あなたは?」
顔にかかる吐息まで熱くジーナが黙っていると再度同じ言葉と熱で以って囁いた。
「……あなたは?」
胸の当たる手に力が加わり、また近づいた。近づいた? これ以上は入ってこれるわけがないのに、胸の中にはハイネの掌の熱が侵入してくる感覚の中でハイネの唇が耳の傍に動いていくのをゆっくりと見ていた。
「私と同じことを言えばいいのですよ」
囁きだというのにジーナの空となった頭の中に大きく響いた。
「ほら私の気持ちが伝わっているのは分かりますよね? 気持ちが良くないですか?」
いつしかハイネの掌の感覚は失われているもそれは離れたわけではないことは分かっていた。
同じ熱となり一つになり融け合っているこの感覚を現すものがそれであるのならば。
「私は気持ちが良いですよ。とても満たされている……でも半分だけです。私もあなたも半分だけ、半身状態ですよ。だから同じこと言って」
誘いの言葉に頬を撫でられジーナは手紙を受け取る際の感情を思い出す。いやその待つ時間さえも思いだし、その心を呼び起こした。
「……配達の日は朝から配達員の姿が現れるのを私は待っている。自然に道の方を見てしまうので意識的に見ないようにしている。その時刻が近づくと時間前なのにまだか遅いかとそわそわしてくる。配達時間ちょうどに来ても遅いと思ってしまい申し訳がない。郵便箱を開けるとそこには各隊員宛の雑多な手紙の束があり分けるのだが、私はどうしてかすぐにハイネの手紙を抜き出すことができる。それは目立つ封筒ではなく業務用で地味なものであるというのにいつも苦労せずに発見できる。その様子を他の隊員は嬉しげにニヤニヤしながら見ているが、何も言ってこない。まぁ私宛の手紙はほぼ0なので物珍しさも手伝って笑うのだろう。そうやって急いで確保して持っていくが、すぐには開かない。いいや開けない。ここが中々体力と言うか精神力が必要で、どことなくハイネといつも会う時の感じに似ている。めんどくささが先立つのだろうな。他の隊員が大急ぎで封を切っていく音を聞くとなにか急かされている気がする。この音が消えた後に封を切るのは避けたいために最後の最後の方でようやく意を決して一気に封を切って無心で中身を取り出し、開く。こうしないとまた時間を食ってしまうのでこのように駆け抜けるが最初に目に入る『ジーナへ』でハイネの声が聞こえ、それから不安な思いが込み上がって来る。前の手紙の内容を詰るものであったり不吉な予感を催す予言とかであったらどうしよう……と恐る恐る読み出すとそんなことはなく、こんなのは私の心配から生まれたものだから当り前だけど、何の変哲もない後方の平和で上向きな様子を聞くのが前線の兵隊にとってありがたい内容だといつも感じる。読み終わると返信を考えるのだが簡単に済ますと怒られそうだから頭を絞りながら書くのもこれがまた辛いもののそれでも次の一通が来るために頑張ってと……こういうことで」
ジーナが語り終わるとそれまで瞬きだけしかしていなかったハイネの表情はそのままで口が開いた。感想が来る。
「たいへんに回りくどくて長々しいですね。一言でまとめると、なんです?」
自分の中の熱が震えだしているせいかその問う身体も怯えのような小刻みに震えていた。私のかハイネのかまた両方なのか。
分からないなかで分かることは、分かりだしたことは隔たっていると思っていた心が、重なりつつあるということ。
それをそのまま口にすればできれば、限りなく近づける。限りなく一つに。
「……嬉しいしありがとうハイネ」
「よろしい」
表情が笑みに崩れ出したハイネはその顔をジーナの胸に押し付ける。
「それでいいのですよそれで私は満足です……ふふっ」
なにがおかしいのか笑いながらハイネは心臓の位置に耳をつける形をとった。
「なんですか? 心臓の鼓動が早くてうるさいですよ。もしかして緊張しています?」
「人の心を盗み聞きするんじゃない」
「私だからいいのですよ。すごく激しい」
「それならハイネの心臓もきっと早く打っているよ。たぶん」
「聞きます?」
「それはいい」
「まさか恥ずかしいとか?」
「いや。私の心臓が激しく鳴っているということはハイネのもきっと同じだろうと思うから」
「そういうことを言うようになりましたか。よろしいですよ、とても、よろしい」
「なにがいったいよろしいのやら」
「よろしいからよろしいなだけですよ」
ハイネはそう言うと何も言わなくなりそのままの姿勢で目をつぶりだした。
すると自分の鼓動は次第に止みだし空気の音が風の流れに木々のせせらぎが甦るように聞こえだしてきた。
「こんなに近いのにまだこんなに遠い。まだ距離がある」
胸元からハイネの小声が聞こえてくるが自然の音色に溶け込み一体化しているようであった。
「これ以上どうしろと言うんだ」
ジーナがそう言うとハイネが何も答えないために下を見ると、目が合った。ずっと見ていたということなのか?
相変わらず自分の胸に耳をつけているが、もう何も聞くものなどないというのに? とジーナは訝しむと、瞬間にハイネの眼が光り、微笑みを見た。そのときジーナはその光に吸い込まれ、ひとつの感情が心に湧いた。美しい、と。
今日はじめてハイネに抱いたその感情がこのタイミングで? 何故? 自分は今どのような鼓動を発しているのだろうか?
また風が吹き木々が揺れるなかハイネはその音に乗るようにごく自然に、それを言った。
「ああそういえばヘイム様とルーゲン師がご婚約をなさりましたよ」
そんな間など存在しないと示すかのように。
「つまりそれって嫌いということですよね」
「だから嫌いじゃない」
鼻で笑った、が不快なものとはジーナには感じられなかった。
「ほら曲がりくねってる。非論理的ですよ。何を言いたいのですか? めんどくさいけど嫌いじゃないって、まさかめんどうなのがお好みなのですか?」
「そんなわけないだろ」
「フフッ本当に何が言いたいのですか?」
混乱が一周回ってしまったせいかハイネはとうとう笑い出した。
「何を言いたいってただ単に嫌いじゃないけど苦手といえばいいのか、そういう感覚もあるはずだけど、わからないのか?」
「馬鹿にしないでください。そういう感覚があることは私にだって分かります。けれどもあなたのは、その私に対する感情はそういうものではないと私には分かっています」
自分でもわからないことがどうしてこの隣にいる女に分かるのだろう? と反発を覚え横を向くとそこにハイネはいなかった。
代わりに肩の下に頭が寄りかかる小さな衝動を感じるとハイネの匂いと知らない花のような匂いが昇ってきてジーナはいい匂いだと、思った。
「ねぇもうよしましょう不毛ですよ。こんなやり取りってあなたは嫌いですよね」
「嫌いで苦手といえるな」
「その癖にいつもそうやって回りくどい言い方をして私を混乱させる。もっと単純に真っ直ぐに物事を言えたら良かったのに。あるいは」
ハイネの頭は肩から腕のほうへと滑ってきたので肘をあげると腕の中にのけぞった形でその頭が収まり、横向きになったハイネの瞳が語りだす。
「欠けているのですよ。一つの言葉なのでしょうが、それはとても必要なものであって、それが一つ足りない。その一言を付け足せば心はすぐに伝わって会話は円滑に行われ、こんなやり取りなんてせずに済む。でもあなたはそれを封じられているように、頑なに拒む。力任せでもあらゆる手段を用いても、言わせない触れさせない。まるで、存在しないようにさせる」
身体が反転しハイネの頭が腕の中で回り目が合った。笑っているようなその瞳にジーナは自分の意識が吸い込まれているような感覚に襲われた。
「そういう呪いでも、おありで?」
「……あるわけないと思うが」
「ない、とは断言しないのですね。誰にかけられた呪いですか? なんてね。これはあなたの意固地さからでしょうが。それにしてもこんなに近くにいるのに、こんなに遠い。これ以上近づけないし、触れられないとしたら……」
腕の中のハイネは目をつぶる。ジーナはそのまま口も閉じてくれればどれだけ助かることか、と思うもその口はすぐに開いた。この女はどこまでも思い通りにはならない。
「私を一度近づけさせて満足させたら、全部終わって私は遠ざかりあなたは面倒な思いをこれ以上せずに済む。なんて簡単で手っ取り早いのでしょうね。でも私は分かっていますよ。あなたはそんなことをしないと。逆にこうもです」
言葉を切りハイネは空咳を一つし男の声を出した。分からないがおそらく自分の声なのだろう。自分の声は、わからない。
「『ハイネの方こそめんどくさがって遠くに行けばいいのに』となんで言わないのですか? お前なんて邪魔だし嫌いだしめんぐいし、と言えば済むのに。もしかしたらこんな態度をとってはいるものの行ったら行ったでそれはそれで嫌だとか? やはりあなたってかなりわがままで身勝手な論理展開するそういうタイプの男ですよね? これはちょっと教育が必要ですねぇ」
「何を勝手に話を作っているんだ。私はまだ何も言っていないが」
「そう思ってませんか? だってあなたは私がどこか遠くに行こうとしたら、ガシッと手を掴むじゃないですか。痛いぐらいに。痛みを身体に覚えさせるぐらいに」
急にジーナの掌にはあの塔におけるあの日あの時の力が甦った。そして自分のことさえも頭の中に響いた。
「……確かに私は勝手な男だろうな」
「でも改めない。あなたの大抵の感情は分かりますよ。口と手は違うのがあなたなのはあの手紙の件でも明白ですよ。それで私宛の手紙を書いて送っているのは寂しいからですよね?」
「いやルーゲン師の勧めであってあれは」
「フフッ人のせいにして別に命令でも強制でもなくてあなたの自由意志で書いているし内容だってそうじゃないですか。キルシュから聞いちゃいましたよ。『隊長は手紙が返って来るのをすごく楽しみにしてるよ』だと」
その言葉とキルシュの口真似を聞くと恥ずかしさが血を熱くさせたのか、ジーナは腕を動かしハイネの背に手を回しその身を引き寄せた。
「それを言うならハイネだって手紙を受け取っている時は、あっ」
「あってなんですか?」
いまのこの行動については何も尋ねずハイネの目が開いた。それに気付いたから。
「ああそうですか」
と呟き瞼を再び閉じジーナは声を掛けようとすると素早く瞼が開き、光が目に入った。
「そうですよ」
澄み切った色がハイネの顔全面に現れジーナはもっと近寄りたく更に引き寄せる。もっと近くに。
「私は嬉しいですよ。あなたが書いた手紙が届いて手に取って開いて読んで、そこから生まれる感情を抱きながら返事を考えながら書いて封をして送り出し、次を待つ……いつも楽しみです」
染み込ませるためのような無色透明な声で以てハイネは右手でジーナの胸の位置、心臓のあたりに手を置いた。
そこに火が灯ったようだとジーナは自分の心臓の熱を感じその位置を知った。
これは元から自身の内にある炎かそれともハイネの炎なのか。ハイネだとしたらその澄んだ存在のどこにそんな火を炎を内に宿しているのだろう……どこに?
探るためかジーナはハイネをまた少し引き寄せる、ほんの少しの引き寄せだというのに、その体温の変化が分かった。
「あなたは?」
顔にかかる吐息まで熱くジーナが黙っていると再度同じ言葉と熱で以って囁いた。
「……あなたは?」
胸の当たる手に力が加わり、また近づいた。近づいた? これ以上は入ってこれるわけがないのに、胸の中にはハイネの掌の熱が侵入してくる感覚の中でハイネの唇が耳の傍に動いていくのをゆっくりと見ていた。
「私と同じことを言えばいいのですよ」
囁きだというのにジーナの空となった頭の中に大きく響いた。
「ほら私の気持ちが伝わっているのは分かりますよね? 気持ちが良くないですか?」
いつしかハイネの掌の感覚は失われているもそれは離れたわけではないことは分かっていた。
同じ熱となり一つになり融け合っているこの感覚を現すものがそれであるのならば。
「私は気持ちが良いですよ。とても満たされている……でも半分だけです。私もあなたも半分だけ、半身状態ですよ。だから同じこと言って」
誘いの言葉に頬を撫でられジーナは手紙を受け取る際の感情を思い出す。いやその待つ時間さえも思いだし、その心を呼び起こした。
「……配達の日は朝から配達員の姿が現れるのを私は待っている。自然に道の方を見てしまうので意識的に見ないようにしている。その時刻が近づくと時間前なのにまだか遅いかとそわそわしてくる。配達時間ちょうどに来ても遅いと思ってしまい申し訳がない。郵便箱を開けるとそこには各隊員宛の雑多な手紙の束があり分けるのだが、私はどうしてかすぐにハイネの手紙を抜き出すことができる。それは目立つ封筒ではなく業務用で地味なものであるというのにいつも苦労せずに発見できる。その様子を他の隊員は嬉しげにニヤニヤしながら見ているが、何も言ってこない。まぁ私宛の手紙はほぼ0なので物珍しさも手伝って笑うのだろう。そうやって急いで確保して持っていくが、すぐには開かない。いいや開けない。ここが中々体力と言うか精神力が必要で、どことなくハイネといつも会う時の感じに似ている。めんどくささが先立つのだろうな。他の隊員が大急ぎで封を切っていく音を聞くとなにか急かされている気がする。この音が消えた後に封を切るのは避けたいために最後の最後の方でようやく意を決して一気に封を切って無心で中身を取り出し、開く。こうしないとまた時間を食ってしまうのでこのように駆け抜けるが最初に目に入る『ジーナへ』でハイネの声が聞こえ、それから不安な思いが込み上がって来る。前の手紙の内容を詰るものであったり不吉な予感を催す予言とかであったらどうしよう……と恐る恐る読み出すとそんなことはなく、こんなのは私の心配から生まれたものだから当り前だけど、何の変哲もない後方の平和で上向きな様子を聞くのが前線の兵隊にとってありがたい内容だといつも感じる。読み終わると返信を考えるのだが簡単に済ますと怒られそうだから頭を絞りながら書くのもこれがまた辛いもののそれでも次の一通が来るために頑張ってと……こういうことで」
ジーナが語り終わるとそれまで瞬きだけしかしていなかったハイネの表情はそのままで口が開いた。感想が来る。
「たいへんに回りくどくて長々しいですね。一言でまとめると、なんです?」
自分の中の熱が震えだしているせいかその問う身体も怯えのような小刻みに震えていた。私のかハイネのかまた両方なのか。
分からないなかで分かることは、分かりだしたことは隔たっていると思っていた心が、重なりつつあるということ。
それをそのまま口にすればできれば、限りなく近づける。限りなく一つに。
「……嬉しいしありがとうハイネ」
「よろしい」
表情が笑みに崩れ出したハイネはその顔をジーナの胸に押し付ける。
「それでいいのですよそれで私は満足です……ふふっ」
なにがおかしいのか笑いながらハイネは心臓の位置に耳をつける形をとった。
「なんですか? 心臓の鼓動が早くてうるさいですよ。もしかして緊張しています?」
「人の心を盗み聞きするんじゃない」
「私だからいいのですよ。すごく激しい」
「それならハイネの心臓もきっと早く打っているよ。たぶん」
「聞きます?」
「それはいい」
「まさか恥ずかしいとか?」
「いや。私の心臓が激しく鳴っているということはハイネのもきっと同じだろうと思うから」
「そういうことを言うようになりましたか。よろしいですよ、とても、よろしい」
「なにがいったいよろしいのやら」
「よろしいからよろしいなだけですよ」
ハイネはそう言うと何も言わなくなりそのままの姿勢で目をつぶりだした。
すると自分の鼓動は次第に止みだし空気の音が風の流れに木々のせせらぎが甦るように聞こえだしてきた。
「こんなに近いのにまだこんなに遠い。まだ距離がある」
胸元からハイネの小声が聞こえてくるが自然の音色に溶け込み一体化しているようであった。
「これ以上どうしろと言うんだ」
ジーナがそう言うとハイネが何も答えないために下を見ると、目が合った。ずっと見ていたということなのか?
相変わらず自分の胸に耳をつけているが、もう何も聞くものなどないというのに? とジーナは訝しむと、瞬間にハイネの眼が光り、微笑みを見た。そのときジーナはその光に吸い込まれ、ひとつの感情が心に湧いた。美しい、と。
今日はじめてハイネに抱いたその感情がこのタイミングで? 何故? 自分は今どのような鼓動を発しているのだろうか?
また風が吹き木々が揺れるなかハイネはその音に乗るようにごく自然に、それを言った。
「ああそういえばヘイム様とルーゲン師がご婚約をなさりましたよ」


